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暗闇の中、俺はぼんやりと目の前の人……と言うか、人影?を見つめていた。
闇に浮かぶその人影は、白いような灰色のような……なんとも曖昧で掴み所のない姿でありながら、ジッと俺を観察している雰囲気だけは伝わってくる。
そんな当の俺はと言えば、大きな枯れ果てた、白い巨木のような物に半身を取り込まれ、まるでその木の枝になったような状態で身動き一つとれずにいた。
『お前は何者だ?』
声が聞こえる。口からの発声ではなく、ラービと念話してる時のような、直接頭に響く感じだ。
(俺は……双葉一成……)
だから俺も声を出さずに、頭の中で返事をした。何より、この空間の静寂を壊してはいけない気がしたからだ。
『お前の主は?』
再び質問が飛んでくる。
(主?そんなもんは、いな……いや……いる、のか……?)
なんだろう……?言われてみればいるような気がする……。
『お前にとって大切な者は?』
言われて、元の世界にいる家族と、そしてこの世界に来てから相棒になった少女の事が頭に浮かぶ。
だが……何故だろう、その姿が微妙に歪んでよく思い出せない……。
『お前の望みは?』
(それは……元の世界に帰る事と……)
戦い続ける……事?
『お前に必要な物は?』
それは……力?
(全てを統べる……力……なのか?)
『欲するか?ならば与えよう』
くれるのか?
(ならば与えてくれ……)
『ならば問う。お前な主は?』
(『灰色の……槍』、『灰色白骨』……)
導かれるように……俺は答えた。
そうしてゆっくりと、人影が俺に向かって手を伸ばす。
が、次の瞬間!
バリィン!とガラスを砕く様な破壊音と共に暗闇の空間が割れ、そこから一人の美少女が飛び出して来た!
「かーずーなーりーぃー!!」
俺の名を呼びながら、人影にドロップキックを叩き込んで吹っ飛ばす!
なにやってんだ、ラービ!
……ラービ?そう、ラービだ!
霞みがかっていた頭の中が、晴れるように覚醒していく。危ねぇ、なんか取り込まれかかってた!
「大丈夫か、一成?洗脳されてアヘッたりはしとらんか?」
もうちょっと言い方があるんじゃないかな、ラービさん?
でもまぁ、それだけ心配させたという事か……。
「ああ、大丈夫だ。ありがとな、助かったよ」
安心させるように笑いかけると、ホッとした様にラービは胸を撫で下ろした。
「待っておれ、すぐに拘束を解いて……」
『イレギュラーを確認』
俺を取り込んでいる巨木を破壊しようとしたラービの背後に、先程吹っ飛ばされた筈の人影が、闇から染み出てる様にして突然、姿を表した!
「っ!」
振り向きざまにラービは裏拳を放つが、それは人影にヒットすることなくすり抜けて空を切る。
「ちっ!」
舌打ち一つして、間合いを取るべくラービは後方へ跳ぶ。だが、着地した瞬間、まるで木の根が伸びるように地面から無数の白骨の腕が生えてきて、ラービの足に絡み付いた!
「なんじゃと!」
慌ててそれらを振り払おうとするが、次から次と白骨の腕は伸びてラービにまとわり付いていく!
やがて数十本の白骨に捕まり、そのまま伸びて大きな木のようになった骨の群に拘束されてしまった。
もしかして、俺もあんな風にして捕まったのだろうか……。
「くっ、不覚……!」
悔しげに漏らしながら、なんとか戒めを解こうとラービはもがく。俺もこうしちゃいられない!
