04
ハァ、ハァ、ハァ……
呼吸が荒くなり、まともに息ができない。イスコットさんやマーシリーケさんが何か声をかけてきているのだが、意味が理解できないくらい俺は混乱していた。
脳みその代わりに蟲が詰まってる?じゃあ、今こうして思考している俺は何なんだ?
ああ、なるほど。イスコットさんがある意味、一度死んだって言ってたのはこういう事か。確かに脳を乗っ取られたなら、乗っ取られる前の人格は死んだも当然だ。
さらに呼吸が荒くなり、いよいよ酸欠で目の前が暗くなってくる。
ちくしょう……目が覚めたら、夢であってくれ……。
「!!」
酸欠で意識を失いかけた俺の視界が、突然明るくなる!
それと同時に呼吸も整い始め、急速に意識がクリアになっていく。
暴れていた心臓の鼓動も平常のリズムを取り戻し、自分でも不可解なほどに落ち着きをとりもどしていた。
……なんだ、これ?
いやいや、おかしいだろ。なんでさっきまで気絶しかけるくらい混乱してたのに、今こんなに落ち着いてるんだ?
訳もわからず首を傾げていると、イスコットさん達が再び声をかけてくる。
「大丈夫か、カズナリ?」
「え、あ、はい……」
心配そうな表情の彼等に対し、心境の高低が激しすぎて呆然としていた俺は、つい間の抜けた返事をしてしまう。
「まぁ、ショックだったってのは解るわ。私も最初はそうだったしね」
マーシリーケさんがうんうんと頷いて俺の肩を叩く。
「だけど、あくまで脳という器官が変化しただけと割りきれば、かなりのメリットがあるんだよ」
「メリット?」
つい、問い返す。寄生虫に大事な器官を乗っ取られて得られるメリットって一体……。
「イスコット、説明よろしくー!」
豪快にイスコットさんに説明役をぶん投げて、マーシリーケさんはそそくさと引っ込んだ。
「まぁ、辛いとは思うけど蟲のエサになるよりは良かったよね」
それ、メリットですか!確かに死ぬよりはマシかも知れませんけど!
……うう、思えば夢想してた異世界に呼ばれたってのに、ロクな事がない。初キスかと思ったら相手は粘液体だったし、伝説の勇者に選ばれたかと思ったら生け贄だし……。
これが、ラノベかなんかなら詐欺もいいところじゃないか。
「さて、ここからが本題だ。しっかり聞いてくれ」
項垂れる俺に、イスコットさんが話を振ってきた。え?さっきの生きてて良かったがメリットじゃないの?
「この蟲脳は色々な恩恵をもたらす。例えば言語。いま、カズナリには僕らの話す言葉が何語に聞こえている?」
何語もなにも、普通に日本語に……と、ここまで来てハッとした。そうだよ、イスコットさんやマーシリーケさんは俺とは別の世界から召喚されたんだ、なんで日本語で会話が成立してるんだ?
「ちなみに僕には、君達の言葉が故郷のイヨハーケの言語に聞こえる。マーシリーケ、君はどうだい?」
「私にはラッティカン語に聞こえるよー」
そうなのか……。と、言うことはこの頭の中の蟲が自動翻訳してくれているってことなのか?すげえな蟲!
「他にも記憶力のアップに身体能力の向上や感覚神経の上昇。あとは……時間制限アリだけど、限界まで肉体のスペックを引き出す事もできる」
なるほど、つまり「火事場の馬鹿力」を任意に使えるって事で良さそうだな。むぅ、肉体の基本能力が上昇し、さらに限界突破が可能と来たか。さらに記憶力のアップは地味に重要だ。
右も左もわからないこんな世界では、最終的には自身の能力がものを言う。そんな状況なればこそ、その能力はありがたい……。
「他にも精神的な原因で身心に不調をきたした時の回復とかね。冷静さをすぐに取り戻せたりするよ」
そうか、それでさっき気絶しかけてた時に回復したのか。冷静さ、それはぎりぎりの所で必要となるかもしれない。
イスコットさんの話を聞き終えて……。
結論から言うと、とんでもねえな蟲!寄生先にそんなにメリット与えてお前は大丈夫なのか?
それにしても、数々のメリットを聞いた後だと先程の嫌悪感もどこへやら……蟲脳も悪くないと思えてくるから不思議というかなんというか。
我ながら現金な物だと思うが、こんな風に考えてしまうのも蟲の仕業か?
……止めよう。いくら考えてもきりがない。そんな思考のループにハマってたら、厳しい異世界では命取りだろう。
割りきればいいんだ、割りきれば。ちょっと豪快な寄生虫ダイエットの凄いやつだと思う事にしよう。
「まぁ、これで解って貰えたと思うけど、悪いことばかりじゃない。それどころか、元の世界に戻るまで生き延びるには必要不可欠だ」
「元の世界!……戻れるんですか!」
聞き捨てならない事をさらりと言ってのけたイスコットさんは「可能性の話になるが……」と、前降りしてから、計画を語り始めた。