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「これが『岩砕城壁』か……」
目の前にそびえる高い壁、それが左右に長く伸びて俺達の先を塞いでいた。
その城壁には交通のための大扉があるものの、城壁の前に掘られた空堀があり、大扉へ続く跳ね橋は引き上げられている。
えぇ……これ、どうすりゃいいんだろう?
呼び鈴でもあるなら兎も角、中にいる誰かが俺達に気づくまでここで待ちぼうけするしかないのか?
「んー……すいませーん、誰かいませんかー!」
とりあえず呼び掛けてみる。すると、城壁の上からひょっこりと姿を表す人物がいた。おお、呼び掛けてみるもんだなぁ。
「なんだぁ……?何者だ、お前らぁ!」
おそらく、この砦の見張りか何かなのだろう。男は俺達に続けて声をかけてきた。
「この辺はもうすぐ戦になるぞ!さっさと引き返せ!」
うん、知ってる。だが、だから俺達はここに来たのだ。
「俺達は、この国の王子様から依頼を受けて、その戦の助っ人に来たんですがー!」
中に入れてもらうために来訪した理由を告げるが、見張りらしい男は某夢の国のマスコットネズミみたいな笑い声を漏らして肩をすくめた。
あれ?なんだろう、この反応は?
「そんな話しは聞いていない。訳のわからん事を言ってないで、さっさと帰れ」
俺達を追い払おうとするように、男はシッシッと片手を降って見せる。
んんん?どういう事だ?
連絡ミスか、はたまた何かの陰謀か……。
だが、ここで「はい、わかりました」帰るわけにはいかない!
「オイオイオイ、よく確認もしないでそういう事を言って良いのか?俺達が帰って困るのはあんたらだぞ!」
少し口調を強めて言うも、男の顔には胡散臭そうな物を見る表情が浮かぶだけだった。
「……じゃあ、あれだ。王子からの推薦状はもっているのか?」
「え?いや……」
見張りの言葉に、つい答えに詰まる。そんなの、俺は持っていないし……。
チラリとラービを見るが、首を横に振るばかり。念のためにデルガムイの顔も覗き込むが、小馬鹿にするように鼻を鳴らすだけだった。
いや、だって王子が連絡しておくからって言ってたし……。
行けばすぐ解るって言ってたし……。
「おい、オヌシ!ワレらが乗るこの馬が目に入らぬか!」
不意に、俺の後ろにいたラービが見張りの男に語りかける。
「この馬は王家専用の軍馬、『デルガムイ号』であるぞ!その馬に乗ってきている事こそが、ワレらが王家から以来を受けてきた証拠である!」
なるほど、その手があったか。
確かに俺達だけならただの怪しい連中止まりだが、王家絡みの馬に乗って登場となるとしっかり確認を取らざるをえまい。
「……わかった、少し待っていろ」
少し迷った挙げ句、見張りは頭を引っ込めてしまった。おそらく、砦内の偉い人にでも指示を仰ぎに行ったのだろう。
……程無くして、俺達は砦内に入る事ができた。
見張りからの連絡を受けて、砦の本部からやって来た案内役の兵士によれば、結局の所、戦闘準備でバタついていたため連絡が行き届いていなかったと言うことらしい。
仮にも俺達は、敵方の英雄を相手にする秘密兵器だと言うのに、随分と扱いが軽いものだ……。
まぁ、忙しい状況は理解できるから、へそを曲げたりはしないが。
何はともあれ、城壁の中に入る事ができた俺達は、案内役に先導されながらこの砦の内部をキョロキョロと見回してしまった。というのも、この城壁の内部がまるで壁に囲われた一つの町だったからである。
砦の本部建物をはじめ、兵糧庫や工房などの軍事施設がメインながら、商店があり、宿があり、様々な娯楽施設なんかも展開されていた。
案内役の人に尋ねてみると、この砦は有事の時以外は人々の出入国を管理する関所の役割を果たしているのだという。
その為、人の出入りが多く、その人達を相手に商売をする奴等が集まってきて、今の様相を形作ったらしい。
面白いのは、通常時にこれらの施設を利用するのは今揉めているディドゥス側の商人や、アンチェロンの中でもディドゥス相手に商売をしている連中が殆んどだということだ。
国同士が揉めていても、商売となれば関係無いらしく、客と利益があれば活発に動き回る商人の強かさが感じられる。
それにしても、当たり前ではあるが戦争状態でなければ貿易したり、何らかの交流はあるんだな……。
殴りあいをしながらも、一方で共栄を目指す、そんな国家間の複雑な現実を垣間見たような気がして、ただの一般市民である俺にはとても良い刺激になり、考えさせられた。
うーん、元の世界にいた時は考えもした事が無かったけれど、帰還できた暁にはそういった世界情勢みたいな物を学ぶのも面白いかもしれない。
ちなみに、今は戦争開始の一歩手前であり、この砦内部の町も戦火に見舞われる可能性がある事から、殆どの店が休業状態となっていて、一部の兵士相手の酒場や慰安施設くらいしか開いていないそうだ。さもありなん。
なかなか考えさせらる町を抜け、いよいよ俺達はこの砦を統括する英雄が陣取る、軍事本部の建物へと到着した。
デルガムイ号を別の兵に預け、案内役と共に『五剣』が一人の部屋を目指す。
「こちらにコルリアナ様がいらっしゃいます」
案内役が示した部屋の扉を前に、俺とラービは少し緊張しつつ気を引き締める。
コン、コンと案内役が扉をノックして先に入室し、俺達の到着を報告した。次いで俺達を室内へと促す。
部屋に踏みいった時、最初に感じたのは強力な圧力。
「よく来たな。王子から連絡は来ていたが、こちらの不備で、手間をかけてしまったようで悪かった」
手際の悪さを詫びながら、俺達を試すように気をぶつけてくる人物。部屋に入った俺達の真正面、大きな机を挟んで悠々と椅子に座る大柄な女戦士。
彼女こそがアンチェロンが誇る英雄、『岩砕剣』のコルリアナ・ウンテマン!
「さて……到着して早々でなんだが、一つ付き合ってもらえるか?」
まるで獲物を前にした猛獣のように俺達を見つめながら、コルリアナはにこやかな、それでいて獰猛さを秘めた笑みを浮かべた。