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翌日の朝、俺はイスコットさんからもらった装備を身に付けて、ラービと待ち合わせた。
部屋を出てロビーで待っていると、普段と変わらぬ制服姿のラービが降りてくる。
おい……お前、鎧は?
「ん、なんじゃ、その目は。準備ならちゃんと出来ておるぞ!」
「どこがだよ!いつもと変わってねーじゃねえか!」
ツッコむ俺に対して、ラービは指を立ててチッチッチッと舌を鳴らす。……なんか腹たつな。
「刮目せい、一成!」
そう言うと同時に、ラービは腹の前に両手を当てる。すると腹の部分が僅かに波打ち、体内から派手なベルトのバックルが現れた!
「変っ…………身!!」
ポーズを取り、気合いを入れて叫んだ次の瞬間!
ラービの体が発光し、光が収まった時には、鎧で武装したラービの姿がそこにはあった!
……………か、かっこえええええぇっ!!!
ナニアレ、某特撮ヒーローの変身プロセスじゃねーか!
キラキラと目を輝かせて見つめる俺の視線を受けて、ラービは誇るようにくるりと一回転して見せる。
俺がイスコットさんから貰った鎧よりは装甲部分が少なく感じるが、丸みを帯びたその表装は敵の攻撃を受け流すのに適していそうだ。
それに、女帝母蜂の上質な絹を連想させる外皮をふんだんに使ったそのデザインは、より女の子っぽさを強調しており、戦いに赴く姿でありながら、優雅さのような物をただよわせている。
「まぁ、種明かしをすれば、『この体』の中に収納した鎧を、掛け声と共に表面に浮かび上がらせただけじゃがな」
真新しい装備を見せびらかせて俺の反応を伺うようにチラチラと目配せしてくる。
まぁ、俺としてはおそらくそういった所だろうと予想した通りの答えが返ってきただけだが、そんな事はどうでもいい!
ただ一つ言える事は、俺がラービと同じ真似ができたなら、もっと格好いい変身ポーズを取るだろうと言うことだ!
既存のポーズが悪いとは言わない。ただ、あれは番組のヒーローに成りきる為の儀式だ。
しかし、厨二……夢を忘れない心を持った者は、いつか自分がヒーローになった時の為に、オリジナルな変身ポーズを考える物なのだ!
俺みたいにな!
「……女の子が新しい服を披露しとるんだから、ポーズに対抗意識燃やすより、褒めろや……。ああ、しかし、厨二に変身して見せたワレもうかつじゃったか……」
小声で何かブツブツと呟くラービ。ま、まさか、変身時のキメ台詞を考えているのか?
「違うわ、阿呆!厨二!童貞!」
俺の思考を読んだかのように、彼女は俺を罵るのだった。
それからしばらくして……。
「あれ?あんたら、まだ出てなかったの?」
起き出してきたマーシリーケさんが俺達に声をかけてきた。確かにボヤボヤしている場合ではないのだろうが、城から来るはずの使者が来ないのだから仕方がない。
「ああ、でも丁度よかった。新作の黄金蜜を使った薬が出来たから持っていきなさい」
そう言うと、数本の小瓶に入った薬を渡してくれた。
ありがたく薬を受け取り、ポーチにしまっていると、不意にマーシリーケさんは俺とラービの頭を撫でる。
「いーい、ちゃんと無事に帰ってきなよ。帰ってきたら、また鍛えてあげるからね」
……ありがたいような辛いような。まだこちらの世界に来たばかりの頃に受けた、地獄の猛特訓を思いだし脂汗が流れ、表情が強張る。隣を見れば、俺と記憶を共有しているラービも似たような表情をしていた。
「私、良いこと言ったハズなんだけどなぁ……」
ぼやくマーシリーケさんに、俺達は微妙な笑みをもって返す事しか出来なかった。
マーシリーケさんが再び自室に戻った後、じっと室内で待っているのもなんなので、とりあえず俺は正面玄関から外に出てみる。
まったく、いつになったら迎えに来るんだ……国のピンチじゃなかったのかよ。
なんとものんきな対応に呆れていると……ふと、馬の嘶きが聞こえた気がした。
なんだろうと、そちらには目を向けると貴族階級が暮らすこの区画には似つかわしくない、巨大な馬の魔獣が馬蹄を響かせ、こちらに向かって来るのが見えた!
オイオイ、マジか!なんで街中にあんなのがいるんだよ!
確かに馬車を引いたりする馬の中には、俺達が世話になった魔獣もいたが、今こちらに向かってきているのは、あの馬の魔獣よりも二回り以上は大きい。
「ラービ、手伝ってくれ!」
俺の呼び掛けに、ラービが館から飛び出してくる。そして迫り来る巨馬の魔獣に気づいて、戦闘体勢をとった!
「なんであんな魔獣が街中に!」
うん、それは俺がもう言った!
「被害が出たらまずい、一撃で決めるぞ!」
「うむ!」
狙いを定め、間合いを図り、タイミングを合わせる!
そして渾身の一撃を放たんとしたまさにその時!
馬の魔獣は前肢を振り上げ、一声嘶いてその走りを止めた。突然の標的の停止に意表を突かれて、俺達はたたらを踏んで体勢を崩す。
野郎!馬のくせにフェイントなんて、やってくれるじゃねえか!
だが、動きを止めた事で、その魔獣の背に人が乗っている事に気がついた。
「あら~、カズナリ様にラービ様~!お出迎えありがとうございます~」
緊迫していた場の空気をぶち壊す、のんびりした物言いで馬上の人物が俺達に手を振る。
「……たしか、あんたは王女様……」
「はい~。この国の第一王女のキャロリア・イムフルツ・ライゼルトです~」
ニコニコしながら、キャロリア王女は魔獣の手綱を引いて、その背中をポンポンとたたく。
「デルガムイちゃん、降ろしてくださいな」
王女か語りかけると、デルガムイと呼ばれた魔獣は膝を折り、姿勢を低くして王女が地上に降りやすいように体勢を低くする。ぴょこんと飛び降りた王女は、優しく魔獣の鼻先を撫でてやった。
嬉しそうに鼻を鳴らすデルガムイに満足した王女は、俺達の方に向き直って一礼する。
「お待たせして申し訳ありません~。思った以上に、準備に手間取ってしまいまして~」
まったく悪びれたようすもなく、王女は弁解をする。しかし、なんて格好をしてるんだ、この王女様は。
今の彼女は、王城で会った時の権威に満ちたドレス姿からは想像もつかないくらいラフな格好だ。
動きやすさ重視で飾り気などまったく無く、色合いも地味でとても王族が着るような衣服には見えない。元の世界で例えるなら、ジャージ姿が一番近いといった有り様だ。
だが、そんな自身の格好など気に止める素振りすらみせず、キャロリア王女は話を続ける。
「この子は、デルガムイといいまして~、我が国で一番の駿足とタフさを誇るナイスガイです~」
王女に褒められて、デルガムイは自慢気に鼻を鳴らした。馬のくせに王女の言葉を理解しているらしい、高い知能を感じさせる。
「この子の足なら、国境付近まで一日か二日でたどり着けます~。ですから、どうぞこの子を使ってあげてくださいな~」
ああ、やっぱりな……。
わざわざ王女が届けにきたんだし、そんなこったろうと思った。
だが、気になることが一つ。
なんで、そのデルガムイ本馬も初耳みたいな顔して王女を眺めているんだろう。
面倒な事態にならなければいいが……。




