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『理解不能……』
笑いあう俺達を眺めて、人影が困惑したように呟く。
『人は触れられたくない欲や怯えを持っているはず……なのになぜ、お互いに聞かれたくない心の闇を知られて、平然としていられる……』
うーん、今まで『神器』がどんな連中を取り込んで来たのか知らないが、多分いかにも戦士系な奴らばっかり相手にしてきたんだろうなぁ。
そういったやつらの「心の闇」と違って、俺達が暴かれたのは「思春期の悩み」ってやつだ。
正直、恥ずかしくはあったが、お互いに腹を割って話せば隠していた気持ちも実は大した問題じゃなかったと知れて、前より関係は良好になった気がする。
まぁ、俺達みたいな異世界の、しかも「平和に生きてた日本の高校生」なんて連中に取り付くような機会も無かったろうし、困惑するのも無理はないか。
『理解不能……理解不能……』
ブツブツと繰り返す『神器』。と、俺は有ることに気がついた。
俺を拘束している骨木の縛りが緩んでいたのだ。おそらく理解しがたい存在に出会ってしまって、気が緩んでしまったのだろう。
チャーンス!
俺は一気に両腕を引き抜き、次いで骨木に埋まっていた下半身も引っこ抜く!
人影はハッとした様に拘束を強くしたが、ラービを捕らえ続けるのが精一杯で、俺を完全に自由にしてしまった。
『ぬ……』
悔しそうに人影が呻く。
ふっふっふっ、自由になればこっちのもんよ!
人影は、再び俺を拘束しようと骨を呼び出すが、不意打ちか初見でもなければこちらの動きの方が断然早い!
骨の腕が俺に取り付くよりも早く、俺の拳が人影の頭半分を吹き飛ばした!
だが、よろよろと数歩下がりはしたが、吹き飛んだ部位は即座に再生し、何事もなかったかのように平然と歩いてくる。
やれやれ、こいつは面倒そうだ。
「ラービ、お前も手伝ってくれ!」
呼び掛けるも、ラービは少しもがいて首を横に振る。
「すまん、一成。先程よりも拘束が強くなっていて脱出できん……」
悔しそうにラービは言う。オイオイ、ラービさん、肝心な事を忘れてないかい?
「お前、スライム体なんだから、拘束とか効かないじゃねーか」
今まで脳内組手をやっていた際にも、ラービに対して関節技やホールドといった系統の技はほとんど効かなかった。スライム体ゆえの驚異的な柔軟性を誇る、彼女を縛っておける対人拘束具はおそらく無いだろう。
俺に言われて、ラービは「あっ……」といった感じの表情を浮かべ、次いでペロリと舌を出す。
カワイコぶってないで、さっさと抜け出しなさい!
にゅるんと擬音が聞こえそうな動きで拘束から抜け出し、ラービは俺の隣に着地する。
「いやー、うっかりしておったわ」
「まぁ、バタついた展開だったからな、仕方ないだろう」
あっさりと形勢逆転した俺達と対峙する人影は、明らかに戸惑いながら、どちらを先に相手するべきか矛先を定めかねていた。
たが、安心してほしい。ここからはずっと俺達のターンだ!
自由になった俺達は、「第一回チキチキ神器フルボッコ大会」の幕を上げるべく、人影に向かって躍りかかった!
…………………………………………ハッ!
意識が覚醒し、バッと目を見開く!
すぐ目の前には、俺の額に自分の額を当てたラービの顔。向こうも覚醒したらしく、目を見開いた彼女の視線がぶつかる。
「お、おう一成。無事か?」
「あ、ああ。どうやら現実に戻ってこれたみたいだな」
確か神器のアバターらしい人影に、押しくら饅頭よろしく、「左右から挟み込んでダブル鉄山靠」を叩き込んだ辺りまでは覚えているんだが……。
削っても削っても再生を繰り返すもんだから、格闘ゲームのトレーニングモード並みにボコボコにしてしまった為に、流石の神器もギブアップしたか……?
すると、俺が握り込んでいた神器、『灰色の槍』に突然の異変が起こった!
ビキビキと槍に亀裂が走り、穂先の方から砕けて細かい砂のようになって崩れ落ちていく。それと同時に、かの神器により使役されていた骸骨兵たちも力なく倒れ、その場で崩れていった。
うむ、どうやら俺達の完全勝利のようだな。
『灰色の槍』の全身が砂となってから、俺達は戦いの終わりを確認すべく、敵の姿を見回した。
どうやら『灰色の槍』の精神世界に捕らわれていたのは、現実の時間ではほんの二、三十秒くらいのものだったらしい。
精神世界の方では二、三時間以上過ごした気がするが、現実世界の状況はほとんど変化していなかった。
ワイナードはいまだに上半身が大地に埋まったままだし、ナディは突っ伏して落ちたままだ。残る一人のトドも……と、その顔を見て、俺は思わず後ずさりそうになった。
なんと言うか……あんなに虚無感に溢れた呆けた顔を俺は見たことがない。
人生で一番大事な物を失った時に、人はこんな表情を浮かべるのかもしれないな……。
まぁ、なんにせよ、コイツらには捕虜としての価値がある。とっとと縛り上げて、今だに争う城壁の方に見せつければ、この戦いも決着を見るだろう。
「よし、それじゃあ一番ポピュラーな亀甲縛りに……」
言いかけたその時!
背後に異様な雰囲気を感じ、俺達は慌てて振り返った!
そこにあったのは、渦巻くような一迅のつむじ風。しかし、その風に乗って、キラキラと輝く物が含まれていた。
一体、何だ……?
「一成!あれは『灰色の槍』の破片じゃ!」
ラービが輝く砂の正体に気付き、警告したと同時につむじ風は一際大きくなり、さらなる槍の残骸を巻き込んで大きく膨れ上がった!
一瞬の収束!そして、破裂!
身構えた俺達に、巨大な風船が割れたような音と衝撃が叩きつけられる!
ハッキリ言ってダメージはゼロだが、ちょっとビビって目を瞑ってしまった。
静寂が支配し、様子を確認すべく目を開くと、そこには……見覚えの無い、一人の少女が俺達を見つめていた。