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襲撃事件こそあったものの、さすがに夜から出発することはできず、そのままギハラの街で一夜を明かしてから俺達は朝一で宿からチェックアウトした。その足で市場に向かい、大量の食料などを買い込んでから街を出る。
昨夜の話し合いの結果、これから予定していた街や村での休息を無くして、ひたすら大街道を進んで予定よりも早く王都に入るようにする事になった。
もちろん襲撃者から身を守るためであるが、活発に行動する間者の動きから、何かが国外で起こっている可能性が高いためにその情報を早急に手に入れたいからでもある。
風を切って、俺達を乗せた馬車は大街道を突き進む。
アスファルトで舗装されたような平坦な道では無いとはいえ、ある程度には整地されたその道は快適かつ高い安全性をそなえている。そのため、夜でも移動は可能で、他の都市に立ち寄らないならかなりの時間短縮が可能だ。
俺個人としては昨夜のような異世界情緒に溢れた街で過ごす時間が楽しみだったんだけどなぁ……。
まぁ、確かにまた襲われても面倒ではあるし、ヘタに他国とのゴタゴタに巻き込まれる前に、早いとこ王都に到着して元の世界に帰還する方法を探すというのには賛成だ。
ただ、その為に必要となる王族との交渉において、この国が他国と揉め事を起こしているのならば、どうしても巻き込まれる可能性は高い。
願わくば、面倒事が起こりませんように……。
神や仏がこの世界にいるのか知らないが、俺は手を合わせて小さく祈った。
ギハラの街を出立してから二日目の夕方。
俺達を乗せた馬車は、アンチェロンの王都である大都市ズィーアズに到着した。
「おお……」
王都ズィーアズの巨大さと堅牢な作りに、思わず感嘆の声が漏れてしまう。
まるで大きな山を削って作られたようなこの都市は、そこに住む人の階級により三段に居住区が分けられているらしい。らしいと言うのは、俺達もダリツの話でしかズィーアズという街を知らないからだ。
まず一段目には平民達が暮らすスペース。
もっとも人口数が多く、活気に溢れているらしい。王都近郊の国が直轄する農地で働く者が多く、生産系公務員とでも呼べばいいのだろうか……とにかく、他の都市に比べれば安全で国から仕事の斡旋もあり、生きていくのが楽そうではある。
二段目には貴族階級が住むスペース。
特に語る事も無いくらいにありふれた高級住宅地。しかし、貴族とは言っても直轄する領地を持たず、ほとんどが国政に係わる者との事なので、国会議員や官僚等が住んでいる区域と考えればいいのかもしれない。
そして三段目は王族のスペース。
この都市全体を見おろすようにそびえる王城を中心に、王族の居住スペースや他国からの賓客を迎えるパーティ会場などの施設がこの地区のほとんどを占めている。国威を表す為に豪華絢爛なこの地区は一番狭いながらも、この国で一番金をかけて作られていた。
それぞれのスペースごとに城壁に囲まれ、下の階層から上の階層に向かうには検門を通らなければならないといった防御策が取られているあたり、王族はかなり危機意識が高いみたいだ。
周辺が全て敵性国家に囲まれた国の王様というのは大変だな……俺なら数年で神経をやられやるかもしれない。
何はともあれ、様々な事情を抱えた俺達を乗せたまま、馬車は一番上の階層を目指して進んでいった。
ダリツが事前に連絡していた為であろう、俺達はすいすいと階層の検問をすり抜けてアッサリと王城までたどり着いた。入城してからダリツは報告と謁見の準備のために別れ、俺達は来客用の待合室に通され今に至る。
「こちらの部屋で暫しお待ちください。すぐにお飲み物を用意いたします」
王城内にある来客用の部屋に通され、案内してくれたメイドがお茶の用意をする。
広い部屋に豪華な調度品が並び、柔らかいソファに座る俺達の前には重厚な作りのテーブルが置かれている。この部屋は、正直に言って俺みたいな小市民にはあまり居心地がよろしくない。
「では後程、係りの者がお呼びしに参りますので、それまでごゆるりとおくつろぎくださいませ」
お茶と茶請けの菓子を用意したメイドは、一礼して部屋を出ていった。そこでようやく、俺達は大きく行きを吐き出す。
はぁ……なんだか、妙に緊張してしまった。
リアルなメイドさんの立ち振舞いは、そういった日常とは無縁だった俺に、まるで演劇の舞台上にでも居るかのような非日常感を感じさせてくれる。
イスコットさんやマーシリーケさんは大人の余裕のような物があり、あまり緊張している様子はない。逆にハルメルトなんかはいまだに緊張でガチガチになっている。
「ワレもメイド服にするべきだったか……」などと呟くラービ。何に対抗意識を燃やしているんだ、お前は……。
謁見まで小一時間ほど掛かりそうだと、先程のメイドから告げられていたのでしばらくは自由時間だろう。しかし、謁見前ではあるが迂闊にミーティングなどは行えない。
壁に耳あり障子に目あり。盗聴や除き穴からの監視などもあるかもしれない。異世界から来た厄介者みたいな認識されていれば、俺達に対して友好的な印象は抱いていないだろう。
そうなればある意味、ここも敵陣みたいな物だ。慎重に行動するのは当然と言えるだろう。
「美味いな……あまり紅茶に詳しくはないんだが、いい茶葉を使ったるみたいだ」
「お茶菓子も美味しい。この世界じゃ甘味料は貴重だろうに、贅沢ねー」
「ふむ……紅茶の入れ方なぞうろ覚えじゃったが、機会があればちゃんと学んでみようかの」
いまだに固まってるハルメルトを除き、皆がそれぞれくつろぎ始める。
……慎重に行動しようよ。一人気張ってた俺がバカみたいじゃないですか……。
ここに来るまではあんなに慎重だったのに、このリラックスっぷりはなんなの?
「まぁ、落ち着けカズナリ。僕らはもう準備は出来ている。あとは向こうがどんなカードを切ってくるかを待つだけだ」
それは……そうなんですが……。
「私達の戦力や技術力なんかも取り込みたがるだろうし、それなりに有利になるんじゃないかな?油断は禁物だけどね」
「うむ。今はどっしりと構え、鋭気を養うべきじゃな」
むぅ、頼もしい……。いつの間にか俺は雰囲気に呑まれていたようだ。普段と変わらない皆の態度に、緊張が解れていくのがわかる。
そうだ!王族がなんぼのもんじゃい!
いかにこの世界で偉かろうが、こちとら無敵の異世界人だぜ!
俺もソファに腰かけると、弱気な心を飲み込むように、少し冷めた紅茶を一気に飲み干してやった。
だが、その後、俺達は大いに驚愕する事になる。
「異世界の者達は国外追放、召喚士の娘は死刑」
この国の王から発せられたその言葉によって。