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翌朝。
爽やかな朝の空気を感じながら、俺とイスコットさんはテントから出て軽く体をほぐしていた。
ラジオ体操のアクションに、うろ覚えの太極拳っぽい動きでわずかに残った眠気を飛ばしていると、すでに俺達よりも早く起きて身仕度を整えていた女性陣が声をかけてくる。
「おはよー」
「おはようございます!」
眠いんだかダルいんだかよくわからないマーシリーケさんに、朝から元気なハルメルト。そして、
「おはよう、一成!昨夜はよく眠れたかの?」
イスコットさんへの挨拶を軽くすませて、俺の元に悠々と歩いてくるラービ。
「昨夜の不意打ちは、一成には刺激が強すぎたかもしれんからの。ちゃんと眠れたか心配じゃったぞ?」
茶化すように言いながら、グイと肩に腕を回してコツンと額を当ててくる。
『とりあえず、昨夜の話はマーシリーケには伝えておいた。ハルメルトにはまだ身の振り方が決まっておらんから、話していないがの』
じゃれつくように見せかけて、念話でラービが伝えてくる。ダリツ達の目を誤魔化さねばならないから、面倒だが浮かれまくった若僧達といった体でスキンシップを増やし、念話で情報交換をするのが最善だろう。
……こっちもイスコットさんに話してある。とりあえず、C案が最善っぽいって事でまとまった。
『ん、マーシリーケも同意見じゃったよ。となれば、後は交渉の条件と、各人が何処までのラインなら譲歩できるか……それを確認して、また連絡を取ろうぞ』
OKだ。あと、ハルメルトの身の安全についても交渉できるように、何か考えておいた方が良いかもな……。
『そうだの……その辺も、相談しておこう』
「カズナリさん、綺麗なお水が有りますから、良かったら顔を洗いませんか?」
スライムを連れたハルメルトに声をかけられて、俺達は念話を打ちきる。
「ありがとう、ハルメルト。それじゃあ、頼むよ」
「はい。じゃあ、お願いね」
ハルメルトが指示すると、彼女の後ろにいたスライムが俺の元に近付いてくる。
俺の前まで移動すると、そのスライムから管のような物が伸びてきて、チョロチョロと水が流れ始めた。俺はその水を両手で受け止めて顔を洗う。
目覚めの体操で少し火照った所に、冷水での洗顔がスーっと効いて、これは……ありがたい!
しかし、このスライムは本当に便利だな。
川の水でも泥水でもろ過できるなんて、日本に戻っても一匹くらい家に置いておきたい。
「すまんが、ワレにも水を一杯くれ」
隣にいたラービが、いつの間にかその手に持っていたコップを差し出すと、スライムからまたも管が伸びてコップから溢れないように水を注ぐ。
ラービはゴクゴクとその水を飲み干すと、プハーッとおっさんみたいな息を吐く。
「くぅーっ、朝の一杯はたまらんのう!体が喜んでおるわ!」
おっさんみたいな……ではなく、完全におっさんの口調でラービが声を上げる。
いや、確かに目覚めの水分補給は体に良いらしいが、ただの水を飲んだだけで酒でもかっ食らった様なリアクションは止めておきなさい。
外見だけならスゴい美少女なのに、色々と台無しだから。
「おはよう、皆。昨夜はよく眠れたかな?」
昨夜は交代で周辺の警戒に着いていたダリツとその部下達が軽く手を上げ、挨拶しながら俺達の方に歩いてくる。
一瞬、緊張しかけたが、ここは俺達が彼らを警戒していることがバレぬよう、努めて明るく挨拶を返しておく。
「見張りついでに、簡単な朝食を作っておいたんだが、良かったらどうだい?」
まぁ、流石にいきなり毒を盛られたりはしないだろう。折角なので、ありがたくいただくことにした。
たが、皆でぞろぞろと移動しようとした時、不意に俺はダリツに呼び止められる。
「カズナリ、君にちょっと聞きたい事があるんだが……」
「……何か?」
「昨晩の見張りの最中に、君達のテントにラービが入って行くのを目撃したんだが……」
内心、ドキリとしながらも表情には出さずにダリツに向き合う。
そんな俺達に、ほんの少しだけ緊張したようにラービも視線を向けた。
「その……君達の世界では当たり前なのかも知れないが……我々の世界では複数の男と一人の女が交わり乱れるのは良俗に反する行為でな」
ブハッと俺とラービは同時に噴き出した!
