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『限定解除』
かつて四腕熊を倒し、女帝母蜂を殺して命を拾った最後の切り札を俺は発動させる。
しかし、俺は過去に『限定解除』を発動させた時よりも遥かに強い力の奔流が全身にみなぎるのを感じていた。
周囲がスローに感じる程に感覚が冴え渡り、ついさっきまでのピンチが嘘のように心が落ち着く。
制圧ける!
この場の全てを掌握出来るような……そんな確信めいた物を感じつつ、俺はワイナードに向かって地を蹴り、跳んだ!
それは、瞬きをするような一瞬の出来事。
蹴り足で地面を抉り、音を置き去りにして!
まるで瞬間移動に感じられる程の速さでワイナードとの距離を詰めた俺は、呆然としているその無防備な腹部目掛けて、前蹴りを放つ!
意識してか、それとも無意識な反応かはわからないが、瞬間的に赤い槍で防御したのは流石と言える。
だが、深々と腹に突き刺さった蹴りは、そんなガードの上からでもワイナードの鎧を砕き、内蔵にめり込んで彼の体をくの字に曲げる!
「がっ……げっ……」
血と吐瀉物を撒き散らし、呻き声を漏らしながら、ワイナードは辛うじて頭だけを動かして、俺を信じられない物を見るような目で睨み付けた。
その目には驚愕と困惑が浮かんでいて、自身に、そして俺に何が起こったのか理解出来ずに混乱している心情がありありと見てとれる。
まぁ、無理もない。ほんの数秒前まで圧倒していた相手が、いきなり反応を凌駕する速度で強烈な一撃を加えてくれば、誰だってそんな風になろうってもんだ。
例えるなら、「某戦闘民族」が「伝説の超戦闘民民族」にパワーアップしたような物で、蟲脳にのみ備わる反則的な強化だからな。
「おっ……おお、ぐっ……」
このままではヤバイと感じているのか、ワイナードは必死に上体を起こそうとする。だが、意思に反して体は前屈みの状態から動こうとしないようだ。
腹部へのダメージはかなりの物で、内臓は軋み呼吸もままならないのであろう。いわゆる、ボディーブローは地獄の苦しみというやつである。
そして、当然ながらこの好機を逃がすつもりはない!
俺は無防備に背中を晒すワイナードの体に腕を回すと、やつの頭を下にするような体勢で持ち上げ、抱きかかえた!
「でべ……だっ……ぉ……」
何をされるか解らないワイナードが、弱々しく抵抗しながら呻くように言葉を漏らす。
安心しろ、痛みは一瞬だ!
「はあっ!」
俺はワイナードを抱えたまま、強烈な横回転を加えつつ、まるで竜巻の如く風を巻いて上空に飛び上がった!
声になら無い悲鳴が渦を巻きながら上昇し、十五メートル程上空で跳躍の頂点に達する。
一瞬の浮遊感。しかし、すぐに重力に従って俺達は落下し始める。
再び横回転をかけながら、まるで弾丸のように地面を目指して加速していく!
そして数秒後!
大地に着弾すると同時に、巨大な爆発音が周辺に響き渡り、大量の土砂が巻き上げられて衝撃波を撒き散らした!
もうもうと上がる土煙の中、某ゲームばりの『スクリューパイルドライバー』を決めた俺は、赤いサイクロンの異名を持つレスラーと犯罪集団を蹴散らす市長が、満面の笑みを浮かべてくれたような気がして思わずガッツポーズをとっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それは、ほんの一分程の前の事。
胸元まで氷付けにされ、低温によるダメージで身動きができなくなったラービに向かって、ナディはサディスティック笑みを浮かべて話しかけていた。
「んふふ……どこから責めたらいいでしょう。目を抉る?鼻を削ぐ?耳を切り落とす?」
ラービの頬を撫でながら、絶対的優位に立つ彼女は加虐的な妄想に胸を踊らせて矢継ぎ早に質問してくる。
「貴女みたいな綺麗な娘が、無惨な姿になって泣き叫ぶ所を想像すると……んふふ、濡れてきてしまいます……」
性的興奮すら感じているようなナディに対し、絶体絶命の窮地ながらも、未だに心折れぬ視線でラービは睨み返した。
「いいわぁ……その反抗的な目付き。まだ何か希望があるのかしら?」
ラービを殴り付けながら、にこやかにナディは尋ねる。
「一成が……おる……」
小さな呟き。それを聞いて、ナディはワイナードと戦う少年にチラリと目を向けた。
赤い槍の能力により生み出された、高熱の溶岩に翻弄される少年に、現状を打破できるとは思えない。しかし、そんな少年を信じるラービの姿はいじらしく、ますますそんな少女の身も心も壊してしまいたい衝動にナディは駆られていく。
「あの少年を信じているんですね……いいでしょう。目を潰すのは最後にしてあげます」
そして、ニコリと極上の笑みを浮かべた。
「彼がワイナードに殺されて、豚の丸焼きみたいに串刺しになって焼け爛れた姿を見せた後に、貴女の目を抉りとってあげましょう」
微笑みは歪み、醜悪な本性を滲ませながらナディは嘲笑う。
だが、そんなナディをさらに嘲笑うかのように、ラービは小さいながらも力強く呟いた。
「一成を……なめるで、ないわ……。アレは……やる時には……やる……男よ……」
「何かを信じる乙女は美しいものですね……では、私からもお二人を祝福させて下さい」
顔の一部を削りとるべく、白い槍を短く持ち直して、その穂先をラービの顔に近づける。
だが、次の瞬間!
突然、周囲に衝撃音と金属の砕ける音が鳴り響いた!
何事かとナディがそちらに頭を向けると、一成の一撃に鎧を破壊させて苦痛に身を屈めるワイナードの姿が飛び込んできた!
「なっ!」
驚愕の声が響くより早く、目に目止まらぬ速さでワイナードを抱えあげた少年は、竜巻のように回転し、渦を巻いて上空に舞い上がる!そして再び回転しながら落下し、爆発のような音と衝撃を撒き散らした!
沸き立つ土煙の中から一成が姿を表せた時、ナディの背筋に悪寒が走る!
この場から動かねばと、行動しようとした次の瞬間、ナディは視界をふさがれ、両肩に重みを感じた。
彼女からは見えなかったが、一足飛びに接近した一成が、ナディに逆の姿勢で肩車するように乗っていたのだ。
そのまま、一成は後方に全身の力を込めて仰け反り、ナディの体を、引っこ抜いて背中から地面に叩き付ける!
『フランケンシュタイナー』を放ち、「ヘーイ!」と決めポーズを取る一成!
一方、背中を強打し、呼吸を乱しながらもナディはなんとか上体を起こす。だが、力を込めて立ち上がろうとするその首元に、音もなく背後に回った一成の腕がするりと巻き付く!
後頭部を押す事でより深く頸動脈に食い込む、落とすための『チョークスリーパー』で締め上げられ、ナディの意識はアッサリ過ぎるほど闇に沈んでいった。
ナディからの魔力の供給が断たれ、ラービを捕らえていた氷が急速に消滅していく。
自由の身になった物の、低温下に晒され続けたラービは手足に力が入らず、ぐらりと倒れそうになる。そんな彼女の体をすかさず一成が支え、抱き止めた。
「大丈夫か?」と心配そうに尋ねる一成に、「うむ」と簡単に返したラービは、失神して倒れ伏すナディに顔を向ける。そして、
「ワレの言った通りであったろう?」
ドヤ顔で勝ち誇った様に呟いた。