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少しだけ時間は遡る。
コンコンと待合室の扉を叩くノックの音が響く。
「失礼いたします。謁見の準備が整い……」
室内の俺達に呼び掛けるようにして扉を開いたメイドが、驚きの表情を浮かべたままその場で固まってしまう。
その視線の先には、女性陣を背中に乗せて腕立て伏せをしている俺とイスコットさんの姿があった。
「おっと、時間か。それじゃあ、ここまでにしておこう」
「は、はい……」
事も無げにイスコットさんは言うが、俺は内心ようやく終わったと安堵していた。
正直、かなりキツかった……。
「二人とも、協力してくれてありがとう」
イスコットさんの背から降りたマーシリーケさんと、俺の背から降りたラービにお礼を言う。俺も息を切らせつつ、二人に頭を下げた。
まぁ、なんでこんな事をやっていたかと言うと、原因はちょっとした話の弾みだった。謁見までの待ち時間中に、俺はイスコットさんに武器の取り扱いについて訊ねたのだ。
基本的になんちゃって格闘技の使い手である俺ではあるが、今なら素手で大概の敵なら鎮圧できる自信がある。しかし、魔獣や神獣などと呼ばれる巨大で強大な敵と戦う事になる場面が無いわけではないだろう。
そんな時、武器を持って戦えれば生き残れる可能性はかなり高まる。あと、やはり男の子としては、せっかく異世界に来たんだからファンタジー風な武器を振り回してみたいという欲求はあった。
しかし、刃物なんて今まで生きてきた中で振るった事など、料理の手伝いくらいでしかない。
そこで自ら武器作り、怪物を狩って素材を集める某ハンティングゲームのような生活をしていたイスコットさんに、武器を扱うコツみたいな物はあるか訊ねて見たのだ。
帰ってきた答えは、「体の一部と思えるくらい使い込む事。あと筋肉」。
イスコットさんも我流で武器を扱っている口なので、技云々は言えないらしい。となれば、後は慣れと肉体の強さに帰結する。
最後に物を言うのは己の肉体というアンサーに、男の本能と中二マインドに火が点いた。そこでマーシリーケさんとラービに協力してもらって、冒頭の腕立て伏せ祭りと相成った訳である。
若干、後悔はしていたが、なんとかやりきったという達成感もあった。やはり試練を乗り越えたとう実感は良いものだ。
「ほら、二人とも。これから王様と謁見するんだから、身だしなみは整えなくちゃ」
そう言うと、マーシリーケさんは俺達に洗浄魔法をかけて汗と汚れを洗い流してくれる。ちなみに汚れた水は、ハルメルトが呼び出したスライムが吸収してくれました。
さっぱりとした俺達は、驚き……と言うよりは呆れたような顔をした案内役のメイドに声をかけて、いよいよこの国の王様と体面する事になった。
気分は赤壁の戦い前の諸葛亮。舌戦で呉の重鎮達をねじ伏せたが如く、ここの王様と交渉しなければならない。ふふふ、気合いが入るぜ。
まぁ、メイン交渉役は俺じゃないだろうけど……。
メイドに案内され、通されたのは学校の体育館程の広さの玉座の間。もちろん、似ているのは広さだけで、神殿のような荘厳な作りは見事としか言いようがない。
玉座の間の真ん中を、さながらレッドカーペットのように赤い絨毯が伸び、小さな階段のようになっている部屋の奥の段差部分まで続いている。
その絨毯を挟むようにして、左右に十人ずつ完全武装した兵士達が直立不動で並んでいる。
「どうぞ、お進みください」
メイドが一礼して、俺達を促す。それに従って室内に踏み込んだ俺達に、玉座の間にいる全ての人間の注目が向けられた。
もちろん、兵士達はこちらに頭を向けるわけにはいかないが、兜の下の視線はこちらに向けられているのを感じる。
様々な感情が入り交じる視線に晒されながも俺達は進み、カーペットが途切れる部屋奥の段差の手前、二メートル程の位置で歩みを止めた。
眼前の段差の上は、薄い緞帳のような幕で仕切られており、その奥に鎮座しているであろう王の姿はシルエットでしか確認できない。また、側近か何かだろうか、玉座の付近には王以外にも数人の影がうつっていた。
やがて幕は左右に開き、舞台の開幕を告げる。
(あれが……国王か……)
豪奢な玉座に座り、こちらを見下ろす初老の男。長めながらも整えられた髭をもて遊び、きらびやかな王冠を頭に乗せて、権威を表す凝ったローブを纏った姿で、ジッと俺達を見つめる。流石に迫力があるな……というのが、王を見た時の第一印象だった。
そしてその側には、文官らしき人物が数人と、一際豪華な鎧に身を包んだ、恐らくこの場の兵士達の長が一人。
「王の御前であるぞ!貴様ら平伏せぬか!」
王の脇に立つ側近(こちらも初老の男)が、ややヒステリックな声を上げる。
しかし、俺達は敢えてそのまま立ち尽くす。
そんな俺達の態度に警戒心を煽られたのか、左右に並ぶ兵士達が僅かながら臨戦態勢にはいる。
「よい。彼らはこの世界の人間ではないのだ。作法を知らずとも仕方があるまい」
国王が口を開き、片手を挙げて兵達を嗜める。
ふむう、中々の器量とも思えるが、暗にバカにされたようにも取れるな……。
「よくきたな、異世界の住人達。私はこのアンチェロンの現国王、バイル・グシオス・ライゼルト二世である」
大きな声で話している訳ではない。しかし、よく通るその声に込められた威厳のような物は、実際の声量以上のインパクトを与えてくる。
だが、これに呑まれていては話が進まない。密かに気合いを入れ直して、対峙するバイル国王に顔をむけた。
「はじめましてライゼルト閣下。私はイスコット・ターコノイズ。この一団の代表といった所です」
イスコットさんが一礼し、自己紹介をした後で俺達も次々と名乗りを挙げる。
全員の名を聞き終えると、バイル国王は近くにいる側近に目配せした。それを受けて、側近の一人は目立たぬ様に退出していった。
なんだ?向こうも何か企んで……って、当たり前か。交渉の場に無策で立つやつなんか居ないわな。
しかし、次の瞬間にバイル国王の口から放たれたのは、意外な言葉。
「さて、異世界の住人達よ、お主らのような混乱を招く輩を我が国に置いて置くわけにはいかぬ。この国より立ち去って貰おう」
そう告げると、バイル国王はハルメルトへ視線を移す。
「そして、少女よ。禁忌の邪法である召喚魔法をみだりに使うお主は、死罪に匹敵する」
問答無用で告げられた国外追放と死刑宣告。交渉の余地なしといったその態度に、声もでない。
やってくれるな……。
その気のない相手と、まともな交渉に持っていこうと考えるなら、こちらはかなり下手に出て相手を乗せなければならない。つまりは、こちらの譲歩を引き出す為の一手なのだろう。
先手を取られた今、いかにして流れをこちらに引き寄せるか……俺の頭の中で、イメージの孔明が策を巡らせ始めた。