05
「僕らがこの世界に召喚されたのは、召喚した人物がいるからだ。なら、シンプルにその人物を押さえればいい」
確かにシンプルな作戦だ。むしろ根本的過ぎて見逃すレベルかもしれない。
「僕がこの世界に召喚されたのは約二年前。それから今まで周辺地域の情報収集や調査をしてきた。これを見てくれ」
そう言ってイスコットさんが拡げたのは一枚の地図。おそらく自分で作成したのだろう、手書きのその地図にはこの拠点を中心に、近隣の村の位置や主要な街道へ繋がる小道などが記されていた。
「僕らの目標はこの村だ」
イスコットさんが指差したのは拠点から一番離れた村。いくつかの森を抜け、隣国との国境となる山岳地帯から一歩離れた場所に位置する村だった。
「この村は近隣から『妙薬の村』と呼ばれていてね。この村の秘伝の薬は、王都からも買い付けに来るほど優れた物らしい。で、その薬の原材料がとある虫の分泌液なんだそうだ」
イスコットさんはトントンと自分の頭を指で叩いてみせた。
あー、なるほど。多分、その虫ってのが俺達の頭の中にいるそれなのか……。つまり、その薬の原材料となる虫の原材料として、わざわざ異世界から人間を召喚してたと……面倒くさい上にふざけた真似を……。
つーか、何だって縁もゆかりもない人間を誘拐じみたマネまでして生け贄とかにしてるのかね!自分等の世界の問題なら、自分等の世界でなんとかしろよ!
しかも、「世界を救って」とかじゃなく、「生け贄よろしく」って殺る気まんまんじゃねーか!
「やってやりましょう、イスコットさん!その召喚師、一発殴らないと気がすみませんよ!」
全くもって腹立たしい。いや、決してラノベ主人公みたいな境遇なのに冒険の日々とは無縁だったからじゃなくて!
「まぁ、カズナリの怒りも最もだ。だけど、『生け贄の召喚』なんてマネをするんだから何か事情があるかもしれないし、あまり乱暴な手段はとりたくない」
いい人だな、イスコットさん……。
「事情なんか関係ないわよ。こんなふざけた連中は村ぐるみで全員、半殺しにすればいいのに」
デンジャラスだな、マーシリーケさん……。
「とにかく、この作戦を成功させるには、最低限、三人は必要だったからね。カズナリのお陰で、やっと実行に移せるよ」
えっ、俺がそんなに重要なポジションなの?
「場合によっては召喚師を拐わなきゃいけないからね。運搬係がいないとスムーズにいかないから」
ですよねー。そんな重要ポジなわけないですよねー。
でも、俺にそんな人を運ぶような力仕事が勤まるだろうか……。この蟲脳は俺の力を引き出すらしいけど、いまのところ、そんな実感は感じられない……。
すると、不安そうな俺に、イスコットさんが励ますように俺の肩に手を置いた。
「安心してくれ、カズナリ。君が力をコントロール出来るように、マーシリーケが特訓してくれる」
マーシリーケさんが……?そちらへ顔を向けると、マーシリーケさんは、はにかむ様な笑みを浮かべて俺を見つめる。
「私の特訓は厳しいよ?付いてこれる?」
付いていきます!ええ、喜んで!
これはアレか、美人教官とのいけないマンツーマンレッスンのスタートか?俺の年齢では購入もレンタルもできない、イヤンな内容のDVDみたいな世界の始まりなのか!
「作戦決行は二週間後の、月の無い夜。それまで頑張って……死なないように……」
美人教官とのあれやこれやを妄想して浸っていた俺は、小さく消えていく、イスコットさんの呟きに気づかなかった……。
……それから一週間が経った。
……結果から言おう。俺は力のコントロールをほぼ、完璧にマスターした。しかし、それとは引き換えに、心に大きな傷跡も残った。
マーシリーケさんの特訓、ヤバすぎる!何度、死にかけたかわからない。いや、実際、二度ほど心停止までいった。
対人訓練はまだしも、野性動物を素手で狩れとか、全ての障害物を乗り越えて道なき道を走破せよ(遭難しても知らん)とか、
だけどあの人は笑顔で「大丈夫、大丈夫」と繰り返し、更なる試練を盛ってくるのだ。
格闘訓練の最中、至近距離で暴れる胸を観賞できた組手や、体が密着する関節技の訓練か無かったら、たぶん俺はリタイアしていただろう。
げに恐ろしきは思春期の性欲なり。
それにしても、この蟲脳になってから変な分泌物でも出ているのか、基礎体力がどんどん上昇していく。
今ではすっかり狩った獲物も解体できるくらい、身も心も強くなったし、見た目は変わらないけど、中身は別物って感じだ。
人間離れしていく自分が、怖いやら頼もしいやら……。ちなみに影でこっそり「くっ、俺はもう人間じゃないのか……」って苦悩するヒーローごっこをしていたのは秘密である。
そういえば、鬼教官のマーシリーケさんに誉められることもあった。
それは組手の時、元の世界で読んでいたとある漫画に出ていた拳法の技を使ってみた時の事。まぁ、いわゆるフェイント技だが、ちゃんとモノにすれば実践でも運用できそうだねと言って貰えた。
それから俺は、体力作りの基礎トレーニングと共に、脳内の漫画知識をフル活用して、うろ覚えな技を必殺技にまで昇華させるべく自主トレーニングなんかもしながら技を磨たりする。
準備は着々とすんでいく。作戦開始まで、あと一週間……。