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なにはともあれ、これでようやく出発できる。
これから俺達を運んでくれる、デルガムイによろしくなと声をかけて撫でようとしたらそっぽを向かれてしまった。
撫でようとした手が空を切って戸惑う俺に、デルガムイは嘲るような視線を向けて鼻を鳴らす。
この馬……。
「ふふふ、デルガムイちゃんは基本的に王族しかその背に乗せたがりません。さらに気に入らない搭乗者ならば、馬上で失神するくらいの速さで走る気難しい子ですからね~」
なんでそんなのを連れてきた!
つうか、搭乗者が加速のGで失神とか、どこのモビルスーツだよ!
あと、脅かしてるつもりだろうけど、ニコニコしながら可愛らしい仕草で脅かしても意味ないぞ!
……内心でツッコミを入れていると、ラービが一歩前に出る。
「王族が好み……か。ならばワレにひれ伏すがよいぞ、馬」
そうか!ラービは元々、次期女帝母蜂の候補。いわば神獣という、自然の王族!
しかし、デルガムイは無反応。それどころか「うわぁ、平民が王族名乗るとか、保護者どこだよ」みたいな、可哀想な人を見るような目でラービを見つめていた。
「駄馬がっ!」
プライドを逆撫でされたラービが飛びかかろうとするのを、寸前で取り押さえる。移動手段に怪我をさせたら不味いだろ!
「ふふふ~、どうしました~カズナリ様。このままでは、いつまでも出発出来ませんよ~」
うん、だからなんでこんなのを連れてきた?
だが、確かにこのままでは埒が開かない。仕方がない、馬に怪我をさせないように、実力行使といくか。
相変わらず俺達を見下すデルガムイの前に立ち、「よく見ておけよ」と一声かけてから深呼吸。
そして、全身の力を一気に叩きつけるような『震脚』!
放たれたその技の初動にあたる行為は、ドゴォン!という爆発音にも似た轟音と共に地面を穿ち、発生した衝撃波によって、デルガムイ及び近隣の建物の窓をビリビリと震わせる。
その音と衝撃に、イスコットさん達も何事かと、館から出てきた。
ギャラリーも増えた所で、さらにもう一度。今度は『震脚』から、空打ちの『鉄山靠』!
空打ちにも関わらず、先程の『震脚』よりもさらに大きな衝撃が中空で爆発し、放たれた技のちょうど直線上にあった街路樹の葉がほとんど吹き飛んでしまった。
呆然とそれを眺める巨馬に向かって、俺は声をかける。
「今ので全力の半分くらいの威力かな。次はお前が食らってみるか?」
俺の言葉を受けて、瞳に恐怖を宿しながら、デルガムイは静かに膝を折る。
うむ。さすがに高い知能を有するだけあって、実力差を理解してくれて良かった。
そんなこんなで、ようやく俺達を受け入れたデルガムイの背に跨がり、手綱を持つ。だが、はっきり言って乗馬なんてしたことがない俺には、どう手綱を操れば馬の動きをコントロール出来るのか、ぼんやりとしたイメージしかない。
まぁ、言葉を理解できる様だし、声で指示を出せばいいか。
ところで、アレだよ。立ち上がったデルガムイの背に跨がっていると、視界がかなり高くて、この馬の立派さを再認識させられる。
そして、そんな威風堂々とした巨馬の背に乗る俺のイメージは、まさに世紀末覇者!もしくは、稀代のかぶき者!
おお……俺の中の漢が燃える!誰か、写メ撮ってくれ!
「興奮しすぎじゃ。ちと落ち着かんか」
後ろに座るラービにたしなめられて、ようやく俺は我に帰る。
「いや、悪い。こう、大きな物に乗るとついな……」
やれやれと、ラービは肩をすくめるが、こればかりは男の子からお年寄りにいたるまで、あらゆる男の本能みたいな物だから仕方がない。
だが、これであらゆる準備は整った。とりあえず海へ!……じゃない、いざ戦場へ!
「いくぞ!デルガムイ!」
それらしく手綱を操ってみると、デルガムイは大きく嘶いて走り出した。
おお、さすがに速いな……って、速すぎる!いきなりトップスピードかよ!
「加減しろやあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
吐き出す声も置き去りにして、デルガムイはあらゆる障害物を巧みに避けながらも、全く速度を緩めずに街中を駆け抜けていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一成達が走り去った後、残された面々の中で、キャロリア王女は頬に手をあて、端整な顔立ちを少し膨れさせて彼等か走り去った方を見つめていた。
「あのデルガムイちゃんが王族以外をその背に乗せるなんて……さすがは英雄クラスと言った所でしょうか~……」
呟く声にも、僅かな嫉妬心のような物が含まれている。まるで、親友が自分以外の友達と出掛けていたのを見てしまった時のような……そんなスッキリしない気分を抱いてはいた。だが、王女としては、彼等の無事と戦の勝利を願わねばならない。
「見せていただきますわ……異世界の英雄達の実力というものを……」
いつものニコニコした表情の中に、少しだけ鋭い物を含ませながら、キャロリアは祈りを捧げた。
外が騒がしかったので、何事かと表に出てきたイスコット達ではあったが、なんとなく室内に戻るタイミングを失って、ぼんやりと祈りを捧げるキャロリアを眺めていた。
格好はラフすぎるとは言え、まさか王女一人を置いておくわけにもいくまい。
……しばらくして、祈りを終えた王女が、改めてイスコット達のほうへ顔を向けた。
ニコッと花が開くような笑顔を向けられて、思わず笑顔で返してしまう。
が、次にキャロリアが発した言葉は以外なものだった。
「帰りの手段がなくなってしまいました~……。どなたか、私をお城まで連れていってくださいませんか~……」