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「うん?なんだい?」
コルリアナが神妙な顔で聞くものだから、こちらも少し警戒してしまう。俺達の事情は王子の方からある程度は伝わっている筈だから、英雄であるコルリアナに勝利しても、絡まれたり因縁をつけられたりといった面倒くさい事態にはならないと思うのだが……。
「そっちのお嬢ちゃんもアンタと同じくらい強いのかい?」
コルリアナはラービにも興味を持ったように尋ねてきた。
なるほど、自分を破った相手の同行者であるラービの強さが気になるのは当然か。
「ああ、ラービも俺と同等に強いよ」
俺は自信を持って頷く。実際、俺とは戦いのスタイルが異なるから強さのベクトルは違うとは思うが、トータル的に見れば互角だろう。
今回は寝技に持ち込んでコルリアナに勝利したが、本来なら俺は立ち技、打撃系が得意だ。それに対して、ラービは寝技、投げ技を好む。
なにせ、見た目は可憐な美少女ではあるが、ラービの肉体はスライムがベースだ。見た目の変化は無くとも、あり得ないレベルで重心移動を行い、その関節の稼働領域の広さを発揮すれば、如何なる相手でも取り押さえるし、如何なる相手でも彼女を捕まえる事は出来ないだろう。
「やれやれ、そんなに強い奴等がゾロゾロ出てくるとは……。王都から連絡が来たときには馬鹿馬鹿しいと思ったが、こりゃ面白くなってきたね……」
ワクワクするように呟くコルリアナは、まるで某戦闘民族のようだ。うーん、変に絡まれる前に、一旦引いた方が良いかな?
「悪いが、さすがに俺も疲れたよ。少し休ませてもらえるかい?」
「ああ、しばらくアンタらに使ってもらう部屋は用意してある。誰かに案内させよう……が、もう一つ聞いても良いかな?」
なんだ?好奇心旺盛だな……。
「アンタ、アタシと戦り合ってる最中に顔面を狙わなかったが、手を抜いた訳じゃないんだよな」
表面はにこやかだが、内心にはもしも手抜きをしていたなら絶対に許さんといった激しい感情が渦巻いているのが感じられる。
顔面狙いは、確かにガチ戦闘の基本だ。
鼻を潰せば体力の消耗が激しくなり、目を潰せばそれだけで勝敗はつくと言っても過言ではない。
歯でも折れれば戦意の低下は免れず、何より脳に直結するダメージを与えられる。
そんなお得で一杯な、顔面狙いをしなかったのだから、「手抜きでもされたか?」と思われても仕方ないか……。
「手抜きするもんか、って言うかそんな余裕は何処にもなかったよ」
寝技に持ち込んで余裕を持って勝った様に見えたかもしれないが、その実、コルリアナのすさまじいパワーに戦々恐々としていた。
「顔面を狙わなかったのは、俺の打撃は相手を打つ場所を選ばないからだ。どこ打ち込んでも一緒なら、狙いやすい所を狙った方がいいだろう?」
これは本心からそう思っている。
漫画知識のなんちゃって技法の数々ではあるが、脳内組手で何度も何度も研鑽し、技への理解と解析を進めて身に付けてきた。正統性や正確性には劣るかも知れないが、実戦で通用すれば何も問題はない。
そして今や俺の打撃は、通常ならば敵の鎧を破壊してダメージを与えるくらいにまで高まっているのだ。
この域まで来ると、顔面狙いはフェイントにして四肢を砕くなり、胴を狙った方が効率がいい。
幾多の戦場を乗り越えてきたコルリアナからすれば、剣を振るえばそれで終わりだと言うのに、そんな戦い方はかったるく、それを選択する俺が理解出来ないのだろう。
いざ、戦いともなれば、殺し殺される覚悟は俺にも出来ている。この世界に喚ばれてきたばかりの頃に、食うか食われるの現実の中で身に付けた覚悟だ。
が、だからと言って、人という種を憎悪する魔人達が相手でも無いかぎり、殺してしまうばかりが能ではないだろう。
だから殺さず、戦力を奪うだけに止める事ができて、全力を出せるこの戦い方は俺の性にあっているのだ。
「ふうん、打つ場所を選ばないか……。そういうものかね」
今一、納得できかねるのか、コルリアナはスッキリしない表情だ。
「後は、あれだな。女の顔を殴るのは俺の主義じゃないって所か」
「あ?」
俺の何気ない一言に、コルリアナの表情が一瞬、険しくなる。
しまった!
あれか、「女扱い=侮られてる」と思われちまったか?
