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さて、まずは相手の意図を探らねば。
はっきり言って俺達を敵に回すことでこの国が得をすることはないと思う。にも関わらず、放逐しようというのだから……原因は「神獣殺し」か?
例えば俺達が倒した「女帝母蜂」がこの国だけではなく、隣国すべてから神聖視されていたとしたら、それを殺した俺達はとんでもない重罪人だ。
そして、それを呼び出した召喚士達の村はすでに壊滅しているのだから、生き残りのハルメルトを処刑することで隣国からの非難を避ける腹なのかもしれない。
まぁ、あくまで推測ではあるけれど、そんなパターンも考えられる。
「交渉の余地もないというのは、いささか早計ではありませんか……それともなにか、僕らにこの国に居られては困る理由でも?」
イスコットさんが探りをいれる。しかし、返ってきたのはバイル国王が玉座に拳をぶつける音だった!
ゴスッという鈍い音が響き、一気に室内の緊張感が増す。まるで噴き出す怒りを抑えるようにして、バイル国王はため息……というより排熱するように深く息を吐き出した。
「……こやつらに説明してやれ、今のこの国の現状をな」
王の言葉を受け、文官らしき側近の一人が一歩前に出た。
「王に代わって解説させていただきます。簡単に申し上げれば、あなた方が殺した神獣はこの国の左方にあるブラガロート、グラシオから我が国を防衛するために重要なファクターでした」
んん…?どういう事だ?
「この二国は神獣が縄張りにしていた大森林が国境付近にあったため、大軍をもって我が国に攻めて来ることはありませんでした。しかし、今現在はその保証はありません」
ああ、つまりは「女帝母蜂が住む森」という防壁が無くなったから、この国が攻められる可能性が増しているということか。
「さらに、我が国と正面に対峙する国であるディドゥスから、約三千ほどの軍隊が我が国に向かって進行を開始したとの情報が入っております」
三千……この国の基準はよくわからないが、それは決して軽いものではないというのが文官の口調から感じられる。
だが、王や文官が本当に脅威と思っていたのはディドゥスの兵の数では無かった。
「ディドゥスは……この進行軍に英雄である『七槍』を二人も投入してきております」
再び部屋の空気が、深海にでも沈んだように重くなる。
英雄……国の行く末を左右するような、超常の戦闘力を有する個人。そんな奴等が二人も参戦するってんなら、確かに大変な事だろう。
確かこの国にも『五剣』と呼ばれる連中がいたハズだが、ダリツの話では各周辺の国家との国境に築かれた砦で防衛しているとか言っていた。
しかし、『五剣』一人に対して『七槍』二人では分が悪い。
「わかったか、事の重大さが。本来ならば疫病神共と話している時間も惜しいのだ!」
イラついたような口調でバイル国王が吐き捨てる。
王様としてその態度はどうなんだ?
さすがにカチンと来たが、相手の立場を考えればまだ抑えられた。だが、続く言葉は到底、聞き流せる物ではなかった。
「まったく……神獣と契約ができるというから生かしておいてやったものを。やはり召喚魔法の使い手など、始末しておくべきだったのだ」
王の心ない一言に、ハルメルトがビクリと震える。さらにその瞳に、大粒の涙がみるみるたまっていく。
怯えるその姿を見た瞬間、俺の中でなにかがキレた。
「おい、王様……さっきから聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるな!」
ズイッと一歩踏み出して王様に対峙した俺を警戒して、兵士達が俺とバイル王の間に入るようにして即座に移動する!
「……異世界の者が軽々しく口を挟むな。これはこの世界の住人の問題だ」
兵士達の壁の向こうから、見下すような態度を崩さずにバイル王が言い放つ。しかし、俺もここまで来たら引き下がれない。
何より、俺の妹と同じくらいの少女を怯え泣かせるような奴を認められるか!
「俺達が無関係な訳がないだろう。神獣に捧げる生け贄が足りないからと、異世界から呼び寄せる事を容認していたのはあんたらだろうが!」
俺の台詞に、バイル王の顔が苦々しく歪む。そう、確かに召喚魔法を使っていたのはハルメルト達だが、神獣の威を借りるために国家として見てみぬ振りをしていたのはこいつらだ。
「自分達を棚上げして一人生き残った少女に責任を取らせようってのは、あまりにもゲス過ぎるじゃねーか!」
「無礼だぞ、異世界人!」
王の側に控えていた兵士長らしい男が叫ぶ!
「王よ、この無礼者を手討ちにする事をお許し下さい!」
顔を赤らめ、激高しながら王に訴える兵士長。まぁ、彼の立場ならそう来てもおかしくはない。
しかし、こちらも無礼なのは百も承知だ!やるってんなら、やったろうじゃねーか!
「カズナリ……」
後方から名前を呼ばれ、少しだけ頭に登った血が下がる。やれやれといった表情で俺を見つめながらも、その右手は(良く言った)と言わんばかりに親指を立てているイスコットさん。
「すいません……交渉ダメになっちゃって……」
「いや、君がいかなかったら僕が言ってたさ。どちらにしろ、言葉でお互いが納得できないなら力を見せつけるのも有効だ。ただ……やり過ぎない様にな」
そうって、俺に拳を保護するためのグローブを渡してくれた。
マーシリーケさんやラービも、頷いて俺の軽はずみな行動を許してくれる。
全く、ありがたい話だ。ようし、期待を裏切らないよう、頑張るぞ!
「そこの無礼な若造を打ち取れ!」
兵士長の命令と同時に、全身を鎧に包んだ兵士達が俺めがけて殺到してくる!
俺はそいつらを迎撃すべく、半身に構えると、前に出した左腕をゆっくり振り子のように振りはじめた