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「いくぞ、オラァ!」
穂先を振り回し、風を斬りながらワイナードが突っ込んでくる!
熱っっっつい!
槍が振り回される旅に周囲に溶岩の雫が撒き散らされて、高熱の雨となって破壊を振り撒く!
さすがな神獣の外骨格でできたこの鎧は、『神器』たる槍本体の攻撃じゃなければ、溶岩の熱でも破損はしない。だが、熱伝導による俺自身へのダメージまでは防ぎきれない。
ほんの数秒なら問題ないが、連続で攻撃を受け止めるか、もしくは槍を捕らえたりすればこちらの方がダメージはでかいという酷い仕様。
反撃に転じようにも、相手が槍を振り回すだけで近付く事も出来ないし、溶岩の雨で周囲の温度が上がり体力をジワジワ奪われる。
防御阻害、追加ダメージ、地形効果の生成、おまけに使用者には影響無し……なんだ、このチート武器!
くそっ!『神器』なんて呼ばれていても、スゴい武器位にしか考えてなかった。組技に持ち込めば、なんとかなると思っていたが、見通しが甘過ぎた事を認めるしかない!
「どぉした、小僧!もっとがむしゃらに反撃してこいや!ぶっ殺すぞ!」
時折、大雑把になった相手の隙を突いてなんとか反撃するも、こちらが熱ダメージを食らうばかり。
獲物をいたぶる猫科の猛獣のように、圧倒的に優位なワイナードはもっと遊ばせろと俺を煽る。
ちくしょう、ホントに性格悪いな!
「おめぇがそうやって逃げ回るのはいいけどよぉ、俺を倒せねぇとあっちの嬢ちゃんがヤベェぞ?」
わざわざ俺を攻撃手を止め、槍を地面に突き刺して攻撃を中断してまで、ラービとナディの戦いを確認させようとする……そんなワイナードの意図はわからないが、俺はいつでも動ける体勢でもうひとつの戦闘に目を向けた。
俺の目に飛び込んできたのは、白く染まったラービの姿だった。いや、染まったのではない。
あれは……霜か!
ナディが発動させた『神器』は、彼女の周囲に超低温の霧を発生させ、近付く物全てを凍てつかせていた。
本来ならスライム体のために人間のような呼吸は必要ないが、気功を練るために呼吸法を身に付けていたラービの息が白くなっている。
あの低温の霧に近付けば体外だけでなく、呼吸のたびに体内に冷気が侵入して体力を奪っていくに違いない!
地面を凍らせ動きを邪魔するような、地味だが確実にうっとおしい効果もありそうな白い槍は、赤い槍に匹敵する嫌な『神器』だ。
「うふふふ……まだ絶望しない?もっと頑張れる?」
まるで頑張って抗って欲しそうに、ナディはラービに問いかける。
「あ、当たり前じゃ……まだまだこれからよ……」
強がるものの、明らかにラービのダメージは大きい。水分量の多いスライム体は、冷気との相性は悪そうだ。
そして、明らかにダメージを受けていながら、心は折れていないラービの姿を、ナディは恍惚とした表情で眺めている。
涎を垂らさんばかりの、そのギラギラとした目付きはごちそうを前にした肉食獣のようだ。
「あいつはよぉ、敵を追い詰めて追い詰めて、心が折れた絶望の表情が大好きってぇ変態だ。身動きをとれなくしてから、頭を残して少しずつ体の一部を削っていってはいちいち聞くんだよ……『まだ絶望しない?』ってな」
今、ラービに向けている嬉しそうな顔で、そんな残虐な行為を嬉々とするなら、確かにナディは変態だ。
「嬢ちゃんのピンチってぇ状況は判ったか?」
ご親切にどーも!確かになんとかしなきゃならない!
「お前はこれで俺を急いで倒す必要があると理解できた訳だが、もうひとつ手はある。それは、逃げる事。」
内心、ギクリとした。
確かに、正面からワイナード達を攻略する事が出来ないなら、なんとかラービを回収して砦まで引く事も考えていた。しかし、なぜその可能性を示唆する?
俺の考えなんぞお見通しと、精神的にも優位に立って、行動を縛るつもりか?
「なんで逃げる手もあるって示したかわかるか?逃がさねぇからだよ!」
ワイナードの叫びと共に、俺の後方からマグマの柱が突如、噴き出した!
そのまま溶岩は、噴水のような灼熱のマグマ溜まりを形成し、俺達と砦を完全に分断する。くっ、これも奴の能力かっ!
地面に突き刺していた赤い槍……おそらく、あれがこの状況を作るための準備だったに違いない。
「くくく……『溶岩地脈』で溶岩の結界は作るには少し時間がかかってな。あっちの戦いをエサにして、ちぃと時間を稼がせてもらったぜ」
結構セコイまねをするな、この野郎!
だが、この溶岩の熱は冷気に苦しめられているラービにとっては助けになるんじゃないか?
そう思ってチラリとラービの方に視線を送ってみたが、いまだにラービの姿は白く染まったままだった。
「残念だが、俺の熱とアイツの冷気は干渉し合わねぇ。お互いの『神器』が生み出した魔力による現象だからなぁ、普通の常識は通用しねぇのさ!」
ぐぬぬ……どこまでも厄介だな、『神器』!
「さあ、これでてめぇもトコトン戦るしかねぇだろう?もがいて、あがいて、必死になってかかってこい!死ぬまで抗って俺を楽しませろ!」
殺し好きの戦闘狂……やっぱりこいつも変態だ!
もはやこいつらを倒さないかぎり、俺達が生き残る方法はない。
だが、迂闊に手を出せばこちらが不利。
この状況を打破するには、一か八かの……完全に生きるか死ぬかの大博打しかない。
しかし、そんな最終手段をとる前に、何か出来る事はないだろうか?起死回生とはいかないまでも、こちらの不利を和らげる方法が……。
「ああぁぁっ!」
突然、ラービの悲鳴が上がる!
その声に振り向くと、氷の塊に胸元まで捕らえ、完全に身動きが取れなくなったラービの姿が目に入った!
そして、そんなラービに近付く、恍惚とした笑みを浮かべたナディ。
「ああ、拷問タイムの始まりだなぁ」
こちらもニヤつきながら呟くワイナード。
ラービの絶体絶命の危機に躊躇などしていられない!
俺は迷いを捨てて、最後の切り札を使う決意をし、意識を集中させる!
そんな俺の頭の中で、カチリと何かの鍵が外れるような音が響き渡った。