戦いに誇りを持つタイプの人間なら、そういった男女の区別はもっとも嫌うかも知れない。
「あはははははは!ア、アタシが女だから顔を狙わなかったって?そんな事を言われたのは流石に初めてだよ!」
俺の心配とは裏腹に、コルリアナは爆笑しだす。うーん、確かにゴツくて強い豪快な性格のゴリウーではある。だが顔立ちは整っているし、おっかないけど綺麗な部類だとは思う。おっかないけど。
「はー、笑ったわ……」
ひとしきり爆笑した後、彼女は俺の顔を覗き込みながらニヤニヤと笑みを浮かべた。
「いいね、気に入ったよカズナリ。アンタ、アタシの所に来ないかい?」
言うなり、コルリアナは俺の頭を抱え込んで、自身の豊かな胸に押し付ける。
大胸筋ではなく、柔らかな女を主張する暖かい双丘に挟まれ、息苦しいながらも男として幸福な気持ちが沸き上がる。
……そんな状況で、溜まりに溜まった思春期の少年である俺が、下半身の変化で身動きが取れなくなったとして誰が責められよう。いや、誰も責めることなど出来はすまい。
「ふざけた事を言うでないわ!」
沈黙を破ったのは、激昂したラービの声だった!
「少し女扱いされたからってあっさりデレるじゃと?ゴリウーでチョロイン(注2)とか、盛り方が間違っとりゃせんか!?」
怒るとこ、そこか?
「第一、一成にはワレという出来た伴侶がすでにおるんじゃ!ヌシの入る隙は無いわい!」
パートナーとか相棒って言うならともかく、伴侶ってなんだよ、伴侶って!将来を誓いあった覚えはないぞ!
どさくさに紛れて外堀をガンガン埋めようとする気配をラービの言葉に感じて、少し背筋が寒くなる。
「いいじゃないか、減るもんじゃなし。むしろ経験を、積んで何かが増えるかも知れないよ?」
益々、自分の胸元に俺の頭を埋めて、コルリアナはラービから俺を遠ざけようとする。
が、ラービも黙ってはいない。俺の両足を掴むと、コルリアナから引き剥がすために思いきり引っ張り始めた!
「一成はまだ童貞じゃぞ!ヌシみたいな強烈なのを相手にして、性癖が歪んだらどうする!」
ぐえー!
精神と体に受けるダメージで、俺の心が悲鳴を上げる。
なんで、事あるごとに俺が童貞だと周囲にばらすんだ!そんな事をしたって誰も幸せになれないじゃないか……!
下半身の諸事情で動けない所に足を引っ張られ、さらに力を込めて胸元に押さえつけられているため、息が出来ない!
しかし、俺の状況などお構いなしに、ヒートアップした二人の女は引っ張り合う力を弱めることは無さそうだ……。
大岡越前ー!早く来てくれー!
見事な判決を下してくれそうな名奉行の登場を心から切望しつつ、俺の意識は静かに遠のいていった……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
先に一成が意識を失った事に気づいたのは、その頭を抱え込んでいたコルリアナだった。
様子を伺おうと、わずかに力を緩めた瞬間、その一瞬の隙を突いてラービが一成の体を奪い取る!
そのまま一成の体を担ぎ込み、脱兎の如くコルリアナの前から走り去ってしまった。
「ふふ、してやられたねぇ」
ポツンと取り残されたコルリアナが楽しげに呟く。そこへ、一人の男が近づいてきた。
「やれやれ、姐さんともあろう方が珍しいですな」
「ラックか……ふん、確かに珍しく楽しいね」
軽口を叩くこの砦の副官である男は、コルリアナの言葉に肩をすくめた。
一見すればどこかのバーのマスターといった飄々とした雰囲気のラックだが、それでいて隙がなく自然体でいる姿は、高い技量の持ち主だと感じさせる。
「あんまり入れ込むと後が辛くなりますよ?」
「わかってるよ」
何やら裏に含む物があるような言葉を交わすと、ラックは急に真顔になって声を潜めた。
「で、どうです?彼等の強さは?」
「ああ、申し分ないね。さっきアタシが負けを認めたのは本心さ」
その言葉に、ラックは少なからず驚いた顔をした。
「なるほど……じゃあ、密命通りにあの二人を捨て石にして『七槍』にぶつけるってことで……」
「ん。まぁ、かなり良いとこまで削ってくれるだろうさ」
「そうですか。……ひょっとして、あの二人が勝ってしまう……なんてことは?」
「無いね。七槍を相手にすれば確実にアイツらは死ぬ」
断言するコルリアナに、ラックは眉を潜める。
「しかし、姐さん相手に勝ったくらいですよ?もしかしたら……」
「おいおい、ボケたのかいラック?アタシは素の状態で負けたってだけで『神器』を使ってないんだよ?」
言われてラックはハッとしたように頷いた。
「『神器』に対抗できるのは『神器』だけさ。それを持たないアイツらじゃ、どう足掻いても勝ち目は無いよ……」
一成とラービが走り去った方を見つめながら、コルリアナは少し寂しげに呟く。若い二人が死ぬ運命に会うのを憂いているのか、楽しげな玩具が壊れるのをさみしがっているのか……。
「気に入ってはいるんだがね、アイツの子なら産んでも良いと思えるくらいにはさ」
本気なのか冗談なのかは量りかねるが、コルリアナにここまで言わせる一成に対して、ラックは称賛するような気持ちをおぼえた。
「惜しいですな……」
「まぁ、仕方がないさ。それが英雄の背負う業ってやつだからね」
軽い口調ながらも、その言葉の重みは自分の想像も及ばない所なのだろう。だからラックはこの上官に対して、敬意と忠誠を込めた一礼をする事しかできなかった。
(注2)チョロいヒロインの略