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「腕試しか……それはこちらも望む所だ」
英雄の力を知ることは、敵との戦いの前に調べておかなければならない最重要課題だ。
果たして俺達の力は通じるのか、否か。期待を掛けてくれた王子には悪いが、場合によっては英雄とやり合うより敵兵を削る方向に路線を変えねばならない。
こんな場所で死ねないしな。
「フフフ……いい度胸だ」
嬉しそうに呟きながら、コルリアナは椅子から立ち上がる。
でかい!素直にそう思った。
いや、圧力によって大きく感じるとかじゃなく、物理的にでかい!
立ち上がったコルリアナは、身長190㎝を軽く越えていた。
俺の身長が170㎝半ばなので、頭一つ以上も大きい。俺より背の低いラービなんかとは大人と子供ほどの差がある。
椅子に座っていた時はこんなにでかいとは思わなかったから、座高よりも脚が長いのだろう。
……ちょっと羨ましい。
しかし、こうして見ると、コルリアナの身体の厚みがよく解る。
ゆったりとした普段着の上からでも、女性を象徴する大きな胸の膨らみが主張してはいる。してはいるのだが、それを打ち消すような肩幅の広さ、袖口から伸びる太い腕が力強いインパクトを与えてきていた。
パッと見、短く切り揃えてあるような髪も、実は後ろに纏められて三つ編みにされているのだが、可愛らしさよりも蠍の尻尾から受けるような禍々しい雰囲気が漂っている。
こうなると、整った顔立ちも「綺麗」ではなく「精悍」といった印象になってしまう。なにより、頬の傷痕が精悍さを強調していた。
まったく……「なんたるゴリウー!(注1)」としか言いようがない、正真正銘のゴリウーっぷりだ。
「さて……じゃあ、ちょっと暴れてもいい場所に行こうか」
付いてきな、と俺達を促してコルリアナは部屋を出る。ズンズン進んでいくその背中を、俺達は追っていった。
「姐さん、どちらに行くんスか?」
「後ろのガキ共はなんスか?」
「なんだ、なんだ?なんかあるのか?」
どんどん進むコルリアナに、次々と兵士……兵士だよな?が、声をかけてくる。
つーか、なんなんだ、ここの兵士の柄の悪さは。世紀末にモヒカンにしててもおかしくない様な連中しかいないのか?
「コイツらは王都から派遣された、今度の戦いの秘密兵器だよ。今から腕試しさ」
コルリアナの言葉に兵士達はざわつくが、好奇心が勝ったのか、ゾロゾロと付いてくる。
「おうおう、可愛らしい嬢ちゃんがいるじゃねえか」
「へへへ、俺達の相手もしてもらいてぇもんだなぁ」
からかう様な下卑た笑みを浮かべた何人かが、ラービを舐めるように見つめる。
……なんか知らんが、ムカつくな。
謎の苛立ちを感じ、俺はそいつらとラービを遮るように体を差し込むと、威嚇するように睨み付ける。そんな俺に気圧されてか、少し狼狽えつつ連中は距離をとる。
「……大丈夫か?」
首を回してラービに訪ねると、
「う、うむ……スマンの」
顔を少し伏せてラービが背中に頭を付けてきた。そのまま、ちょこんと俺の服の裾をつまんで、隠れるように付いてくる。
なに、このしおらしい態度?
おいおい、いつものお前ならあんな連中、睨み殺しててもおかしくないだろうが!いや、むしろすでに殴ってるよね?
なんか、そんな風にされると逆に緊張しちゃうじゃないかよ!
「なんだい、見せつけてくれるね」
堅くなっている俺とラービをニヤニヤと見ながら、からかい口調でコルリアナが話しかけてくる。
それに便乗するように周辺からも俺達を冷やかす様な声がかけられてきた!
止めろや、小学生かお前らは!
羞恥プレイの一種かってくらいからかわれまくり、俺達は広い闘技場にたどり着いた。
とりあえず、いまだに囃し立てる連中を殴って黙らせてから中央まで進み、コルリアナと対峙する。
「さて、面倒な取り決めなんかしたらお互いに力を発揮できないよね」
「そうだな。とりあえず、どちらかが立てなくなったら終わりって事でどうだ?」
「いいね、そういうシンプルなのは大好きさ!」
方針が決まると兵士が数人、様々な武器を抱えてやって来た。
「一応、刃引きはしてあるから使うといい。こいつなら当たっても死にゃしないさ……当たり所が悪くなけりゃね」
忠告なのか脅しているのか判らないが、最初から武器なんて使うつもりはない。元々、素手で戦うスタイルだしな、俺。
「俺は武器はいらないよ。それより、あんたはちゃんと武器を使ってくれよな」
「あ?」
なにか気分を害したのか、コルリアナが凄い形相で俺を睨み付けてくる。
ビキィ!といった効果音や、"!?"といった記号が頭の上に浮かびそうな表情だ。野次馬達も、コルリアナの変化を敏感に察知し、さらに遠巻きになって成り行きを見守る。
いかんな、誤解されてはいけない。
「いや、ほら……あんたがいつも通りに近い戦い方が出来ないと、お互いに訓練にならないだろ?」
「へぇ……アタシは武器を持ってやっとアンタと互角と、そう言いたいんだ……」
ん?なんでそうなる?
「いや、今の言い方では、そうとられてもおかしくないぞ」
ラービにツッコまれて、思わず言葉に詰まる。誤解を解こうとコルリアナに向きなおすと、彼女はすでに武器を取り、「いつでも殺れるぞコルゥア!」といった雰囲気でこっちを見ていた。
「お言葉に甘えて、アタシは大剣を使わせてもらおうか。……当たり所が悪く無くても、当たれば死ぬかもしれんがね」
殺る気満々のコルリアナが、にこやかな笑顔で俺を手招きしていた。
(注1)ゴリラ的ウーマンの略