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今回はややグロい表現があります。
「ほう、私はなかなか有名らしいな」
触手のような目をダリツに向けて、惚けたような呟きを漏らすバロスト。
「ああ、六杖の中でも特に有名だ。派手なエピソードがあるからな……」
警戒心を増したダリツが苦々しく答える。その様子からろくでもなさそうな相手だという事は伝わってくるのだが、俺達は奴を知らないので、そのエピソードとやらを尋ねてみた。
「六杖の中でも『星の杖』は上位の称号だが、バロストは先代の星の杖を殺して、その地位に付いた男だ」
六杖とやらの継承手段は知らないが、ダリツの口調から先代を倒して受け継ぐようなスタイルでは無さそうだな。つまり、奴は掟破りの残虐ファイトでその六杖とやらになったって事か。
「他国にはどのように伝わっているかは知らんが、それは先代と私の魔術師としての力比べの結果でしかない。不幸な事故だよ……」
やや芝居がかった口調で襲撃者は天を仰ぐ。
「不幸な事故か……。俺は仕事柄、他国の情報は耳に入りやすくてね。お前がその後にやらかした事も聞いているぞ」
ダリツの言葉に、バロストは「へぇ」と呟き、再びその触手みたいな目を向ける。まだ、他にもヤンチャなエピソードがあるというのか……?
「奴は自分が殺した……いや、殺しかけた先代の星の杖を利用して、合成獣を作った。それも、先代の意識が残るようにしてな!」
ヤンチャどころの話じゃなかった。マジかそれ。
「先代星の杖の死因は、発狂による暴走のために始末されたというのが真相だ。全くもって胸くそが悪くなる……」
心底嫌そうにダリツは吐き捨てた。いや、ダリツだけでなく、俺も含めて皆の心中に嫌な物が広がっているのがわかる。
「ああ、全く悲しい事故だったよ……。先代が狂わなければ、上位魔法を操り、魔獣の頑強さを持つ合成獣という素晴らしい結果が得られただろうに……」
先代の延命の為とかでなく、実験の失敗みたいなニュアンスでバロストはダリツの言葉を肯定した。
あ、ヤバイ。こいつはマジでヤバイ。
たまにいる、「自分の中で理屈が成り立てば、倫理も常識も踏みにじれるタイプ」だ。ネットの匿名掲示板あたりで「サイコか、テメーは!」ってレスを付けられまくって炎上する系の。
「まぁ、失敗は次の成功への糧にすればいいだけの話だ。それよりも今は君達、異世界からの客人達だ!」
明るい声で、俺達に向かって顔と触手目を向けてくる。正直、キモいこっち見んなって気持ちでいっぱいだ……。
「君達の戦いっぷりは見せてもらったよ。同じ蟲脳でも、肉体強化に特化するとあそこまで強くなれるのだな!私も魔力強化ばかりでなく、少しは肉体の強化に努めればよかったよ」
テレビでヒーロー物の活躍を見た子供のように、少し興奮ぎみにバロストは話しかけてくる。
しかし、一見、無邪気なその態度も、奴がやらかした事を考えると危険にしか感じない。興味を持たれる事でどんなトラブルに巻き込まれるか解ったもんじゃないので、俺達の事はスルーして貰えればありがたい……。
「いずれ君達とは直接会って話をしたい物だな。ブラガロートに来た際は、いつでも私を尋ねてきてくれ」
奴はそう言うが、はっきりいってその可能性は低いだろう。が、
「元の世界に帰還するための研究は、私も進めている。それについても話し合いたいからね」
まるで俺達の目標を見透かしたように、バロストはそう言いはなった。その言葉に、つい反応してしまった俺達を見て、襲撃者は唇を笑みの形に歪める。
「なに、私達、異世界からの招待客は、大体が最初に考える事だからね。ふふ、興味が湧いたかな?」
悔しい!でも興味が湧いちゃう!……まぁ、最終手段として選択肢に入れておく事にしよう。ほんとに最終手段として。
「さて、面白い物も見れたし、私はそろそろ失礼しよう」
未だに拘束されながらも、バロストは気楽そうに言う。
まぁ、襲撃者の体を通して話しているだけで、本人はブラガロートあたりにいるんだろうから、回線を切るくらいの感覚なんだろうな。ダリツ達もそう考えていたようで、現状でバロストに対して出来る事は精々、襲撃者を拘束し続けて奴の手駒を減らすくらいしかない。が、
「そうそう、襲撃者は回収させてもらうよ」
身動きが取れないにも関わらず、当たり前のような響きで奴は言い放つ。
「残念だが、そうはいかん。このまま拘束した状態にさせてもらうからな」
決して逃がさんとするダリツに対し、バロストはあくまで余裕の態度である。
「ああ、かま……わんよ、ゴプッ。必要、なのば……あだま、だげだ……ガフッ、から……」
突然、襲撃者の体が痙攣し、言葉が濁りだす。というか、なにかを吐き出そうとしているような水音のような物も混じっている。
「ゴボッ……ガボッ……」
警戒する俺達の前で、ビクビクと小刻みに震えながら襲撃者はその口を限界まで大きく開く!
と、その時、ダラダラと涎を流す口内から何かが押し出されるように伸びてきた。
一瞬、舌かと思った。そうだったら良かった。
「ヒッ……」
俺の隣にいたハルメルト小さく悲鳴を上げながら口元を押さえる。俺も多分、青ざめている彼女と似たような表情だったろう。
襲撃者の口内から姿を表したのは、巨大なナメクジに似た物だった。ぬらぬらとした粘液と唾液にまみれ、焚き火の炎に照され、彩られながら、グネグネと動いている。
まるで耳長族の頭を住みかにしたカタツムリだ。元の耳長族が整った顔立ちをしているだけに、より一層、凄惨な雰囲気を醸し出している。
昔、B級なホラー映画か何かで見たようなその光景は、現実に見ると嫌悪感が凄すぎて、逆に滑稽にすら感じる。が、ソレから目を離す事が出来ない。
やがて俺達が見つめる中、ニチャリと粘着質な音を立ててカタツムリの頭部に切れ目が入り、少しづつ開いていく。開いた内部には人のような歯が並び、まるで口のようだった。
ますます気持ち悪いビジュアルになった人面カタツムリは、グルリと見回すように触手目を動かす。
「デワ、サラバダ」
無理矢理、人間の声を出したような声で挨拶すると、人面カタツムリはペコリと頭を下げた。
そして、そのままボトリと頭が地に落ちる。
驚愕した俺達が動く前に、落ちた首の切り口から軟体動物の皮膜のような物が一気に広がり、想像以上に素早い動きで這いずりながら、夜の闇の中に消えていった。
後に残されたのは、拘束された首のない襲撃者の胴体。そしてバロストという怪人物の毒に当てられ、やり場の無い胸糞の悪さを覚えた俺達だった。