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まるで散歩でもするように、俺はコルリアナに歩み寄る。殺気も闘気も無く近づく俺に対して、彼女が微妙に困惑しているのが感じられた。
迎撃しようにも、こちらにはカウンターになる技がある事を知っている為に迂闊に動けないのだろう。
そんな一瞬の迷いが、彼女の間合いに俺が侵入する隙を作る!
するりと近付き、俺は相手の腕を掴もうと手を伸ばした!
が、コルリアナの腕を掴む前に彼女は一歩下がって体を引きつつ、自身と俺の間に大剣をねじ込んでくると、そのまま剣の腹を蹴りあげて、かち上げる様な一撃を逆に繰り出してきた!
俺は体を横回転に捻って、アッパーの様に下段から迫る攻撃をかわす!そのまま勢いにのってコルリアナに密着しようとしたが、蹴り上げられた刀身は強引に軌道修正され、俺を追うような横凪ぎの一撃となって迫ってきた!
上に跳ぶか、横に跳ぶか、はたまた地に伏せるか。
下手にかわせば、また無理矢理に軌道修正された刃が追ってくるだろう。だから俺は前に出た!
狙うは、大剣を握るコルリアナの右腕!正確にはその肘!
関節の外側から、その伸びた肘に拳を打ち込む!
「ぐああぁっ!」
さすがの英雄も逆関節を攻められては、悲鳴を上げて大剣を落としかける。
やはり思った通り!
いわゆる、俺達の世界にある格闘技に該当する技術はこの世界には存在しない。いや、正確には戦場で行われる、単純な組み打ちかな何かはあるかもしれないが、対人の為に練りに練られた技術体系というものが存在しないようなのだ。
それもその筈で、この世界は人間より強い魔獣や魔人なんて物がいて、武器や魔法を持ってそいつらと戦っている。
素手で人間と格闘する事に研鑽するなど、夢にも思わないのだろう。
そんな技を開発したり修練を積むなら、同じ時間をかけて武器や魔法の修練をした方が強力だからだ。
それ故に、俺やラービが使う対人に特化した格闘技術が盲点となり、脅威になる。
なにせ、格闘技の源流を辿れば、「武器を持つ相手に対して、いかに素手で戦うか」といったテーマに行き着く。
まさにこの世界の戦士達にとっては、嫌すぎる相手であろう。
例えば、俺達だけではドラゴンは倒せない。しかし、英雄はドラゴンを殺し、俺達は英雄を倒す。
そんな奇妙な三竦みが、この世界に根付こうとしていた。
「本当に奇妙な動きと技だ、纏わり付かれて鬱陶しいったら無いね……」
攻めあぐねているコルリアナが、苦々しげに言う。
「安心しろよ、もう終わらせる」
ハッタリではなく、本気でそうさせてもらう。
人知を越えた英雄にも、「技」は通じるのだ。それが解れば、コルリアナにも、ディドゥスの英雄達に対しても俺達の勝目はある。
だから俺は宣言した通り、この腕試しを終わらせる為に先手を取って動いた。
先程のゆっくりした動きとは一転、ダッシュで一気に距離を詰める!
唐突な速攻に面食らいながらも、コルリアナは合わせて大剣を振るう。しかし、今度は避ける事はせずに、手甲で受けてそのまま方向を変えて捌く。
そして、伸びきったその腕を取ると同時に飛び付いて、体を回転させながらコルリアナごと地面に転がり関節を極める!
『飛びつき腕ひしぎ十字固め』!
体重を後ろにかけて締め上げると、コルリアナから悲鳴が上がる。
「いだだだだだだっ!痛いっつーの!」
叫びながら決められている腕を、俺ごと持ち上げようとする。それで持ち上がるんだから、やっぱりこいつら化け物だな。
だが、一度倒れてしまった以上、逃がしはしない!
詰め将棋の様に動きを読んで、蟻地獄のように引きずり込む。
寝技の恐ろしさを英雄様に教えてやらねばな……。
……十数分後。
立っていたのは俺だった。そんな俺の足元には、足と腕の関節を外されたコルリアナが転がっている。
「……アタシの負けだ」
コルリアナが認めた瞬間、俺たちをとりかこんでいた、外野から大きな歓声が上がった!
決着がついたため、ラービが俺の元に駆け寄ってくる。
「お疲れさん、やはりワレらの考えていた策は上手く言ったのぅ」
「ああ。これでディドゥスの英雄にもなんとか対抗できそうだ」
なかなか満足のいった結果を出せて、ホッとした。
そんな感じでラービと話していると、この砦付きの治療士がコルリアナに回復呪文を使い、傷を癒していく。
って言うか、脱臼も回復呪文で治るんだな……。
変なところに感心していると、回復したコルリアナが立ち上がり、俺たちを見おろす。
だが、その顔にはわずかな困惑というか、疑問の表情が混ざっていた。
「なぁ、カズナリ……一つ聞きたい事がある」
彼女は静かに、口を開いた。




