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くそう!
敵陣を駆け抜けてからの奇襲だった蹴りが完全に読まれていた!
初手を受け止めたディドゥスの英雄達は、名乗った俺達を訝しげに見下ろしている。
見事な造りの立派な鎧に身を包み、俺達がのって来たデルガムイに負けず劣らぬ軍馬に跨がる二人の騎兵。たが、何よりヤバい雰囲気を放っているのは、彼らが手にする赤と白の槍であった。
数々の戦場を渡り歩き、無数の敵の血を吸ってきたであろうその槍は、威厳と風格を兼ね備え、ただの武器であることを越えた存在であることを主張している。
これが『神器』か……。
「……ガキとは言え、ただ者じゃねぇな」
「……そうね、油断は出来ないわ」
赤い槍の騎兵が漏らした一言に、白い槍の騎兵が同意を示す。
むう、今の防がれた一撃だけで、こちらの技量を悟ったというのか……?
これは思ったよりも手強いかもしれない。
「てめぇらが何者かは知らねぇが、名乗ったからにはこちらも返すぜ!俺は『七槍』が一槍、ワイナード・ボルケン!」
「同じく、『七槍』が一槍、ナディ・バーナード」
兜ののバイザーを上げ、その素顔を晒しつつ、英雄達は堂々と名乗りを上げた。
二人は名乗りを上げると、ひらりと軍馬から飛び降りて空馬となった其々の馬を先行した部隊に向けて走らせる。
「馬上の有利を捨てるとは……随分と余裕じゃの」
地に降り立つ七槍達に、ラービが皮肉げに語りかける。
「貴方達がその気になれば、馬を倒す事など容易でしょう?馬を潰されて隙を作るのは良くないし、何より軍馬がもったいないわ」
「それによぉ、俺達は馬上じゃねぇ方が本気を出せるからなぁ!」
うわ、ヤバい。こいつら、どこの馬の骨ともわからない俺達を前にして微塵も油断しちゃいない。
「ふん、奇しくもカップル対決か……想いの強さも含めて、どちらが上か試してくれよう!」
おそらく自身の緊張を解くために、敢えて冗談めかしてラービは言ったのだろう。
しかし、そんな一言にワイナードとナディは心底嫌そうな顔をした。
「……嬢ちゃんくれぇの歳ならなんでも色恋沙汰に見えるかも知れねぇが、こんな性格の悪りぃ上に貧乳の女とそういう風に見られるのは勘弁してほしいな」
ワイナードが言うが早いか、白の槍がその頭上から降り下ろされる!それを赤の槍で受け止めると、ワイナードはナディの方を睨み付けた。
「彼のように体型でしか女性を判断出来ない、品性下劣な人物とそういう目で見られるのは私としても不愉快です。二度と言わないでください」
ギリギリと槍を押し込みながら、不愉快さを隠そうともせずにナディが言う。
「誰が品性下劣だ、変態女が……」
「殺し好きのクズに変態呼ばわりされる覚えはありません」
「てめぇ……殺すぞ……」
「殺れるですか?貴方が……」
睨み合い、濃密な殺意の渦が二人の廻りに漂い始める。
……って言うか、なんでいきなり仲間割れ起こしてるんだ、こいつら?
七槍って、メンバー同士の仲が悪いのだろうか?
同士討ちを始めたら楽だなとか考えて、見守っていたが、流石にそこまではいかなかった。
お互いに捨てぜりふのような物を投げ掛けて、それで終わりとばかりに俺達の方に向き直る。
「さぁて、この後には砦落としが待ってるからよぉ。ちゃっちゃと行こうや!」
ワイナードの一言を皮切りに、俺とラービは即座に動く!
俺はワイナードに、ラービはナディに!
それぞれが定めた標的に向かって走り、攻撃の射程距離に入った所で、足を止める。素手の間合いにしては遠すぎるその位置取りに、ワイナードが興味深そうな表情を浮かべた。
「シッ!」
まずは、わずかに吐き出す呼気と共に、素手で切り下ろすかのように振り上げた腕で、遠間から飛び込み攻撃する劈掛拳の『烏龍盤打』で攻めかかる!
