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ちくしょう!本当に『七槍』かよ!
トドと名乗った男が指揮をするように手にした槍を振ると、周りにいた骸骨兵が攻撃を止めてジッと俺達を見つめる。
砦を攻めている骸骨兵はバリバリ動いているところから察するに、部隊ごとで指揮を振るえるのかもしれない。
しかし、なんだろうこの状況。瞳のない骸骨とはいえ、百体以上から視線を向けられるとかなり怖い。
「さて……あなた達の立場からすれば聞きたいことがたくさんあるのではありませんか?」
まるで、生徒に質問を促す教師の様に、トドは俺達に尋ねる。随分とサービス精神旺盛な奴だな。
まぁ、まともに答えが返ってくるかは解らないし、ワイナードやナディが覚醒するまでのただの時間稼ぎの可能性もあるけど。
「ならば、ヌシらの目的が知りたいのぅ」
ラービの問いに、トドは「ふむう」と少し思案しながらアゴを撫でる。
「国の最終兵器とも言える英雄と神器を、この進行戦では随分と大盤振る舞いではないか。長く小競り合いを続けてと聞いているが、今回に限ってはそれほどまでにこの国を落とさんとする、その訳が聞きたい」
そう、なんだか知らないが「絶対に許さないよ!」言わんばかりのこの攻めっ気はなんなんだ?
「そうですね……事の発端は『神獣』です」
『神獣』……女帝母蜂のことか!
「巨大な自然災害にも匹敵する『神獣』には複数の神器を持つ英雄が対処しなければなりません。しかし、半月ほど前にアンチェロンに出現した『神獣』に対して、この国の『五剣』が動いた形跡がないにも関わらず、神獣の死という形で決着がついている」
ああ、なるほど。つまり英雄数人に匹敵する『神獣殺し』がいるかもしれないから、その調査がこいつの目的か。
しかし、それならそうと、もっと隠密裏にやればいいのにと思わないでもない。
いや、孫子の兵法で言う「兵は詭道なり」ってやつか?
一つの目立つ行動で気を引いて、複数の目的を隠すなら、作戦として確かに理にかなっている。
「ふん……英雄を二人も囮にして神獣殺しの調査か」
「いやいや、無論それだけではありません。あちらの『岩砕城壁』を落とす事も目的の一つです」
あくまで神獣殺しの調査は、同時進行している作戦の一つだとトドは言う。
「『岩砕城壁』を落として、アンチェロン攻略の足掛かりにする。神獣殺しの調査と、あわよくば我々陣営への引き込み……」
さらには作戦成功時に予想されるアンチェロン側の英雄の損失など、ディドゥス側のメリットについて指折り数えながらトドは説明していく。
ううむ、やはりディドゥスにはかなりの戦略家がいるみたいだ。
複数の目的を果たすために自国な英雄を半数くらいぶっ込む大胆な戦略、そしてそんな作戦が容認されるほどの信頼感。俺の脳裏に、「出師の表を献上して北伐を開始する諸葛亮」のイメージが浮かぶ。
もしも、本当にそれほどの大人物がいるなら、俺は異世界を舐めていたと反省しなければならない。
なぜなら、異世界って「すごい武器やすごい魔法で大雑把な戦い」をやっていて、「地の理を得たぞ!」か「囮を使う」くらいの作戦しか展開していない世界って何となく思っていたから……。
考えてみれば、なんとも失礼なイメージを持っていたもんだ。
まさかこんな真面目に(?)権謀術算が渦巻いていたとは……。
「さて……ここまで話したのは他でもない、私は君達が件の神獣殺しだと確信しているからです」
断言するトドに、何となくこれ以上の情報を渡すのは得策ではないと感じ、この場を誤魔化すために視線を逸らして話を聞いていないフリをする。
「……いや、下手くそ過ぎませんか?」
呆れたように呟くトドの言葉に、俺は誤魔化しが失敗したことを悟った。
ちぃっ!やるな……。
「それで、どうです?アンチェロンを見限って、我々の陣営に来ませんか?」
両手を広げ、歓迎するように俺達を誘う。だが、俺達にそのつもりは毛頭ない。
俺達の目的は、自分の世界に帰る事であってこの世界で覇権を握る事じゃないしな。
たが、参考までに聞いておこう。
「もしもその誘いを断ったら?」
「無論、死んでもらいます」
「はい?」
「ですから、死んでもらいます」
……あまりにもあっさりと言うものだから、思わず聞き返してしまったが、トドは事も無げに俺達を殺すと宣言した。
ふっふっふっ、こいつは驚いた。俺達が神獣殺しだと確信していながら、そんな大言を吐くとはな。
「先程の七槍の二人との戦いは見せて見せてもらいました。君は凄まじい力を発揮した反動で身動きがとれず、そちらの少女は神器を発動させた英雄には及ばない……違いますか?」
うん、あいつの方が状況を見えてた!再びピンチ到来!
「ふふふ……実は私もあなた方が申し出を断ってくれて嬉しいんですよ」
なに?それってどういう……。
「あなた方程の強者を殺せば、どれ程の力を持った骸骨兵が創れるか……」
瞳に怪しい光を宿しながら、トドは自身が手にした槍を見つめる。
んん、ひょっとして……
「疑問に思っているかもしれないので説明しますとね、私の持つこちらの『灰色の槍』……能力は『灰色白骨隷奴』と言いまして、この槍を用いて殺した人数分の骸骨兵を使役する事が出来るのです。しかも使役した骸骨兵は先程、体験してもらった通り、破壊されても少量の魔力で何度でも再生可能で……」
キラキラと目を輝かせ、自慢するように早口で捲し立てるが、何気に聞き捨てならないことを言いやがった。
「殺した人数分の骸骨兵を使役できる」
それはつまり……。
今、この場にいる骸骨兵と、砦を攻めている骸骨兵の総数の分だけ……。
「しかも、使役する骸骨兵は元になった人間の能力が反映される。つまりは強者を殺せばそれだけ強い骸骨兵が……」
未だに嬉々として語るトドを無視して虚ろに立ち尽くす骸骨兵達を見回す。その中には、普通のものより小柄な個体がそこそこ数多く見られた。
体格や骨格から女性や子供の物だと見てとれる……。
犠牲者が骸骨兵に反映されると聞いてしまって、なんとも胸糞が悪くなった。
無差別な殺し好きに、器官を潰す事を楽しむサディスト。そして今度はボーンコレクター。
なんなんだ、七槍ってのは人格破綻者しかいないのか?
それとも七槍になったから人格が破綻したのか?
どちらにしろ、こいつらとは絶対に相容れない。
「一成……すまんが回復は後回しにして良いか……あやつだけは、一刻も早く黙らせたい!」
珍しく怒りに燃えるラービに掛けられる言葉なんて一つしかない。
「ああ、やっちまえ!」
俺の言葉に後押しされて、放たれた矢のごとくラービは駆け出した!