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「シッ!」
短く吐き出される俺の呼気と、兵士の一人が兜を砕かれてふっ飛んだのはほぼ同時だった!
何が起きたのか理解できなかったであろう兵達の動きが止まる。
最初の立ち位置から「動いていない」ように見える俺と、槍を構える兵士達との間合いは約三メートル程。前方にぶら下げた左腕を振り子のように左右させて威嚇する俺に、兵士達が気味の悪そうな目を向ける。
本来ならば、槍の攻撃範囲外から素手の俺が相手にダメージを与えるのは難しい。しかし、俺達の世界で研鑽されてきた技術は、そんな不利をも覆す!
「シッ!」
また呼気と同時に俺の攻撃は放たれた!
兵士達には見えていないようだが、前方に大きく一歩踏み出すと同時に、振られていた左腕が鞭のようにしなり、毒蛇の一咬みのごとく狙った兵士の顔面に突き刺さる!
兜が砕ける破壊音が響く前に、殴った反動を利用して俺はまた元の立ち位置に戻った。
俺の動きに反応できない兵士達から見れば、やはり俺は「動いていない」のに、また一人倒されたとさぞや不気味に思っただろう。
ふっふっふっ……これぞ、なんちゃってフリッカージャブ!
相変わらず漫画知識のために、正確な技術とは異なっていることは自覚している。
しかし蟲脳によって引き上げられた身体能力と、ラービとの脳内組み手で研かれた「なんちゃって技術」の数々は、いまや本物を凌駕すると言っても過言ではない!
なんせ、いわゆる「マンガ的表現」ってやつを現実に再現できるレベルなのだ。
さらに修行を積み、技や動作への理解を深めていけば、いずれマンガ的な必殺技を再現することも夢じゃない。
ちなみに第一目標は、某明治剣客マンガの「刹那に衝撃を重ねる事で万物を破壊する打撃法」であり、こっそり練習しているのはここだけの秘密だ。
訳が解らずに動揺する兵士達を前に、俺は挑発するように口元に笑みを浮かべる。
舐められているとは理解していながらも、俺の攻撃がなんなのか解らない兵士達は下手に動くことが出来ない。
……うーん、仕方がない。俺から行こうかと思った瞬間、
「何を躊躇している!複数人で同時にかかれ!」
いつの間にか兵士達の最後方に陣取っていた兵士長が命令を下す。
「奴の攻撃手段がなんなのかは解らんが、いずれも単発だけだ!数人が同時にかかれば、一人がやられても残りの者で討ち取れる!」
へぇ、以外に良く見ている。伊達に兵士長なんて地位についてる訳じゃないんだな。
そして、もう一つ感心したのは、兵士長の指示に従って一歩、前に出てきた六人の兵士。
兵士長の言い分は当たってはいるが、逆に言えば一人は確実にやられるって事だ。にも関わらず、命令を遂行しようとする覚悟の強さと兵士の練度。そして後方にいる連中も、尻込みしたわけではなく、波状攻撃を仕掛ける為に体勢を整えているようだ。流石は王を護る精鋭と言った所か。
仮に自分がやられても、他の仲間が敵を討ち取ってくれると信じているからこその同時攻撃!
だが、彼らは読み違いをしている事に気付いていない。
俺は単発でしか攻撃を繰り出せないのではない。実戦で使うにあたって調整の為に単発で繰り出していただけだ!
一斉に飛びかかってきた兵士達の兜が、派手な音と共にほぼ同時に破壊される!電光石火としか言い様が無い速度を持って放たれたフリッカージャブの連撃が、狙いたがわず兵士達を迎撃した!
予想を覆す攻撃に、第二陣として構えていた兵士達も、指示を出すべき兵士長もぽかんとした表情を浮かべて、呆けたように棒立ちになる。
その、ほんの少しの間に俺はスルリと潜り込み、一気に拳を振るう!
見る間に吹き飛ばされていく兵士達。フハハハ、見ろ!人がゴミのようだ!
イスコットさんや、マーシリーケさんの方が強いし、上には上がいる事は解ってるけど、たまには無双してもいいよね?
ある意味、憂さ晴らしのように暴れた俺の足元には、精鋭だった兵士達の無惨な屍(死んではいない)が横たわっていた。
時間にすればほんの一瞬。しかし、そのわずかな間に自身を護る壁となるべき兵を砕かれた王の心境とはいかなるものだろう。
構えを解いて、俺は一段高い位置から玉座に座り、俺を見下ろしているであろうバイル王の方を睨み付けるように見上げた。
いまだ瞳に力を宿したバイル王は、そんな俺の視線を真っ正面から受け止める!が、その全身は小刻みに震えていた。
うん、威厳を保つべく堂々とした態度を取り続けようとする辺りは、流石は王様といった所だ。
「……さて、もう王様を護る盾はないようだが、少しは真摯な態度を取ってもらえるようになるのかな?」
若干、意地が悪いとは自覚しつつ、態度が変わったかどうか反応をみてみる。
「……なるほど、貴様らの強さは理解した。だがな、一度下した決定を変えるつもりはない!」
ダンッ!と玉座に拳を叩きつけ、立ち上がると同時に俺達を指差してバイル王は再び宣言する!
「異世界の者たちは国外追放!召喚士の娘は死罪!それが私の返答だ!」
力強さと譲らぬ意思を持って王はいい放つ!
ああっ、もう!
何を意地になってんだ、このおっさん!
ちょっとでも譲歩してくれりゃあ、こっちだって矛の納めようはあったというのに!
王のプライドと言うものなのか、譲歩できない訳があるのか……?なんにせよこのまま平行線を辿るなら、あと俺達に残された手段はハルメルトを護りながらこの国から出ていく事くらいか。
そんな事を考えながら、バイル王と睨み合う。
「そこまでです!双方とも引いてください!」
突然、横合いから俺達の間に割って入る声が響いた!
何者かとそちらに目を向ければ、玉座の置かれている段の脇、舞台袖のように目立たぬ出入り口から姿を表したのは、ダリツ達と初見の一組の男女。
その一行を見た文官達がざわつき出す。
「……王子」「王女も一緒か……」「なぜこんな所に」
漏れ聞こえてくる言葉から、ダリツ達を従えているのは王子様と王女様らしい。
言われてみれば、顔立ちはバイル王の面影があるし、容姿や立ち振舞いが堂に入っている。
「余計な首を突っ込むな!下がれ!」
怒りを込めてバイル王が命じるが、王子は一歩も引かない。
「失礼ながら、下がるのは王の方です。王は現在、判断力が低下しているご様子だ」
真っ向から対峙して、視線をぶつける両者。そして少し置いてけぼりをくっている俺達。
「……後は任せる。後程、報告だけはしに来い」
折れたように一つ息を吐き出して、バイル王は退場していく。
頭を下げて王を見送った王子一行は、王の姿が完全に見えなくると、にこやかな笑顔で俺達の元までやって来る。
「始めまして、異世界の方々。私はこのアンチェロンの第一王子、ナルビーク・バルバス・ライゼルトと申します。以後、お見知りおきを」
自己紹介をしながら友好を求めるように、彼は右手を差し出してきた。