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駆け出すラービを見送り、俺は俺にできる事をするために気合いを入れる。
そう、俺が今できる事と言えば、邪魔にならないようにこっそりと後方に避難する事だ。
ラービに敵の意識が集中している間に回復薬を飲んでおければ良いのだが、俺の持っていた分は先程、骸骨兵に絡まれていた時にポーチごと紛失してしまっていた。
なんとも締まらない話だが、俺の回復をさせずにこちらの戦力を減らしたままにすることを目的としていたなら、これほど効果的な作戦ないだろう。……まぁ、絶対に偶然だろうけど。
なんにせよ、亀のような速度で薬を探していて敵に捕まったら目も当てられない。故に今は戦闘地帯から少しでも離れておかなければ。
ゆっくり離れつつも戦況を見つめる俺の目に、骸骨兵に取り囲まれて足を止めるラービの姿が写る。
当然だが、一人で突っ込んできたラービに対してトドが展開した布陣は、近接戦闘で足を止めて弓兵で攻撃をするといった物だった。
刺突系の攻撃がほとんど無効にされてしまう骸骨兵ならば、敵を取り囲んでいる状態でも安心して弓で射る事ができる。普通ならばそれは有効だっただろう。
しかし、俺達が身に付けている鎧は『神獣』を素材として作られた物である。例え矢を放っている弓兵の弓が今以上の剛弓だったとしても傷を付けるのがやっとといった所だろう。
鎧を砕きたかったら対戦車砲でも持ってこないと無理な状況で、当然ながら敵の弓矢などものともしないラービ。
しかし、不意な飛び付いた数体の骸骨兵が、生身の部分をガードしていたラービの腕にしがみつき、強引にガードをこじ開ける!
その僅かな隙間を縫うようにして、放たれた弓兵の矢がラービの顔面に突き刺さった!
「がっ……」
ラービが小さく声を漏らし、項垂れるように頭を垂れる。動かなくなったその姿を見て、トドが愉快でたまらないといった笑い声を上げた。
「ヒアハハハハハ!無様ですね!いかに強いとはいえ、一人で突っ込んで来ればこうなる事は明白だったでしょうに!」
ラービの顔面に、半ばまで深々と突き立つ矢は完全に致命傷だ。トドはその死を確認するために、ラービに向かって歩き出す。
「確かに骸骨兵の一体一体は貴女よりはるかに弱い。しかし、数は暴力なのですよ。こうして集まれば、貴女の動きを止めて安全に殺すことができる……」
ピクピクと小さく痙攣するラービに向かって、トドは道理を説くかのように講釈をたれる。くそう、本当に腹立たしい奴だな……。
「一人でも戦うというのなら、この『灰色の槍』の如く下僕となるもの達を……」
そこでトドの言葉と歩みが突然止まった!
「…………」
いぶかしむようにラービを見つめていたトドが、いきなり後方に大きく跳躍し、彼女との距離をとる!
着地と同時にラービを睨み付け、憎々しげに口を開いた。
「私を騙そうというのですか……」
トドの言葉に返事をするかのように、痙攣していたラービの肩が大きく揺れ、笑い声がその口から放たれた。
「惜しかったのう、もう少し近付けばその耳障りな声を出す口を顎ごと砕いてやれたというのに!」
そう言うと、未だ腕にしがみついていた骸骨兵達を、放り投げるようにして振りほどく!
そうして顔を上げたラービの顔には確かに矢が突き刺さっていた。が、次の瞬間、矢はポロリと抜け落ち、傷口はあっという間に消えてなくなる。
「!!」
さすがのトドも驚いたらしく、その光景を目を見開いて眺めていた。
「ワレはちと特別でな、物理攻撃は大概効かぬのよ」
そう、スライム体であるラービには刺突斬撃の類いは効果が薄い。さらに強固な鎧まで纏ってるもんだから打撃にも強く、唯一効果がありそうな物と言えば、体内にダメージを送る『浸透勁』など。だがラービ自身『発勁』を使うので、かなりの実力差が無い限りそれも無効化されてしまう。
脳内ではあるが俺との訓練に訓練を重ね、いまやラービは『完全物理耐性』とも言える能力を修得していたのだ!
……冷静に考えると、えらいチートな能力だな。
「なるほど、人間ではなかったか……。人の振りをして、なんのつもりかな化け物!?」
「キサマのような人面獣心の外道に言われたくは無いわ!さっさとかかって来るがいい!」
クイクイと指で招くようにラービは挑発するが、トドは「フン!」と鼻をならして槍の穂先を突き付ける。
「化け物相手に私が直接手を下すまでもない。行け、骸骨兵達よ。首を落とされても平気でいられるか、確かめてやるがいい」
トドの命令が下ると、ラービを取り囲んでいた骸骨兵が一斉に襲いかかる!