二人してジタバタともがいてみるものの、骨の木はビクともしなかった。
そんな俺達をよそに、人影のほうは何やらブツブツと独り言を呟いている。
『イレギュラー個体名……「ラービ」。対象者との関係性を検索……脅威レベル大……対象者を取り込む事で有効利用ができる可能性有り。両者の関係性を破壊……意識下に楔を打ち込む手段が有効と判断する……』
独り言を終えた人影は、俺達に向かい合って顔を上げた。そして、先程の念話のような、頭に直接語りかけるのではなく、声を出して語りかけてくる。
『一成、及びラービの両名は、お互い相手に聞かれたくはない、関係性の維持を困難にしかねない考えを持っていると確認した』
唐突な物言いと、図星を突かれたような気持ちで、ドキリと心臓が鳴った。
「な、なにおう!ハッタリはよさんか!」
少し慌てたように、ラービは人影に向かって抗議する。俺もその尻馬に乗るように、「そーだ!そーだ!」と同調した。
しかし、人影はどこ吹く風といった態度で、眈々と言葉を続ける。
『ここは私が構築する精神世界。この場において、私に隠し事をするのは不可能』
抑揚のない声に自信を滲ませ、人影は俺の方を見る。
『一成がラービに対して隠している思考……』
いきなり俺かい!
なんだ?何を言う気なんだ!
そんなにヤバイ事を考えていた覚えは無いが、潜在意識では妙な事を考えていたのか、俺は!
関係性の維持が困難とか言ってたけれど、ラービがドン引きするような事なのか?
『一成はその恋愛経験の少なさから、ラービの求愛を恐れて受け入れる事を拒んでいる』
………………………………チーン。
何処かで鐘が鳴ったような気がした。
次いで、猛烈な恥ずかしさが込み上げてくる!
こ、この野郎!俺が女子と付き合った事が無いからビビってるってばらしやがった!
うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!恥ずかしい!
ひたすら恥ずかしい!
なんなの、この罰ゲーム!
大声で叫びながら転がってしまいたい所だが、今の俺には顔を伏せて耐える事しかできない。
て言うか、ラービがどんな呆れ顔をしてるか確認するのが怖い!
声も出せずに震えながら俯く俺の姿に満足したのか、人影は次にラービの方を向いた。
『ラービが一成に対して隠している思考……』
恥ずかしさで顔を上げる事が出来ないが、ラービがビクリとした空気が感じ取れた。
『ラービは自身が人間ではない事に怯え、早く一成と番になろうと焦っている』
………………………………チーン。
また、何処かで鐘が鳴ったような気がした。
なんだそりゃ?ラービが人間じゃないなんて最初から解ってた事だし、何を怯えたり焦ったり必要があるんだ?
いまいちピンと来なくて、俺は伏せていた顔を上げてラービを見る。
……ラービは先程の俺のように、顔を伏せてプルプルと震えていた。
うん、よくわからないが、今あの人影がばらした事はラービにとっては恥ずかしい事だったんだろうなぁ……。
『隠していたお互いへの怯えは知れた。これでもう信頼関係は成り立つまい。さぁ、我を受け入れよ』
高らかに人影が語りかけてくるが……何言ってんだ、こいつ。
人の恥ずかしい思いを暴露しやがって……こんなんで俺達の信頼関係がどうにかなる訳がねーじゃねーか!
「おい、ラービ!何を焦ってるのか知らないが、お前が人外なんて承知の上だし、俺はそんなにモテやしねーよ!だから、コイツの言った事は気にすんな!」
自分で言ってて悲しいが、項垂れるラービを元気付けるように、俺は彼女に声をかける。するとラービは赤らめた顔を上げて、言い返して来た。
「そういう事ではないわ!他の女に迫られて、やはり人間同士が良いとかなったらどうしようと焦ってしまう乙女心が解らんのか!」
逆ギレ気味に迫られて、俺は少し狼狽えてしまう。
「大体、ヌシがビビってワレの想いを真摯に答えんから、ワレも不安になるんじゃ!この際だからハッキリせい!脈はあるのか?無いのか?」
グイグイ来るラービに気圧されつつも、彼女の言葉に確かに思う所もある。
だから俺は自問自答した。ラービをどう思っているのか……。
そして、出た答え……。
「脈は……ある……かな?」
「有るんじゃな!」
「有ります!」
強く問い返されて、思わず背筋を伸ばして答える!
うん……まぁ、なんだかんだ言って、ラービの事は結構好きといっていい。それが愛情か友情かは、おいおい考えよう。
「ならばよし!」
答えを聞き、胸を張るラービに、恐縮して背筋を伸ばす俺。
……この異常な空間で、そんな事をやってる自分達が可笑しくて、俺達はどちらからともなく、笑い声を上げていた。