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は?
今なんて言った?
後ろを振り返り、イスコットさんやマーシリーケさんと顔を見合わせる。二人の表情にも驚きと言うか、戸惑うような物が浮かんでいた。
この中で一番召喚されてから長いイスコットさんが知らないとなると……次いで、俺達はハルメルトに視線を移す。
その視線を受け、彼女は首を勢いよく横に振り、全力で知らないと主張した。
目の前の襲撃者は、その師匠とやらが俺達と同じ、異世界から召喚され蟲に寄生された人物だと言っている。
俺が最後の生け贄だったとするなら、可能性が有るなら俺達よりも前に召喚された人物か?
蟲が成虫になる前に、生け贄から得る情報や知識が多すぎれば蟲は羽化できずに超人を生み出す蟲脳となる。
ハルメルト達、召喚士の村ではかなり長い間生け贄の召喚をやっていたようだし、単に俺達以降にそういった存在が居なかっただけで、俺達以前には蟲脳を宿す連中が居たっておかしくはない訳だ。
少し考えれば思い付きそうな物なのに、なんで今まで考えもしなかったのか……。
「君達は、あいつの師匠とやらの知り合いか?」
訝しげに尋ねてくるダリツに、俺達はとんでもねぇと言わんばかりに手と首を横に振った。
「我が師とそちらの方々に面識はありませんよ。ただ、似たような境遇だっただけ……だそうです」
襲撃者の台詞に、俺達を見るダリツの目がますます訝しげになる。
止めろよ、襲撃者!こんな状況なのに、敵対してるお前からフォローされたら、まるで口裏を合わせてるみたいじゃないか!
……いや、ひょっとして、こちらを疑心暗鬼に陥れ、ダリツ達に俺達を『他国と繋がっている』と報告させる流れにしようとしているのか?
そうして俺達とアンチェロンを対立させて国力を低下させるために……。
もしもそこまで考えての一言だったとしたら……襲撃者、恐ろしい子……!
「あ、ここでなんだかフォローするような事を言ったら誤解を招きそうですね。本当に我が師とそちらの方々に面識はないので、安心してください」
襲撃者がさらにフォローを入れてくる。
うーん……こいつ、本当にただの天然なだけなのかも知れない……。
「……彼等とお前の師匠とやらについては、判断材料が少なすぎて何とも言えんな」
ダリツが一歩前に出て襲撃者の髪を掴んで上を向けさせた。
「だから、お前が知っている事を全て吐いてもらうぞ!所属、目的、戦力、全てをだ!どんな手を使っても口を割らせるからな!」
暴力を含め、あらゆる手段を問わずに情報を引き出す事を暗に告げるダリツ。けしてハッタリや脅しではない響きがそこにはあったが、襲撃者の表情は変わらず、まるで仮面のような無表情のままだ。
……さすがにメンタル強すぎな気がする。
スライムと魔法によって拘束され、ゴブリンやオーガといった魔人を蹴散らした俺達に囲まれているのに、この余裕にも似た態度はどういう事だ?
何かこの状況をひっくり返す手段でもあるのか?
「残念ですが、あなた方に話す事は……え?はい、はい……」
拒否するような台詞を言いかけて、突然、襲撃者は見えない誰かと話すように一人で相槌をうちはじめた。若干、怖い光景ではあるが魔法がある世界だ、何か通信系の魔法でも使っているのかもしれない。
「誰と話して……」
「師からの許可が出ました。少し情報をお渡ししましょう」
ダリツの言葉を遮って、襲撃者は情報を渡すと宣った。ううん……一体、何を考えているんだ?
「警戒するなと言う方が無理でしょうが、我が師は純粋にあなた方と合間見えたいだけです。出来ることなら友好的に」
最後の一言が引っ掛かるが、ここは俺達が話した方が色々と聞き出せるかもしれない。一旦、ダリツ達に引いてもらって、ここからは俺達が対応することにした。
「じゃあ聞かせて貰おうか、あなたの師匠とやらについてね」
「ええ、では本人と変わります」
何を言って……俺達が疑問を口にするより早く、襲撃者が突然ビクリと跳ねたかと思うと泡を吹きながら痙攣をはじめた。
もうやだ、こいつ。少しは落ち着いて話なりなんなり出来ないのかよ!
そんな俺の心の嘆きを知ってか知らずか、襲撃者の痙攣はすぐに止まり、そこで初めて閉ざされていた目を開いた。
そして、俺達は全員、息を飲む!
開かれた目、そこからは触手のような管が伸び、その管の先に付いた目玉が辺りを伺うようにキョロキョロ蠢く。
その姿に俺が思い浮かべたのは、寄生虫のせいで目が芋虫のように変形したカタツムリ。
はっきり言おう。メチャクチャキモい!正直な話、お友達からでもお断りしたい。
なまじ元が美形なだけに、そのグロさは結構な破壊力を持っていた。
しかし、情報は何より大事だ、ここは我慢して話をしなければ……。
触手の目は、俺達の姿を舐め回すように一瞥するとラービの所で動きを止める。
「ほう……何か珍しい物がいるね」
襲撃者の口から放たれた声は先程と変わっていた。
丁寧な女の声から、落ち着きのある男の声に。
目から伸びる触手眼に男の声色、短期間でまったく別の生き物になった襲撃者に、俺達は言葉もない。
「フフフ、驚かせてしまったようだね。この人形は私の弄った物の中でも中々の傑作だからね」
自慢気に襲撃者……襲撃者の裏にいる人物が機嫌よさげに語る。
改めて言おう。俺、こいつとは解り合えないわ。
人形って言うのは、多分この襲撃者の事だろう。つまり、こいつはこの耳長族を文字通り弄り、人を使って合成獣的な物を作っているって事だ。
胸くその悪さを感じているのは俺だけではないらしく、他のみんなも堅い表情をしている。しかし、こいつはそんな俺達の心情を気にもしていない風で、襲撃者の口を借りて語りかけてくる。
「さて、私の名前はバロスト・ガテキンという。君達の名前も聞かせてくれないか?」
「バ、バロストだと!」
バロストと名乗った相手に、ダリツが大きな声をあげる。その剣幕に、有名な人物なのかと訪ねてみた。
「バロスト・ガテキン……ブラガロートの英雄、星の杖を持つ『六杖』の一人だ」
ダリツの言葉に、全員が警戒の体勢をとる。
そんな俺達に、バロストが操る襲撃者はにやりと口の端を釣り上げた。