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俺がコルリアナと勝負してから三日が経った。
その間、俺達は『岩砕城壁』内部構造を把握するために散策したり、脳内組手をして鍛えたり、コルリアナからの夜這いをかわしたりしていた。
……なんだか、俺はコルリアナに随分と気に入られたらしく、勝負したその日の夜に寝室で乱暴されそうになったのだ。
いや怖かったなぁ、あれ……。
途中でラービが鬼の形相で乱入してきた為に事なきを得たが、改めて寝るときも気を配らなければならない異世界の恐ろしさを知った。
命の危機ではなく、貞操の危機で思い知るのは想定外だったけど……。
まぁ、そんな事があったものの、今のところは平和に時間は過ぎていく。そして、急を告げる報告が入ったのは、その日の昼前の事だった。
「斥候からの連絡によると……先程、ディドゥス側の国境防衛基地に『七槍』が率いるとみられる部隊が入ったそうだ」
作戦会議室と呼ばれる大部屋の中、皆の注目を集めているラックという男が届いた情報を発表している。
この部屋に集まっているのは、俺とラービの他に、コルリアナを始め、今報告を行っているラック。そして、この砦の各部隊を指揮する隊長達が十人程だ。
「状況からして、相手が打って出てくるのは明日の午前中。各部隊長達は、綿密に打ち合わせをしておくように!」
ラックの言葉を受けて、それぞれが手慣れた様に自分達の持ち場を確認し、その配置関係の打ち合わせをしていく。
そんな中、当たり前だが部外者の俺達は話に入れず、仕方がないのである程度の話が決まるまで廻りを飛び交う声に耳を傾けていた。
「カズナリ殿にラービ殿には、基本的に遊撃手として『七槍』の足止めと牽制をお願いします」
ぼんやりしていた所に不意に名前を呼ばれ、慌ててラックに向き直る。
「……聞いてました?」
「あ、ああ。一応。俺達が七槍を抑える……」
で、いいんだよな?
ラービをチラリと見ると、多分OKといった表情で頷いた。こいつもぼんやりしていたか……。
「というか、ワレら以外はどのような作戦を展開するんじゃ?」
確かに……。言われてみれば既に話が通じているのか、回りの連中は自分達の役割を理解しているかのように話し合っていた。
「ああ、うっかりしてました。いつも決まったパターンがあるんで、詳しい行動予定を省いてましたが、カズナリ殿達は初参加でしたな」
自分の額にピシャリと手を当て、少しオーバーに天を仰ぐ。芝居がかった態度ではあるが、鼻につかないのは彼が緊張を解すためにやっているのがわかる為だろう。
「まぁ、ここの国境での戦いとなると、我々は砦に籠城して防衛戦。ディドゥス側は城壁への攻撃か、平地に陣を敷いての睨み合いってのが基本なんです」
ほう。そんなパターンが?
「ディドゥスには優れた騎兵部隊がいるんで、平地での戦いはあちらが有利です。逆に、砦に籠っての籠城戦ならうちらが有利ですな」
なるほど、お互いに有利すぎる場があるから下手に動けず、流れがパターン化してしまうのか。
「しかし、今回はディドゥス側に英雄が参加してる事から、強引に砦攻めをしてくる事も考えられます」
うん、確かにパターンが変わる可能性が大きいな。
「ですから姐さんには砦の防衛に回って貰い、お二人には英雄の足止めをしてもらう。で、敵部隊をある程度、減らしたら姐さんにもそちらの戦いに参加してもらって七槍を撃破、もしくは撃退する……とまぁ、そんな所ですかね」
ようやく作戦の全容が理解できて、納得できた。
俺達はアンチェロン側の英雄……つまり、コルリアナの助力って事でここに来ていた為にまともに英雄と当たるとは思ってなかったが、やはり現場ではそんな予想は当たらない物だな。
とにかく、コルリアナがフリーになるまで相手の英雄の足止め!
これに全力を尽くそう。
「所で、相手の英雄ってのはどんな奴が派遣されて来たのか判ってるんですかね?」
ラックに問いかけると、「一応は……」と前置きして、報告書に目を落とす。
「ディドゥスの七槍は、他国からその神器の色による通称で呼ばれています。で、今回出ばって来ているのは、『赤の槍』と『白の槍』と呼ばれる二人ですな」
その報告を効いて、コルリアナが「げっ」っと嫌そうに声を漏らす。
「知っておるのか?」
ラービが訪ねると、コルリアナは頷いた。
「どっちとも手合わせしたことがあるよ。『赤の槍』は高温、『白の槍』は低温と温度変化の特性を持った神器の使い手達だ」
おお、なんかファンタジーな世界って感じの話になってきた。しかし、高温と低温って「温度差によってあらゆる物を破壊する」とかやりそうなコンビだな。
「正直、アタシはあまり相性がよくない。どちらか一人ならなんとかなりそうだがね」
ガリガリと頭を掻きながら、コルリアナが俺達を見下ろす。
「期待してるよ。アタシが加勢するまで、七槍の二人を止めとくれ」
「「任せておけ!!」」
俺とラービの声がハモる。
熱かろうが、冷たかろうが、近づいてしまえばこちらの物だ。優れた防具もあるし、それは決して難しい事じゃないだろう。
ふふふ、むしろ俺達だけで仕止めてしまうかも知れないぜ。
迫る戦いに緊張と興奮でテンションを上げつつ、俺とラービは「いかにして敵の英雄に近付くか?」という議題に夢中になっていた。
たから、わずかに不穏な光を宿したコルリアナとラックの視線に、この時、俺達は気付く事ができなかったんだ……。