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おお……。宿を出るとそこは異国情緒溢れる世界が広がっていた。
二車線道路より少しだけ狭いくらいの大通りの脇に、中世ヨーロッパを思わせる木造やレンガを組み上げて作ったであろう建物が建ち並ぶ。
そんな建物の出入り口の邪魔にならない程度に露天が並び、なんだか日本の縁日を思い出させてくれた。
行き交う人々に、物売りや買い物客の威勢のよい声があちこちで上がり、活気に溢れた光景はなをんだかワクワクさせられる。
ここに来て、初めてまともな人間の生活を見たような気がする。いや、初めて見た。
なんせ、俺が見たこの世界の風景は、緑の深い神獣の森や、壊滅したハルメルトの村の後。あとはキャンプ地になった草原くらいか……。
うわ、マジで人がいない場所ばっかりだ。
まぁ、いいや。とにかく今はゴブリンやオーガなんかと戦った時の陰惨な気分を忘れ、美味い物でも食べてリフレッシュしよう。
やはり、俺ぐらいの歳だと何はさておき肉だな!
ガッツリと食べて……とそこで、ハッと気が付いた。
俺、この世界の金持ってねーや……。
つーか、どんな通貨が使われているのか、見たことすら無かった……。
今まで自給自足で食料調達してたもんだから、すっかり金銭的な事が抜け落ちていた。
ヤバイな……いや、誰かがお金を持っているかもしれないな。
とりあえず、このメンバーで年長になるマーシリーケさんに、訪ねてみよう。
「あの……マーシリーケさん、この世界の通貨とかは持っているんですか?」
恐る恐る尋ねると、まかせなさいと言わんとばかりに親指を立てて、懐から小袋を取り出した。
小袋の中には金貨が詰め込まれている。どれくらいの価値があるのかは解らないが、かなりの大金ではなかろうか……?
「いつの間にこんな金を……」
「ダリツから巻き上げてきてるから大丈夫よ」
わぁ、頼もしい。
まぁ、巻き上げたってのは冗談だろうが、こちらの金銭を持っていないであろう俺達に融通してくれたんだろう。ある意味、ご機嫌取りをして俺達に恩を売るために……って言うのは、邪推のし過ぎかな?
「まぁ、王都に着くまでの間の小遣いって事だから無駄遣いはできないけど、とりあえずなんか食べましょう」
マーシリーケさんに賛成しつつ、何を食おうかとウキウキしながら、夜の街に踏み出した。
いま俺達がいる区画は、ギハラの街の中でも商売関係に特化した地域らしい。言ってみれば商店街と倉庫街が一体化したような場所で、一般の民家等は少ないのでちょっと騒がしいくらいだ。
そんな喧騒に溢れたら街中を、俺達は露天の商品を眺めながらゆったり歩く。
店に入るより、この世界の生活模様を見てみたかった楽しそうだったからであり、途中で買った串焼きなんかをかじりつつ、ぶらぶらと散歩しながら様々な店を冷やかしていく。
「……つけられてるなぁ」
ポツリとマーシリーケさんが漏らしたのを、俺とラービは聞き付けた。なるべく能天気に浮かれているような振りをしながら、ラービはマーシリーケさんにくっついて訪ねる。
「何者かがおるのか?」
「ええ、遠巻きにだけど……三人くらいは確実につけてきてるわね」
マジか。
ううん、さっぱり解らなかった……って言うか、なんだってこんな人が多いところで尾行しているのがわかるんだろう?
ちょうどいい機会なので、そういった索敵のコツを聞いてみた。
マーシリーケさん曰く、「寝る寸前で耳元を飛ぶ蚊の羽音に飛び起きて、叩き潰すために集中する感じ」らしい。解るような、解らないような……。
なんにせよ、実際に追跡者がいるならマーシリーケさんに教わった事を実践して習得するチャンスだ。
露骨に態度に出ないよう気を付けながら、俺は追跡者を見つけるべく集中する。
俺達に向けられる視線は蚊の羽音みたいな物……その出所は……………………………………………わからん。
って言うか、俺達に向けられる視線が多すぎて、どれが追跡者の視線なのか、さっぱり解らないのだ。
なんだってこんなに注目されているんだ?
