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なるほど、大剣を持ったコルリアナは素手の時よりも遥かに醸し出す雰囲気……強キャラ感と言おうか、そういう物が増していた。舐められてると勘違いした怒りなんかもあるのかもしれないが。
そんなコルリアナを前に、俺は着ていた鎧の手甲と脚甲のみを残し、他は外してラービに預けた。
するとコルリアナの表情が、みるみる険しくなっていく。
「てめぇ……忠告したよな?にもかかわらず、鎧を外すってのは、どういう料簡だ……あぁ?」
プルプルと体を震わせる彼女の肉体からは、怒気の高熱が蜃気楼のように空気を揺らめかせる。
言っておくが、俺は彼女を舐めてる訳ではない。むしろ、この世界でタイマン張る相手としては、ヤバイランキング上位に確実に入っていると思っている。
だが、こうして鎧を外したのは、自分を追い込む「背水の陣」の心境でもって『英雄』の強さを我が身に刻む為。
そして、とある俺の考えが合っているか、それを確認する為に必要な技法を使うのに、今の俺には鎧が無い方が良かったからである。
まぁ、そんな考えがある事を伝えれば誤解は解けるのかもしれないが、コルリアナが本気で来てくれるなら、その方が検証するのに都合が良いので、俺は「てへっ♥」って感じで可愛らしく微笑んでみた。
「殺す……」
あ、ヤバイ。
怒気が殺気に変わった。
マグマの様に噴き出していた彼女のオーラが、冷たく研ぎ澄まされた刃物の様に変化する。
挑発(狙ってした訳ではないが)し過ぎたかもしれん。周りの連中も、コルリアナの殺気当てられて体を強張らせていた。
しばしのにらみ合い。
そこで俺はふと、とりあえず勝敗の取り決めはしたが、スタートの合図は決めていない事に気付いた。
うっかりしていたな……と、俺は掛け声を頼むために、チラリとラービに視線を向ける。
次の瞬間!
目にも止まらぬ速度で振り上げられた大剣が、俺の頭を目掛けて振り落とされてきた!
うおおおおおっ!
寸での所で体を捻って刃をかわし、慌てて距離をとる。
いや、危なかった!油断していたつもりはないが、コルリアナの攻撃は予想を遥かに上回る速さと鋭さを持っていた。
「オラ、オラ、オラァ!」
二十㎏はありそうな大剣を、まるで小枝の様に軽がると振り回しながら矢継ぎ早に攻撃を畳み掛けて来る!
しかも雑に振り回している様に見えて、その実、巧みな体さばきで隙を無くしながら連撃に繋げているのだから、コルリアナの技量の高さが感じられた。
と、感心ばかりもしてられない。反撃に転じる為に、一歩踏み出して大剣を向かい打つ!
一瞬、コルリアナが笑った。かなりの重量に加え、速度の乗った刀身を止められる訳かないと思ったのだろう。実際、止めようとすれば吹き飛ばされるか、体の何処かを砕かれてしまうだろう。
止めようとすればな!
差し出すように構えた左腕の手甲に、大剣の刃が触れたその刹那!
腕を捻りながら外向きに払い、その流れに乗せて大剣の軌道をずらしつつ、コルリアナの体勢を崩す!
そして一瞬、動きの止まった彼女の腹に、カウンターとなる掌打を発剄と共に叩き込む!
なんちゃって絶招『猛虎硬爬山』!
「ごはっ!」
まともに入った一撃に、コルリアナがわずかな吐瀉物と共に苦悶の息を吐き出し、よろめきながら後ろに下がる。
「なんちゃって」とはいえ、いい手応えはあった。意図していた展開とは若干違ってはいたが、今後の事を考えると、ここで終わりにしてもいいかもしれない。
「…………くっ、くく」
呻きながらコルリアナが口元を拭い、上体を起こして正面から向き直る。
「くははは!まんまと食らっちまったよ!やるじゃないか、カズナリ!」
愉快そうに笑いながら、コルリアナは吠える!
嘘だろ、効いて無いのかよ!
いや、そりゃ確かに練度不足とか、理由は色々あるかもしれないが、かなり強化された今の俺がカウンターで決めたのに、まだまだ余裕とか、どんだけタフなんだ?
ゴブリン程度の魔人なら、胴体が爆散しててもおかしくない手応えがあったというのに……ううむ、やはり英雄恐るべし!
「ふふん、結構効いたよ。あんな反撃があるならこっちも慎重にいかないとね……」
両手で大剣を持ち直し、無駄な力を抜きつつ構えてみせる。そこには先程のような荒々しさは無いものの、より洗練させた静かな迫力があった。
まるで巨大な肉食獣が、隙あらば襲いかからんとしているかのようだ。
思わず相手を冷静にさせてしまったが、こうなれば俺の仮設が正しいか試してみるのみ。
俺は力を抜き、構えすらといて、だらりと立ち尽くす。
「こおぉぉぉぉ…………」
深く呼吸をして、丹田に気を溜めると、まるで気楽に散歩でもするように、俺はコルリアナに向かって歩き出した。