しかし、ラービはあくまで冷静に、襲い来る敵を前にしてゆっくりと構えをとった。
「死して尚、弄ばれるヌシらには同情する……しかし、躊躇はせん!せめてヌシらを使って、ヤツの度肝を抜いてやろうぞ!」
そして、一迅の風が吹き荒れた!
大量の骸骨兵に圧殺されるであろう、ラービの姿を余裕の表情で眺めていたトドのすぐ脇を、突如、砲弾のような物が掠めていく!
それはトドの後方に控えていた弓兵タイプの骸骨兵数体を巻き込み、文字通り爆発するようにして砕け散った!
「なっ!」
驚愕するトド!
そんな彼に向かって、再び混戦の場から砲弾にも似た勢いで、彼の「骸骨兵」が飛んで来た!
辛うじて「それ」をかわすものの、軽い混乱に襲われたトドは、「それ」が飛んできた方に目を向ける!そして見た!
ラービに斬りかかる骸骨兵。その一部を掴み、「斬りかかってく運動エネルギー」に「体を回転させる自身の運動エネルギー」を加えて骸骨兵を砲弾に変えて投げ付けてくる彼女の姿を!
言わば、超変則トルネード投法!
常人には不可能な荒業だが、英雄クラスの力を持つラービにならそれは可能。尤も、神業ともいえるような体重移動とバランス感覚などを必要とするだろうから、同じような実力の俺でも真似はできないだろうが。
攻撃をさせれば次の瞬間に砲撃のようなカウンターが飛んでくる!さすがにこの状況はヤバイと思ったらしく、トドは骸骨兵をラービの周辺から離れさせた。
「こ、こんな常識外れな反撃……力自慢なお宅の『岩砕剣』ですらしてきませんでしたよ……」
まぁ、ゴリウーであるコルリアナだったら、群がる骸骨兵を砕いて、砕いて、砕きまくる!みたいな戦法をとるだろうな……。
「どうした?自慢の骸骨兵が通用せんぞ?」
不敵に笑い、悠々とラービは髪をかきあげる。その余裕の溢れる態度がトドの逆鱗に触れた!
「舐ぁめるなよ、化け物!貴様が『骸骨兵を投げる』というふざけた真似をするなら、『投げられぬ骸骨兵』を呼び出すまでよ!」
言うが早いか、『灰色の槍』の力を解き放つ!
その力に呼応するようにしてトドの近くに現れたのは、身の丈三メートルはあろうかという、巨大な骸骨兵!
しかもそいつは全身を重厚な鎧で包み、大剣を携えて、重戦車の如き迫力をもってラービの前に立ちふさがった!
「フハハハハハハ!どうだ!」
呼び出した巨大骸骨兵を前に、トドが自慢するように笑う。
「これこそ魔人たるオーガを素体として生み出した、我が最強の下僕!投げられるものなら投げてみるがいい!」
絶対の自信を持って言い放つ敵に対し、ラービは小さく、
「確かにこれは投げられんのう……」
と、呟いた。
「クククッ、絶望しろ化け物!さあ、行け!奴を擂り潰してしまえ!」
トドの命令に従って、巨大なオーガの骸骨兵は雄叫び上げるような仕草と共にラービに襲いかかってきた!!
それはまさに脅威!並の人間であれば、恐怖でパニックになってもおかしくはない光景だ。
しかし、ラービは臆する事なく前進する!
巨大骸骨兵の大剣降り下ろされる!
だが、ラービは左腕で大剣の横っ腹を叩いて軌道をずらし、それと同時に『擺歩』と呼ばれる歩法で踏み出して、次いで『扣歩』と呼ばれる歩法で巨大骸骨兵の脇をすり抜けた!
無防備な骸骨兵の側面に背中を向けるようにして陣取ったラービは、竜巻の如く旋回し、振るった腕をその膝に叩き込んで、鎧ごと打ち砕く!
通常なら敵の胴に攻撃を打ち込む、『八卦掌』の技法『反背捶』!
ラービと巨大骸骨兵の身長差の為に、その膝を砕く事になったが、次の攻撃への布石としては十分!
バランスを崩して倒れ込んだ敵に、ラービが放ったのは『形意拳』の代表的な中段突き『崩拳』!
殴るというより、撃ち貫くといったその一撃に、巨大骸骨兵は胴体を爆発四散させ、砕けた破片を撒き散らしながら音を立て崩れ落ちていった!
……あまりにもあっさりと、そしてたったの二撃で自慢の切り札を失ったトドは、茫然とした表情でその残骸を眺めている。
まぁ、無理もない。俺でも同じ状況ならそうなるわ。
そんなトドに向かって、ラービは正面から対峙する。
「さあ、絶望せい英雄。次はヌシがこうなる番じゃ」
まるっきり悪役な態度で言い放つ彼女に、ゆっくりと顔を向けた英雄は虚ろな笑みを浮かべていた。