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唐突な爆発音が鳴り響いた時、『岩砕城壁』を落とすべく攻め立てていたディドゥスの兵達も、それらを防がんと奮闘するアンチェロンの兵達も、皆が一様にそちらに目を奪われた。
そして、その一瞬後に戦う兵達の間を一陣の風が通りすぎる。
視線の先にはディドゥスが誇る七槍が二人と、無謀にも立ち塞がった二人の少年少女がいたはずだ。
どちらの陣営も、七槍の勝利を疑っていなかった。それはごく当たり前の事で、竜を相手に子供が二人で立ち塞がった所で何かできる筈など無いからだ。
だが、そんな彼らの予想は裏切られる事になる。
ディドゥス側には悪い意味で。アンチェロン側には良い意味で。
先程の爆発音と共に発生した、舞い上がる土煙の中にゆらりと人影が見えた。
なぜか坂を登ってくる様に見えるのは、あの周囲が陥没しているためであろう。一対一だというのに、どういう戦い方をしたら地形が変わる事になるというのか……。
人智を越える英雄の戦い方には、驚愕や驚嘆を通りすぎて呆れてしまう。
そして、土煙の中から埃を払いながら姿を現した人物に、歓声が上がり……かけて、その声はそのまま戸惑いのどよめきとなった。
現れたのは赤い槍のワイナードではなく、彼と戦っていた筈の少年。
なぜ彼が……と、困惑するディドゥスの兵とは別の意味で、アンチェロン側の兵にも動揺が走っていた。城壁の上からという高い位置からの視点では、その異様な戦いの跡が見てとれたからである。
土煙が薄れると、見えてきたのはまるで弾丸の旋状痕の様に、渦を巻いた跡を残して出来上がっていたクレーター。その中心地には、上半身を大地に埋め、奇妙な植物のようにダラリと力ない下半身を晒している人物が一人。
見えている鎧や状況から、それがワイナードである事は疑いようがない。
さらに、気付けば少年は一瞬でもう一人の英雄、白い槍のナディを奇妙な体勢で地面に投げ捨て、背後から腕を回すとその首をへし折った(実際には落としただけだが)。
英雄二人を倒し、仲間である少女を抱きかかえた少年の姿に、アンチェロン側の兵が歓声を上げた!
そしてその歓声を受けて、状況を理解したらしいディドゥス側の兵達には恐怖と混乱が沸き起こってくる。
戦況の針は、アンチェロン優位に大きく傾いた!
しかし、そんなアンチェロン側において、陣頭指揮をとっていた砦の頭にして英雄のコルリアナだけは、誰よりも険しい表情で少年達を凝視していた……。
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つい先程まで四肢を氷浸けにされていたラービは、いまだに力が入らないらしく、俺に体を預けたままだ。
今はまだ良いものの、『限定解除』の効果が切れれば今度は俺が動けなくなる。さすがに大勢は決しただろうが、戦場で二人とも動けなくなる状況は避けたい。
だから俺は、少しでも早くラービが回復するように、手を握り体を抱き寄せて冷えたラービを暖める。
「バ、バカ者……皆が見ておるであろう……」
何を勘違いしたのか、ラービは照れながら俺を非難してきた。
「いや、お前が早く回復しないと……俺ももうすぐ動けなくなるなるし」
そんな俺の主張に、ラービは小さくため息をついて首を振る。
「なっとらんな……そういう時は小粋なジョークで場を和ませ、気分を盛り上げつつもワレを労るのがデキるスタイルであろうが」
お前ね、たかが一介の男子高校生にそんな対応を求めるなよ。こちとら女の子と付き合った経験もないんだぞ?
まぁ、俺をからかっているのが大半なのは、なんとなく解るが。
「仕方がないので、ワレをお姫様抱っこしてムード作りを学んでも良いのだぞ?」
「ふざけた事を言ってないで、早いと……ごっ!」
場違いな事を口にするラービを嗜めようとした時、それはやって来た!
突然、全身の筋肉が一斉に悲鳴を上げる!強烈な筋肉痛が体の自由を奪い、まともに声を出すことすらキツい!
「む?時間切れか……仕方がないの」
俺の様子から動けなくなった事を悟ったラービは、ひょいと軽い調子で離れると手足の感覚を確かめるように、プラプラと振ってみせる。
んだよ、お前もう動けたのかよ!
ガツンとかましてやりたかったが、今の俺は筋肉痛との戦いで精一杯だ。
ちくしょう!回復薬、回復薬をくれっ!
「待て待て、慌てるな……」
焦らすようにして、出発前にマーシリーケさんから渡された回復薬を、ラービは自身のポーチから取り出そうとする。
しかしそんな時、「それ」は突然現れた!
いきなり、ガシッと足を掴まれる感触。しかも、その感覚は一つや二つではない!
痛みに耐えながら足元を見れば、俺の足を掴んでいるのは、地面から生えた白骨の腕。それが数本、群がるようにしてしがみついている!
なにこのホラー演出!かなり怖いんですけど!
白骨の腕はラービにも迫ったが、危うい所で飛び退いて難を逃れる!
「一体、何事……」
唐突すぎる状況の変化に、言いかけた俺とラービの言葉が詰まる。何故なら、異変はまだ終息していなかったからだ。
俺達の目に映ったのは、周辺のあちこちで地面が盛り上り、そこから這い出て来るようにして姿を現す大量の『骸骨兵』だった。