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未だにラービショックが抜けきらず、俺はぼんやりとしたまま朝食を済ませる。その後、出発前に夜営地を片付けて、俺達は馬車の荷台入り口に集合した。
ダリツ達は御者台に陣取り、気まずくなりそうな場から全力逃走を決め込んでいる。
イスコットさん達が俺を最初に進ませようとするが、流石に勘弁してほしい。あんなラービの姿を見た後にどう接したらいいのか、経験の少ない俺には難易度が高すぎる!
妹が癇癪を起こした時は甘い物でも差し入れてやればすぐに機嫌を直していたが、ラービの場合は俺も当事者だけに、下手をすれば火に油だ。
「もー、カズナリはヘタレだねー」
はい、どうもすいません。
仕方がないなぁとため息混じりに呟いて、マーシリーケさんが先に立つ。
「ラービ、入るよー」
一声かけて入り口の布を捲ったマーシリーケさんが怪訝そうな顔で動きを止める。
何かあったのだろうか?
不思議に思って見ていると、マーシリーケさんが荷台の中を指さす。
何事かと、マーシリーケさんと入り口の隙間から中を覗き込むと、そこには穏やかな表情で座禅を組み、何かを悟ったような、荘厳なみたいな雰囲気を纏うラービの姿があった。
入り口付近で固まる俺達に気付くと、ラービは静かな視線を向けてにっこりと笑う。
「おお、もう出発の時間かの?」
馬車に飛び込む前とはうって変わったその態度に、拍子抜けというか、肩透かしをくらったような気分になってしまう。
あれ、勝手に立ち直っていた?
なんだよ、俺の一人相撲か?俺の方が意識しすぎていたみたいで、なんだか気恥ずかしい。
なにはともあれ、重くなりそうな雰囲気は回避できたみたいでなにより。
皆がホッとしたような、俺達の青臭いやり取りが無くなった事にちょっとつまらなそうな、微妙な表情を浮かべつつ、荷物を荷台に乗せた。
準備が出来たことを御者台にいるダリツに伝えると、馬の嘶きと共にゆっくりと馬車が動き出す。力強い軍馬の引く馬車はすぐに加速し、一定の速度に達すると今度はそのスピードを維持するような走行に切り替わる。
ダリツ達の話によれば、あと半日も走ればこの国をぐるりと円を画くように整備されている大街道に合流できるらしい。
そこから大街道を二、三日進めば、この国の王都にたどり着くとの事だった。
安定した速度に、荷台に響く揺れなども落ち着いた所で、それぞれがそれぞれの課題に取り組みはじめる。
念のため、密談していた内容についての話し合いは避け、イスコットさんは工房に入り、マーシリーケさんとハルメルトは医療用の薬品調合などの意見を交わしている。
俺はといえば、ラービの隣に移動して腰を下ろした。
まぁ、狭くはないと言えこんな場所では精々、脳内組手くらいしかやる事はない。
今の俺達は、元の世界に戻るためにも力をつけなくてはならないのだから、少しでも強くなっておかねばなるまい。
「のう、一成……」
脳内組手を申し入れようとした時、ラービの方から俺に声をかけてきた。
「どうした?」
何となく元気のないその声に、ひょっとしてまだ先程のやり取りを引きずっていたのだろうかと、少し心配になる。
「この際だから聞いておきたいのだがの……ヌシはワレの事をどう見ているのだ?」
潤んだような瞳で上目遣いに俺の顔を覗き込んでくる。
どう思ってるって……、
本体は俺の脳代わりの蟲で、俺と同じような知識を持ってて、スライム体でありながら俺の理想的な美少女の姿をしている……まぁ、独自の人格を確立した女の子……かな。
うん、こうして羅列してみると結構アレだな。
非正統派なヒロインとして盛りすぎな感じが酷いな。
しかし、そのまま伝えるのは流石にデリカシーが無さすぎるよな……。
「うん、まぁ、ラービの事はかわいい?女の子?だと思う……ぞ?」
恐らく疑問符が付きまくった感のあるたどたどしい返事だったと思う。しかし、ラービはパッと明るい笑顔になる。
「そうか、ワレをちゃんとした女子と認識しておるのだな、ならばよし!」
なんだ、今さらそんな事を気にしていたのか?
てっきり、純情なのがバレて恥ずかしがっているのかと思っていたんだが……?
「うん?まぁ、確かにちょっと気まずかったが、ワレは初めから純情可憐じゃし……」
うわ、自分で言うか、コイツ。
「それよりも、淫行乱交乱舞しておるような女と思われて傷心のワレを一成が追ってこんかったから、ひょっとしてまともに女子として見られておらなんではないかと心配でな……」
つまり、すぐにラービを追うのが正解だったって事か?パニクってたみたいだから、少し時間を置いた方がいいと思ったのに……。
わかんない、女心はわからないよ!
「『本体は蟲じゃん!』とか『体スライムじゃん!』とか言われてまともに女子扱いされなかったら、あまりにもショックで一成を殺してワレも死んでたかもしれんがの」
ハハハと笑いながら、冗談めかして言うが、ラービの目は笑っていなかった。やだ、この子怖い。
ここに来てヤンデレっぽい新しい属性を盛ってこなくてもいいじゃねえか……。
「それにアレよ、ワレのプロフィールも『次代の女王の地位を捨て、一人の女として目覚めさせた男に付いていく事を決めた才色兼備のヒロイン』と言えるしの。一成の厨二心をくすぐる事、請け合いじゃ!」
まぁ、確かに厨二設定というかラノベなんかの正統派ヒロインだよな、設定だけは。
しかし、なんだか浮かれまくったラービは止めるスキもありゃしない。まるで自分で自分に燃料をくべる暴走機関車だ。
だけどそこまで、俺からどう思われているのかを気にしていたのか……。重いと言えば重いが、ここまで女子から好意を向けられた事もないから、ちょっと嬉しくもある。
俺も以外とチョロいな……。
「よーし、興がのって来た!脳内組手千本くらい行っておくか!」
そんなに!
いやいや、少しラービさんが落ち着くまで、一人にして置いてあげた方がいいかもしれない。
腰を浮かせて、スペースの端っこで体育座りでもしようかなと立ち上がりかけた時、ガッシリとラービに抱きつかれた。
「逃がさんよ、一成……」
ホラーじみたラービに思わず悲鳴を上げてしまう。
そして、そんな俺達をマーシリーケさん達は生暖かい目で見守ってくれるのだった。