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いつまでも泣いてばかりはいられない。今後のために、俺もイスコットさんと打ち合わせをしておかなければ……。
そう思い、立ち直ってはみたものの、考えてみれば異次元空間みたいな『工房』に籠っているイスコットさんを、どうやったらこちらの世界に呼び出せるのだろうか?
彼が携帯やスマホでも持ってれば即座に呼び出せるのに……いや、電波が届かないから無理か……。
……電波?
そうだ、試してみるか!
頭の中の蟲脳から蟲脳へ、電波を飛ばすイメージで……届け、この想い!
イスコットさーん!イスコットさーん!ご指名ですよー!
工房の入り口があった空間に向けて、呼び掛けるように念を送る。
一分……二分……三分……だめだ、こりゃ!
カップラーメンが完成するほどの時間をかけて念を送っても、まったくレスポンスが無いんじゃ、どうにもならない。まぁ、元々そんなテレパシー的な能力はあったのかどうか解らないから当てにはならないが。
うーん、しかしあの人は元の世界ではこういう時にどうしていたんだろう。
武具の制作をしているとはいえ、一応は客商売のはずだし工房に入っている時に来客とかがあってもおかしくない筈だが……そうだ!
何かを推測するときは相手の立場になって考えろと聞いたことがある。
つまりは、イスコットさんになりきって、「工房にいる時に来客があった場合、どう対処すべきか」を考えるんだ!
それから俺はイスコットさんに成りきるべく、日本にいた時にテレビで観た刀匠の真似をしてエア刀打ちをしてみる。
日本刀とイスコットさんの作る武器は系統は違うかもしれないが、同じ武器というカテゴリーの制作過程にはなにかしら通じるものはあるだろう。
ひたすらエア金槌を振るい、エア鋼を打ち、エア加熱、エア冷却を。
その行程を繰り返す内に、手の中に刀身の重みを、見えざる刀が形を成して来るのを感じ始めた!
見える!俺にも刀が見えるぞ!
さらにエア金槌でエア鋼を叩かんと右手を振りかぶったその時!
「何をやってるんだ、カズナリ……?」
工房の入り口から、体半分を乗り出していたイスコットさんに声をかけられて、俺の意識は一瞬にして現世に引き戻されていた。
うん……何をやってたんだろう、俺は……。
「はぁ……僕が工房にいる間、来客にどう対応するのかを想像するため、思考トレースをすべく武器制作の真似事を……。それは、なんというか……遠回りな上に迷走していないか?」
はい、左様です。確かに迷走していました。
脱線したあと別の車線に乗り上げて、対向車と正面衝突するレベルで明後日の方向に走り出していた自分が恥ずかしい。
やはりラービの女子力に打ちのめされた事が尾を引いているのだろうか……?
「うん、でも確かに僕が工房にいる間に何かあって連絡を取りたい場合もあるかもしれないな……それじゃあ、これを渡しておこう」
そう言って、イスコットさんは工房から取り出したハンドベルのようなアイテムを俺に手渡してくれた。
「それはちょとしたマジックアイテムでね、対になるものが工房には設置されている。外でそのベルを鳴らせば、距離などを問わずに中にあるベルが共鳴して鳴り出す仕組みになっているんだ」
なるほど、それなら用事があるときに工房内のイスコットさんに知らせる事が出来る。
もう、そんな便利な物があるなら、もっと早く教えてくれればいいのにっ!
無論、本気で非難しているわけではない。だから、冗談めかしてそう伝えたのだが、イスコットさんは一つ苦笑いを浮かべた。
「この手のアイテムは僕の技術では制作出来ないからね。数に限りがあるから、できれば温存しておきたかったんだ。まぁ、それでもカズナリ達になら渡してもいいかなと思えるけどね」
にこやかに笑いながら語るイスコットさんに、久々の「アニキちから」を感じる……。
「ところで、そんな明後日の方向に走り出すくらい慌てて、僕に一体なんの用があったんだい?」
イスコットさんが首を傾げて尋ねてくる。
そうだ、それが本題だ!
俺は先程、ラービと念話で話した事をかいつまんでイスコットさんに語り始めた……。
「なるほどな……。確かに、バロストの出現で僕達の立場が微妙に変化したであろう事は僕も危惧していたところだ。だからダリツ達に『炎の剣』を譲ったりして、友好度をアピールしたんだが……」
ああ、あの炎の剣の譲渡にはそんな意図もあったのか。
しかし、流石はイスコットさん。この状況を予想してすでに根回しを開始していたとは……。
「だけど、現場レベルだけでなく、王族との交渉については確かに態度を決めておいた方がいいかもしれない。カズナリの話を聞くに、僕もラービの提案するC案がいいと思う。とりあえず、その方向で話を詰めていこう」
そうして俺とイスコットさんは、しばらくひっそり話し合いをしてから、ようやく寝袋に潜り込む。
魔人の襲撃、バロストとの接触、今後の身の振り方密談……一晩の間に色々あったもんだ。
あれこれ考える事は多々あるが、寝袋に収まって再び睡魔に襲われた俺の意識は、心地よい眠りの闇へと沈んでいった。