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ダリツ?なんで?
思わず声が出そうになり、再びラービの指で口を閉ざされる。
『これ、気を付けい。聞き耳を立てられているかもしれんからの。もっとイチャイチャしとる振りをするんじゃ』
俺の顔に「?」が浮かんでいるのを見て、やれやれだぜと言った表情になるラービ。
まぁ、確かに完全に打ち解けた訳じゃないし、ダリツ達の職業柄、俺達にある程度は警戒心を持っているのも解る。
でも、監視を強化される程か?
『バロストの一件じゃよ。あれとの会敵で、ダリツ達のワレらに対する認識に変化があった』
あ……。敵であるバロストが俺達と同じ蟲脳だったからか?
『まあ、蟲脳について説明をうやむやにしたのも不信感を持たれる要因ではあっただろうがの』
それは……そうかもしれない。しかし、馬鹿正直に説明するには、俺達のリスクがでかすぎるしなぁ……。
『それにもう一つ、ワレらとバロストの共通点に異世界からの召喚者というのがあるしの』
ん?それが何か問題か?
『んー、例えばじゃがな……』
問い一:猛獣を一瞬でミンチにできるような重火器をぶら下げた外国人のAさんが、「国に帰りたいから協力してほしい」と話しかけてきました。
あなたにとってAさんの脅威度は高いですか?
いや、そりゃ脅威度は高いだろ!田舎の高校生でしかない俺には外国人に話しかけられるだけでも精神的なプレッシャーは計り知れない。
しかも重火器って、ポリス案件じゃねーか!
帰ってくれるなら、早く帰ってほしいよ……。
問い二:あなたとは不倶戴天の敵であるBさんが現れ、同じような重火器をぶら下げて先のAさんに「今度パーティーしようや」とにこやかに話しかけています。
あなたにとってAさんの脅威度は変化しましたか?
危険水域待ったなし!お巡りさん、こっちです!
って言うか、ヤバイだろそれは!
仲が悪いBさんが重火器だけでもヤバイのに、Aさんを見る目が変わっちゃうよぉ!
『つまりダリツ達から見て、ワレらはAさん、バロストはBさんという所だの。ワレらに対する見る目が変わった理由が解ったか?』
ああ、よく解ったよ。そりゃ、監視が強化されたとしても理解できる話だ。
『そこでじゃ。これからワレらは王都に向かい、元の世界に帰る為に様々な交渉をせねばならん。その際にワレらがどう思われておるかを踏まえつつ、いかようにして交渉するかを打ち合わせておかねばなるまい』
なるほどな。しかし、そんな大事な事を俺達だけで決めてもいいのか?
イスコットさんやマーシリーケさんにも話して打ち合わせするべきじゃないだろうか?
『アヤツらも、薄々は自分達の立場が怪しくなっている事は理解しておるじゃろう。とりあえず、方針を決めてから相談して、脳内交信が出来るワレらを仲介しながらダリツ達に悟られぬよう、案を詰めていく』
そうか……確かにダリツ達に下手な報告をされて、交渉相手に必要以上の警戒心を持たれては厄介だ。大っぴらに話し合いが出来ない以上、ラービの提案はいい手段かもな。
しかし……。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
「どうした?」
念話ではなく、耳元でラービが囁くようにため息の訳を尋ねてくる。
「いや……」
言いかけて、イチャついてる(振りだが)男女の会話にしては場違いっぽい内容を話そうとした事に気がつき、再び念話に切り替える。
いや、ラービやイスコットさん達は色々と気がついてるってのに、俺は何とも呑気と言うか、間抜けと言うか……。
『一成……』
愚痴みたいな事を漏らしてしまう。しかし、同じ知識を持つはずのラービは気がつき、俺は気がつかないあたり我ながら情けない。
今の状況を楽観視していた訳ではない……ないつもりだったが、やっぱりどこかで緩んでいたんだろうなぁ。
『そうへこむな一成。ワレとヌシは二心同体。ワレの気がつきはヌシの気がつきじゃ』
ラービの慰めに、少し胸が熱くなる。
くそっ!なんだコイツ、いい女だな!
分身みたいな物だと思っていたのに、こうも別人格である事を自覚させられると、普通に惹かれそうで……ちょっとやばい。
『うん?どうした一成?』
念話で伝わらないように考え込んでいたために沈黙しているように思われたのだろう。
怪訝そうにラービが尋ねてきた。
『……ははぁ、さてはワレの女子力に今ごろ気がついて戸惑っておるのかな?』
……うん。正直、見直してる。
『……な、何を急に!』
茶化すように言ったであろう、ラービの言葉に真面目に返したらラービの方が狼狽えていた。
なんか変なカウンターが入ったみたいで、少し勝った気がする。
『と、とりあえず、今は今後の方針についてじゃ!』
雰囲気を替えるようにラービが切り出す。
そうだな……俺もちょっと困惑してるし、真面目な話に頭を切り替えよう。
……さて、そうなるとどういった態度で交渉するべきか?
『んん……考えられる策は三つかの』
そう言って、ラービは三つの交渉方法を提案してきたのは、
A案:ひたすら下手に出て、相手に協力を願う。
B案:今後の一切の協力を拒否して、こちらはこちらで勝手にやらせてもらう。
C案:完全に対等の立場として契約し、一定の協力関係を構築する。
この三つであった。
ふむう、どうしたものか……。