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あっという間に王都を走り抜けた俺達は、英雄をもってこの国に攻めこまんとしている隣国ディドゥスとの国境を目指して、大街道を突っきりひたすら北へと向かって走っていた。
俺達を乗せたデルガムイ号は、流石に高い知能を感じさせるだけあって、街中を駆け抜けてきたにも拘わらず怪我人を一人として出さず、無駄な器物破損も無かった。
でもね、こいつ相当なひねくれ馬だ。
なんと言っても、背に乗る俺の言うことを聞きゃしない。
手綱を引こうが、腹を蹴ろうが、「うるせぇ、黙って乗ってろ」と言わんばかりに無視しやがる。
もはや俺達は、こいつから振り落とされないように、手綱や鞍にしがみつくているのだけの置物であった。
そりゃ、俺は乗馬なんて初めてだからデルガムイ号が自分で走ってくれた方がありがたいにはありがたいが、自分が主導権握れない高速で移動する乗り物って怖すぎる。
例えるなら、ハイスピードで自走する大型バイクに、ただ跨がっているだけといった感じだろうか?
ちなみにラービは俺の体を風避けにして、その背にピッタリとくっついて離れようとしない。
怖いからとか、風圧でひどい顔になるのが見られたら恥ずかしいとかいった可愛らしい理由ではなく、スライム体の身体が吹き散らされるかもしれないからといった、割りと切実な理由からである。
まぁ、そんなジェットコースター系の恐怖を感じながらも、いまいちこの馬が嫌いになれないのは、「強さ的には負けてるから背に乗せるけど、あんたの命令なんて絶対に聞かないんだからネッ!」といった強い意思を感じるこいつのプライドの高さと、「王族以外にはかしずかないんだからっ!」といった忠誠心が見えるからだろう。
フッ……馬にしておくには惜しい野郎だぜ。
さて、兎にも角にも戦の場となるアンチェロン側の国境の砦、通称『岩砕城壁』にはこのペースで行ければ明日の夕方くらいには到着できると聞いている。
そこに赴くにあたって、そのくらいの日数で到着できる足を用意するのが王子との交渉の際に決められいて、このデルガムイ号が派遣されたのだから、その辺の間違いは無いだろう。
となれば、『岩砕城壁』に到着する前に少し情報の整理をしておいた方が良いかな……。
自走してくれるお陰で暇だし。
アンチェロン側の防衛拠点と、ディドゥス側の防衛拠点の間には二、三キロにもなる平地があり、そこの中間が国境ラインとして設定されている。
ディドゥス側は騎兵が多い事から、平地での戦いは彼の国が有利な為、アンチェロン側はもっぱら砦に籠っての防衛戦がメインなんだそうだ。
先ずは味方側の戦力。
『岩砕城壁』に常駐する兵の数は約千五百。
正直な所、俺は軍事には詳しくないので、この数が「常駐する兵の数」として多いか少ないかは判らない。
ただ、アンチェロンとディドゥスは小競り合いが多い間柄との事なので、経験則からの編成が成されているだろうから、このくらいの数が適正なのだろう。
そしてある意味、兵数よりも重要なのが、『岩砕城壁』を守護るアンチェロンの英雄。
超人的な強さと、神器と呼ばれる神秘の武器を振るう『五剣』が一人。
「岩砕剣」のコルリアナ・ウンテマン。
それが砦の名の由来にもなった、女傑の名前である。
余談だが、各国の英雄には女性が必ずいるらしい。まぁ、神器への適性と強さがあれば性別は不問らしいので当然と言えば当然だが、どの世界でも強い女はいるもんだな。
特にフェミニストを気取る訳ではないが、やはり女性相手では戦いづらいので、女性の英雄とはできれば当たりたくないものだ……。
さて、今度は敵の情報だ。
ディドゥスから進行してきている敵の兵力は約三千。数日前にディドゥスの王都から出発したらしいが、国境の向こう側にある彼方の砦に到着するには十日前後かかるらしいので、日数的には少し余裕がある。
やはり、身一つで移動する俺達とは違って、大人数で移動するにはそれなりに時間がかかるんだなぁ。
兵士の数ではこちらの倍だが、城や砦を落とすには、攻め手は護り手の三倍は必要だと何かの本で読んだ覚えがあるので、それが合っているなら防衛はなんとかなるだろう。
問題は、敵方の英雄。
『七槍』と呼ばれる槍の神器の使い手が二人。
こいつらを倒すか、撃退するのが俺達の仕事だ。
自分で言うのもなんだが、俺もラービもこの世界での常識を越えるくらいには強くなってると思う。が、英雄もまた常識外れの強さを誇っている。
直接的な手合わせはしたことは無いが、英雄は一人で万の兵に匹敵するなんて声もあるらしいので、それが二人となると関羽と張飛を同時に相手にするようなものか……って、そんなの想像もつかんわな。
できれば、五剣の人と手合わせをして、英雄の強さを推し測るのが、精一杯かな……。
後は、敵が来るまで七槍の情報集めくらいしか出来ることは無いだろう。
他には……鍛えるのみか!
それからデルガムイの背の上や、夜の野宿の寝袋の中で、短い間ではあるがラービと脳内組み手をこなしつつ、俺達は予定通りに国境間際の最前線『岩砕城壁』へと到着するのであった。