「ハルメルトのような子供もいるし、そういった行為は控えてもらいた……」
「「違う!違う!違う!違う!違う!」」
ダリツが言い終わらぬ内に、物凄い剣幕で俺とラービが詰め寄る!
「あの時はイスコットさんは武具の手入れでテントの中にはいなかったんだよ!だからラービとは二人……っきりでいただけだ!」
まさか密談していたとは言えないために、僅かに言い淀んだが、とりあえず勢いでダリツの勘違いを、否定した!
「そうじゃ!ワレと一成は二人きりじゃった!」
真っ赤になってラービもダリツに食って掛かる。
あれ、なにこのピュアな反応……?
攻撃的な女子力をほこるラービが真っ赤になって慌てている姿はなんだか新鮮だな。
「第一、ワレは純情ラブコメ系、イチャラブ推進委員会の一員じゃぞ!そんな『淫行乱交乱舞』な真似をする訳がなかろうが!」
かなりテンパっているのか、ラービが不思議な固有名詞を叫びながら捲し立てる。
その剣幕に、ダリツも「了解、誤解していた、すまない」と慌てて告げて、そそくさと離れて皆と合流していった。
その場に残されたのは、いまだに軽く興奮しているラービと、逆に冷静になった俺の二人きり。
それにしても、俺と同等の知識を持っているのはわかっていたが、ここまで独自の言語センスを養っていたとは想像もしてなかった。
やはり、ラービは侮れん。
そして……ここまでムキになるって事は、普段の余裕たっぷりな猛獣系女子を気取っていた態度は、結構ムリしていたということなのか?
俺の……気を引く為に?
経験豊富そうな振りして実は純情って……なんだ、このかわいい生き物は!
いや、確かによくよく考えればラービだって生まれたてみたいなもんだから経験なんかあるわけが無いのは解る。しかし、常に俺をリードするような上からの言動に、つい錯覚してしまっていた。
人は多かれ少なかれギャップに弱いものだが、こんなんズルいわ!
「ラ、ラービ……」
ボディーブローの如く突き刺さり、じわじわとギャップ萌えというダメージを蓄積させながら、俺はラービに声をかける。いや、まぁ、なんて言えばいいのかわからないけど、何かを言わねばならないとは思う。
しかし、当のラービはピクリと体を震わせた後、またも固まってしまう。
「ラービ……?」
イマイチ反応が薄かったので、俺はもう一度声をかける。
今度はゆっくりと俺の方を向いたが、その顔は赤く染まり、泣き笑いのような表情で俺を睨み付けてきた。
「あ、あのー……」
「ちょ、調子にのるなよ一成!」
俺が言葉を紡ぐ前に、ラービは叫ぶように言い放つ!
「ワレは別に無理なんぞしておらんからな!勘違いして図に乗るでないぞ!バカ、バカ、童貞!」
なぜか最後に俺を罵りながら、ラービは両手で顔を押さえて走り去る!そのまま馬車の荷台に飛び込んで、入り口を閉じてしまった。
……割りと初な本性を知られたのが、そんなに恥ずかしかったのだろうか。まぁ、恥ずかしいか。
……後に残された俺は、胸に宿る淡い熱を感じながら一人立ち尽くす。
「青春してやがるなぁ……」と生暖かい眼差しで俺達のやり取りを見ていた皆の視線に気付きすらしないままに……。