理由が解らず、近くの視線を向けてくる連中をさりげなく観察すると、そいつらは注目……と言うより、見とれていたと言った方が合っていた。
何に見とれて……と思ったが答えは簡単で、ようはマーシリーケさん、ラービ、ハルメルトの三人に皆、見とれていたのだ。
まぁ、確かに三人とも見た目はいいし、美人三姉妹と言った体なのでよく目立つ。そしてその影に埋もれるような俺にもわずかながら注目があつまっていた。
まぁ、「なんだ美女たちにくっついている、あの冴えない小僧は?」的な注目だが。
残念ながら、この視線の波の中では特定の視線に注目するのは無理なので、マーシリーケさんに頼らせてもらおう。
さて、彼女は追跡者をどうするのか……。
「うざいから、取っ捕まえよう!」
さも当然と言った風に、マーシリーケさんは決定した。確かに寝てる時にちょっかい出されるよりは、さっさとケリをつけた方がいいか……。
そうと決まれば、行動開始。
俺達はだらだらと散歩するようなペースで歩きつつ、露天の列が切れたあたりて裏路地の方に足を向ける。
建物と建物の間をしばらく進み、とある角を曲がった辺りで、マーシリーケさんは上を指差す。
ああ、屋根の上に行くってことか。頭の中に動画サイトで見たことがあるパルクールの映像が浮かぶ。あのイメージで、華麗に駈け昇れる自分を想像してみた。
了解の意思を示すと、マーシリーケさんはハルメルトを抱き抱えて、跳躍する!
さすがに一足跳びで……とはいかなかったようで、対面の建物の壁を蹴り、三角跳びの要領で三階建ての建物の屋根に見事に着地する。その際、ほとんど物音がしなかったのはお見事と言う他ない。
次いでラービ、そして俺も、マーシリーケさんをお手本にして三角跳びからの屋根の上着地に成功し、こっそりと下の路地に目を向ける。
俺達が跳んで無人になった裏路地に、ほんの数秒後、三人ほどの人物が姿を現す。一見すれば特に変わった様子もない、ただの住人に見えた。
しかし、俺達を見失ったわずかな動揺や、声を立て無いハンドサインでのやりとりが、素人でない事を証明している。
まだ他に奴等の仲間はいるかも知れないが、こいつらが街中に戻ってしまったら俺達では敵を発見する事は出来ないだろう。ならば、今ここで捕まえる必要がある。
マーシリーケさんが感じた監視の目は三つ、したにいる連中は三人。ここはマーシリーケさんの感度を信じて行動あるのみ!
ハルメルトを屋根の上に置いて、俺達は屋根から飛び降りる!
突如、文字通り降って沸いた俺達に、追跡者達が驚愕する気配が伝わってきた。しかし追跡者もプロなのか、即座に臨戦体勢に入る!
それぞれが俺達に狙いを定め、一人一殺の気配……冷たい殺気を放ち始めた。
「まぁ、待て。やりあう前に、あんたらが何者か……っと!」
一応、どこの手の者か聞いて見ようとした俺に、問答無用とはかりに追跡者が襲いかかってきた!
いつの間にか追跡者の手に握られていたのは一本のナイフ!
光を反射しないよう、艶の無い黒で染められた刀身は完全に暗殺使用。恐らく毒も塗られているに違いない。
狭い路地裏に、小回りの効く暗殺用のナイフ。状況ははるかに襲撃者が有利。
……なのだが正直、今の俺達には追跡者の動きが手に取るように解る。って言うか、見える。
あっさりカウンターの一撃を入れると、追跡者は「おふっ」っという空気の抜けたような声と共に意識を失い、膝から崩れ落ちた。魔獣や魔人とやりあっていたためか、対人だと物足りなさを感じてしまう。うーん、俺もヤバイかもしれない……。
ふと見れば、すでにマーシリーケさんや、ラービも残りを倒しており、いつの間にか屋根から下ろされたハルメルトが、またも召喚したスライムで気絶した追跡者を縛り上げていた。
さて、こいつらをどうした物か……。とりあえず、情勢に詳しいダリツに聞いてみるしかないかな……。
「襲われた!?コイツらにか?」
驚いた表情でダリツ達は宿の床に転がしてある、三人の追跡者に目を向ける。
結局、俺達はこの追跡者をダリツに引き渡す事にした。どこの国が寄越したのかは知らないが、下手に刺激するのは得策ではない。
だったら、国と国という形にして間に入ってもらい、穏便に追跡者達をなんとかしてもらえばいい。
「……ふむ、了解した。コイツらは我々が預かろう」
よし、これで一件落着。あと残された問題はただ一つ。
「イスコットさんへのお土産を買ってこないとな……」
寂しそうなイスコットさんの表情を思いだし、俺達は再び街へと繰り出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一成達が再び街へ向かい、襲撃してきたという連中を引き渡されたダリツ達は、その襲撃者達の持ち物を調べ始めた。
ゴソゴソと探る音ばかりが聞こえる部屋の中に、なにかを見つけたダリツの部下が呻くような声が響く。
「隊長、こりゃ……」
「ああ、やはり間違いないか……」
部下がダリツに差し出したのは、とある通信用のマジックアイテム。それは、よく知っている物と同じ形をしていた。
「やっぱりコイツらは自国の連中ですよ……」
「諜報部の連中か……殺れないなら手出し無用と伝えたというのにな」
ギリッと歯ぎしりするような音が、重苦しい空気の支配する部屋の中に響き渡った。