07
マーシリーケさんと四腕熊が戦っているのを見たことがあるのだが、コイツらの攻撃パターンは案外少ない。
①立ち上がって四本の腕を振り回す。
②腕を下からかち上げるアッパー。
③上背を活かした死角からの噛みつき。
④巨体に似合わぬ高速タックル。
どれをとっても、人間なんか一撃でボロクズの様になってしまうだろう。
だが、俺はマーシリーケさんが四腕熊に勝利するシーンを目撃している。だから、恐れるな!恐怖に呑まれれば死ぬぞ!
沸き上がる闘争心と、同じ獲物を奪い合う敵に対する殺意が、感情を塗りつぶしていく。目の前の敵を倒すだけのマシーンになるべく、俺は拳を握りこんだ。
暴風雨の如く四腕熊は四本の腕を振り回す!
だが単調で直線的なその攻撃を見切ることは容易い。縦横無尽に飛び交う死の一撃ではあるが、その間隙を縫う様に身をかわして四腕熊の懐に密着する!
すぐ上にある奴の口が俺に牙をたてる前に、俺の攻撃が奴の腹部を貫いた!
踏み込みの運動エネルギーを逃がすことなく、足から拳まで捻りを加えながら打ち込む事で、至近距離にもかかわず爆発的な威力を発揮させる……秘技なんちゃって寸勁!
知識とイメージだけで練り上げた技は、それなりの成果をあげていた。
ぎゃうっ!っと苦悶の呻き声を上げて四腕熊が数歩下がる。不意の一撃に俺を警戒したのか、唸りながら睨み付けてきた。
正直、今の一撃は対したダメージを負わせてはいない。だが、一発でダメなら十発、十発でダメなら百発!奴が息絶えるまで、幾らでも食らわせてやろう!
再び間合いを計り、俺と四腕熊は睨みあう。
先に動いたのは、俺!
驚異的なタフネスを誇る相手には回復の間も与えず攻め続けるべし!
攻撃の見切りと、手数の多さなら分があると判断した俺は、奴の間合いの内側で攻撃し続ける策を取る事にした。接近する俺を迎撃しようと腕を振るう四腕熊の攻撃を寸前で避けて、再度懐に密着する。
満足に俺を捉えられない奴は、なんとか引き剥がして間合いを取りたがるが、そうはさせない!
なんちゃって寸勁を何度も打ち込み、少しずつではあるが、奴の体力を削っていく。苦痛で顔を歪め、呼吸を荒げながら、徐々に四腕熊の動きは鈍くなっていった。
このまま押しきる!
さらに加速する俺の攻撃に、四腕熊はついに後退り体勢を崩す。
よっしゃあ!止めだ!
渾身の一撃を打ち込むべく、力を込める!が、次の瞬間、猛烈な悪寒が走った。無意識に四腕熊の顔を見上げ目が合った時、確かに奴は笑っていた。
一瞬の隙、奴はそれを待っていやがったんだ。わずかに動きが止まった俺の体にしがみつくように奴は四本の腕をまわして締め上げてきた!
まさかのベアハッグ!奴の爪が背中に食い込み、全身の骨が悲鳴を上げる。
本物の熊に締め上げられるなんて想像もしなかった……。内臓が口から飛び出しそうな圧力に逆らうために全力で抵抗する。
ぐうぅぅ……っ!み、身動き一つ出来ないっっ!
歯を食い縛り、なんとか耐えてはいるが、これはヤバイ……。
呼吸をしようにも、僅かでも力を抜けば恐らく全身の骨が砕かれる。いや、胴体がAパーツとBパーツに分離するかも知れない……。
唯一、僅かに動かせる頭で四腕熊の顔を見れば、めっちゃニヤけてやがった。こ、この野郎……!
なんとか反撃、もしくは脱出する手は……ない。
完全に四腕熊と俺の力比べ。見切りと手数に分があっても、純粋なパワー勝負では圧倒的に俺が不利。
だが、不利をひっくり返せないようじゃ、異世界に召喚された意味がない!
さらに渾身の力を込め、四腕熊の腕を振りほどかんとする!
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ダメだぁ。
振りほどく事もできず、逆に力を使い果たし俺を見た四腕熊が今度は渾身の力で締め付ける!
ビキビキとあちこちの骨にヒビが入る音が全身に響き、意識が遠退く。
天を仰いで口から吐き出した血が俺の顔に振りかかり……死と生の狭間で、何かのカギが開く音を聞いた。
カッと目を見開き、俺は今、自身の身になにが起きているのか理解するのに数秒を要する。
死を覚悟した瞬間、頭の中で何かが弾けて、体にかかっていた圧力が消滅した。いや、正確には俺はまだ四腕熊に捕まったままであり、今も締め付ける力はそのままだ。だが、それを物ともしない程の力が、俺の全身に溢れていた。
そうか、これが……
「『限定解除』……」
イスコットさんやマーシリーケさんから聞いていた、脳蟲のリミッターが外れ、今持っている全ての力が使える最強のモード……。
ヤバイ、スゴいよコレ!
溢れ出す万能感は、先ほどまでのピンチを軽く記憶の彼方に消去する。
先程の苦し紛れではなく、こんどは余裕をもって四腕熊の顔を覗き込む。明らかに雰囲気の変わった俺に奴も戸惑っているようだった。
だが、捕まえた俺を離すつもりは無いらしく、さらに力を込めてきた。フフフ、無駄だがな。
ブチッとあっさりフックを切って、俺は地上に降り立つ。そして、なにが起こったのか訳がわからず茫然する四腕熊を、思いきり蹴り上げた。
推定五百キロはあるであろう四腕熊の体が宙に舞う!そのままバタバタと空中で手足をバタ付かせるものの、やはり引力には勝てず、地響きん立てて背中から地面に激突した。
ヨロヨロと立ち上がる四腕熊と目が合う。言葉は通じなくても、想いは通じる時がある。
俺と四腕熊は、それぞれが次の一撃で全ての決着をつけると決意し、覚悟を決める!
雄叫びを上げ、全力で突撃してくる四腕熊!迎え撃つべく、構える俺!
高速で両者の間合いが近づき……『震脚』が地を穿ち、放たれた打ち上げる肘打ち『裡門頂肘』が狙いと寸分違わずに四腕熊の頭を粉々に吹き飛ばした!
頭を失った四腕熊の胴体は、そのまま数メートルほど走り抜け、やがて力を失って倒れ込むと、もう動く様子はない。
四腕熊の最後を見届け、ようやく決着した戦いに、俺は知らぬ間に勝利の雄叫びをあげていた。