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インセクト・ブレイン  作者: 善信
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とりあえず、差し出された右手を握り返す。握手を求めて来たんだから、この王子様は友好的……でいいんだよな?

「いやぁ、父上が荒っぽい真似をして申しわけありません。私からお詫びしますので、できれば水に流していただけるとありがたい」

困ったように苦笑しながら、ナルビーク王子はまた頭を下げる。

なんだか随分と腰が低くて、高圧的だったバイル王とのギャップに戸惑ってしまう。

「さて、先ずは怪我人達を治療させてやりたいので、運び出させていただきます」

王子の言葉に、担架みたいな運搬器具をもった数人の男達が入室してくる。


しかし、そんな彼等を制する人物がいた。言わずと知れた、治療のエキスパートであるマーシリーケさんである。

「あー、このくらいの怪我ならすぐ直せるわ。ちょっと待ってて」

言うが早いか、彼女は回復魔法を発動させる。すると、倒れた兵士の体が光に包まれ、次々と意識を取り戻す。

何が起きたのか、キョトンとする彼等を見ながら、王子が感嘆の声をあげる。

「おお……なんと見事な。これほどの回復魔法の使い手でありながら、戦闘にも秀でているとダリツから聞いております。美しい女性である事を差し引いても敵に回したくはありませんね」

本気なのか冗談なのか、マーシリーケさんの手を握り、キラキラした視線を向けるナルビーク王子。

まぁ、当のマーシリーケさんは「はい、はい」といった感じで聞き流してはいたが。


ナルビーク王子はそのまま流れるように移行して、イスコットさんやラービ、ハルメルトにまで握手を交わす。

それぞれに挨拶をすませ、王子は仕切り直しとばかりに先程のバイル王が下した決定を無効とする事を宣言した。

「それでは、改めてあなた方と我々、双方に実りのある話し合いをしようではありませんか。まぁ、ここではお互いに話しにくいでしょうから、別室を用意しますので……」

「お待ちください、王子!」

俺達を別室に導こうとするナルビーク王子の声を遮って、兵士長が割って入ってきた。

「こやつらのような危険人物と同室するのは、近衛兵を預かる隊長として認める事は出来ません!」

まぁ、当然と言えば当然な主張を兵士長はしてくる。確かに、国の重要人物が素性もわからぬ連中と狭い室内で向かい合うなど、普通に考えればあり得ないだろう。

でも、危険人物扱いはおかしくないか?売られたケンカを買っただけなのに……。


「彼等は危険などではないよ。数日ではあるが、共に旅をした私が保証しよう」

俺達の意を汲んでくれたかのようにダリツからフォローが入る。しかし、兵士長も簡単に引きはしない。

「ダリツ殿の目を疑うわけではないがな、実際に私の部下が倒されているのだ!そんな連中を危険と言わずして、何を危険というのか!」

ダリツと睨み合う兵士長。

いや、だからお前らが売ってきたケンカじゃねーかよ!

「王子と彼等の対談の場には、彼等を知る私も同席させてもらう」

「ほう、ダリツ殿はいざとなったら、彼等を止める術があると?」

「いや、そんな術は無い!」

きっぱりとダリツは言い放つ!逆の意味で力強いその物言いに、興奮気味だった兵士長が呆れたような顔つきになった。そんな兵士長に向かって、ダリツは言葉を続ける。

「彼等がもしもその気になれば、この場の誰であれ止める事は出来ないだろう。それは、倒された君の部下達が証明してくれている」

「ぬぐっ……」

痛い所を突かれた兵士長が言葉に詰まってしまう。確かに俺一人に部下を全員のされてしまう様では、王子を護ろうにも護りきれまい。

いや、別に王子に何かしようって訳じゃないけど。


「まぁまぁ、心配するのは仕方がないけれども、お客人の前ですることではなくってよ?」

不意に睨み合う男達の緊張感をぶち壊すようなおっとりした女性の声が、場の雰囲気を一変させた。

二人を嗜めたのは、きらびやかでありながら上品にまとまったドレスに身を包んだ女性。年の頃は俺とそうは変わらないように見える。バイル王の面影がありながら、柔らかい雰囲気を漂わせる不思議な女性だった。


彼女は確か、ナルビーク王子と一緒に入室してきた……そうだ!聞き間違いでなければ、彼女は王女と呼ばれていたハズだ!