一気に間合いを詰めたその一撃は軽々と防がれたが、そこは狙い通り。防御された腕を絡めつつ、引き寄せるようにしてワイナードの体勢を崩して、逆の腕でがら空きとなった頭を狙う!
だが、ワイナードは引き寄せる俺の動きに先んじて一歩踏み込むと、そのまま体当たりで俺の攻撃を潰すと同時に間合いを取った!
ここで引き剥がされたらヤバい!
すかさず独特の歩方で密着するように近付き、近距離から激しい連打が売りの翻子拳で攻め立てる!
反撃を許さぬ拳の嵐!しかし、ワイナードはその猛攻を槍で受け、或いは鎧に当たるが構わず、巧みに威力を削ぎ落として防いでしまう。
「くっ!」
結局、怒濤のラッシュにも係わらず、まともに一撃すら入らなかった。
動き易さを重視した軽装甲鎧の俺の動きに、重厚そうな全身鎧に身を包んだワイナードがついてこれた事に軽いショックを受ける。
パワーとタフネスさで戦う脳筋系のコルリアナとは違う、高い技量を持って戦うワイナード。
タイプは違うが英雄達の強さに俺は内心、舌を巻いていた。
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ワイナードは内心、舌を巻いていた。
突如、拳の間合いの外から飛び込んで来たかと思えば、こちらの体勢を崩しにかかったり激しい連打を放ってきたりと、多彩な攻撃手段に防ぐのがやっとで反撃に転じられない。
さらに、その一撃一撃がかなりの威力でしかも速い!
年若く素性は知れないが、これ程の使い手がアンチェロンに居たとは知らなかった。
やがて英雄と呼ばれるであろう領域に到達する逸材。目の前の少年をそう評価したワイナードは、今ここでその芽を摘んでおくことを決意した。
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「カズナリとか言ったな、大した技量だが、どこで身に付けたんだ?」
「ご想像にお任せします」
まさか、異世界の漫画やゲームで身に付けたなんちゃって技術の賜物です等と言えるはずもなく、はぐらかして答える。
「ふん……殺す前に聞いておきたかったが仕方ねぇな。ナディ!俺はもう本気でいくぞ!」
ワイナードに声をかけられ、ラービの相手をしていたナディが以外そうに答える。
「あら、貴方が遊ばないなんて珍しい。とは言え……」
ラービの繰り出すフリッカージャブを捌きつつ、俺にチラリと視線をおくる。
「そちらの少年も、こちらの少女も尋常ではない技量の持ち主だものね。後に仕事も残っているし、早々にケリをつけましょう」
一旦、後方に跳び間合いを開けると、二人は其々が持つ『神器』を眼前に構えて、力を込めた言葉を放った!
「開放せよ!汝が真名、『溶岩地脈』!」
ワイナードの呼び掛けに反応して、赤い槍から激しい熱気が吹き上がり、赤熱化した槍が周囲の大気を陽炎のように歪める!
さらに、穂先からはポタリ、ポタリと液状の溶岩が流れ出し、ワイナードの足元の草を燃やしていた。
「目覚めなさい。汝が真名、『霜降氷原』!」
ナディの言葉で戒めを解かれた白い槍が、全てを凍てつかるような凄まじい冷気を発生させる。
その槍全体から放出される霧状の冷気はナディの廻りに漂い、大気を凍らせてキラキラとした幻想的な美しさを見せていた。
……確かに、コルリアナは赤い槍は高温、白い槍は低温を操ると言っていた。
でもね、ここまで激しい熱と冷気は流石に想定外過ぎだ!
あらゆる物を焼き付くそうとする真の赤い槍。
魂まで凍てつかせるような真の白い槍。
二つの神器が真の力を発揮し、その使い手たる英雄達は、俺達を神器に捧げる生け贄とすべく、ゆらりと歩みを進めた。