「始めまして、異世界の皆様~。私はこの国の第一王女、キャロリア・イムフルツ・ライゼルトと申します」

優雅な一礼と共に、ふわりと広がる香水の香りが荒んだ心を癒すようだ。

「皆が不安がっていますので、異世界の皆様にお約束いただきたいのです。乱暴な事は、いたしませんわよね?」

可愛らしく小首を傾げてキャロリアは尋ねてくる。そりゃ、俺達も無駄に暴れるようなアウトローじゃないからな。

「いいでしょう。僕らは僕らの身を護るとき以外には戦闘行為を行わないと誓いましょう」

イスコットさんの答えに、キャロリアはうんうんと頷いた。

「では、これで兵士長も安心ですね。それでは、お茶とお菓子が用意してある別室の方へ、どうぞ皆様」


客をもてなすホスト役を妹に奪われて、苦笑いするナルビーク王子。そして、彼女が醸し出すほんわかした雰囲気につい、顔を綻ばせる俺達。

うん、それじゃあ気を取り直して、交渉再開といきますか!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


時間にして、バイル王が退室してから五時間程が経っていた。

ここは、そのバイル王の私室を兼ねた寝室である。豪華ではなく、落ち着いた雰囲気の調度品に囲まれ、部屋の主であるバイルは、本を読みながらチビリチビリと少しずつ酒を嗜んでいた。

一部の貴族の間でしか入手することが出来ないこの酒は、度数が高いわりに口当たりが良く、芳醇な香りを楽しむといった意味合いが強い。故に、少しずつ口に含みながら飲むのがこの酒の楽しみかただ。

好きな本を読み、好きな酒を楽しんで、睡魔に襲われればベッドに身を投げ捨てて眠る。この一連の時間は、バイルに取って至福であり癒しでもあった。

そんな幸せな時間の終わりを告げるように、部屋のドアをノックする音が響いた。

誰が尋ねて来たのか、すでに予想はついていたので、バイルはあっさりと入室を許可する。


「失礼します」

入室してきたのは、やはりバイルが予想していた通りの人物だった。

息子であり、やがてこの国の次世代の王となるナルビーク。件の異世界人達といかな交渉をしたのか、報告に来たのだろう。

ツカツカとバイルの近くまで歩み寄ると、ドッカリとバイルの対面に位置するソファに腰を下ろした。

そして、バイルに向かって頭を下げる。

「先ずは父上、道化のような役割を受けていただきありがとうございます」

そんなナルビークを見て、バイルは構わんと静かに告げた。

本来であれば、バイルは思慮深く、冷静に事を進めるタイプだ。そんな彼が、一成達に対して感情的に見える言動を取ったのには、幾つかの訳がある。


一つは始めにバイルが否定的な態度を取ることで、次に交渉するナルビーク友好的に迫れば有利な条件に誘導しやすくなる事。

一つは自分が老いて視野が狭くなったと回りの者に思わせる事で、自身が隠居する流れに持っていく事。

一つはナルビークが懐の深く、次代の王に相応しい先見性があると回りの者に思わせる事。


それにより、ナルビークの判断が国に利益をもたらせば、後日、王位の譲渡をスムーズに行える。歳若い新王への批判やあら探しを避けて、早期に安定政権を築く。それが彼等の狙いであった。

敵に囲まれているこの国では、貴族や他の血族に足を引っ張られている余裕はない。王位継承も素早く、無駄なく行わなければ他国に攻めいる隙を見せる事になるのだ。今回の異世界人達との一件は、丁度良いタイミングと言えた。


「それで、どのような交渉をしたのだ?」

バイルの問い掛けに、ナルビークはニヤリと笑う。

「鍛冶師でもあるイスコット殿には、優れた武具の供給を。回復魔法の名手であるマーシリーケ殿には、回復魔法の教練と回復薬の製造指導を」

ふむふむとバイルは頷く。どちらもこの国に利益をもたらす事は間違いない。

「そして歳若いカズナリ殿とラービ殿には、七槍と戦う五剣の手助けに向かってもらう事になりました。そして、今後もこの国の防衛に限り、協力を得られる手筈になっています」

生産スキルのない彼等には戦場に出てもらうのが一番だ。こちらが受ける恩恵的には全く問題がなかった。では、支払う対価は?

「こちらの提示した条件は、彼等がそれぞれの世界に帰還する事に協力する事と、それまでの生活基板を用意する事。後は適度な報償金。以上で納得してくれましたよ」

ナルビークの報告にバイルの口から笑いが漏れる。こちらの支払う代価に対して、得られる利益は比較にならないほど大きい。


彼等が帰還するために全力で協力しよう。しかし、その前に精々利用させてもらおう。他国の英雄を削り、今後の勢力拡大の前段階を進めておくのだ。

「防衛戦のみ協力を得られるならば、他国が我が国に攻め込むように裏で誘導する必要があるな」

バイルの言葉に、ナルビークは既に水面下で進めている計画がある事を告げた。不自然さを隠し、異世界人を極力、戦闘に参加させねばならない。

「元の世界への帰還の協力」という餌をぶら下げておけば、彼等の戦力がこちらに向く事はないだろう。

それに言ってしまえば、仮に彼等が死んでもアンチェロンに損害は無いのだ。英雄クラスの捨て駒を得られるなど幸運以外の何物でもない。


「七槍との戦いで、少年か少女……どちらかが死んでくれるとありがたいな」

酷薄な笑みを浮かべて、バイルが呟く。

「ええ。そうなれば怒りに燃えるであろう、彼等をさらに利用しやすくなりますからね」

人懐こい表情のまま、ナルビークも同意する。


全てはこの国の繁栄の為に。

王族と言う名の人でなし達は、さらなる異世界人の利用法について語り明かすのであった……。

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