31
「あー、ハイハイ。イチャイチャするのもその辺にしておきなー」
呆れたようなマーシリーケさんが俺とラービの仲裁に入る。
一向にイチャついていた訳ではないけれど、今日はこのくらいにしておいてやるか……。
「見ておれ!いずれワレの女子力の前にひれ伏しさせてやろからの!」
「ハッ!その前に男を磨いた俺がお前に白旗上げさせてやるわ!」
捨て台詞を吐いて離れる俺達を、皆がやれやれといった表情で眺めていたが、その注目はすぐさま別の人物に注がれる事になった。
視線の先には魔法とスライムに捕縛されたローブの人物。
相変わらずまったく身動きが取れないようで、這いつくばるように小刻みに震えていた。
「先ずは、顔を見せて貰おうか」
動きこそ封じてはいるものの、まだ魔法を使う可能性は残っているので、ダリツが注意深く近付く。そして、目深にかぶっていたフードを取ろうと手をかけた。
バッとむしり取るようにフードを引きちぎり、ダリツは後方に飛び下がる!
反撃や自爆があるとすれば、襲撃者の顔が見えた瞬間だと警戒してのことだが、幸いその予想は外れたようだ。
そして、露になった襲撃者の姿に、俺達は息を飲む。
サラリとこぼれ落ちる金色の髪。剣の切っ先のように尖った耳。中性的な顔立ちと、全身を隠すようなゆったりとしたローブのせいで性別こそ判断しづらいが、どちらにしてもかなりの美形だ。
ただ、その目は固く閉じられ、表情にも感情は現れてはいない。
精巧に出来た人形……そんな印象を、俺達は受けていた。
バカな……そんな呟きが、俺達の耳に届く。
呟きを漏らしたのはダリツ。無表情な襲撃者とは対照的に、信じられない者を見たような驚きの表情を浮かべている。
「ひょっとして、知り合いだったりする?」
「い、いや、そういう訳ではないが……おそらくこいつはグラシオの耳長族。そいつらが魔人と行動を共にするなど、あり得ない……ハズだが……」
後半の声は自信なさげに小さくなっていったが、それだけ目の前の光景が信じられないのだろう。
「なんにせよ、このままじゃ話もしづらいし……立ち上がらせる事は出来るかしら?」
「は、はい。大丈夫です」
ハルメルトが襲撃者を縛っているバインド・スライムに立ち上がらせるように指示を出す。ちなみにダリツ達の捕縛魔法は、行動を封じるだけで、動きを操るような事は出来ないそうだ。
引っ張りあげられるような、ぎこちない動きで襲撃者は立ち上がる。
「さて……この期に及んで黙秘は通用しない。お前がどこの誰だろうと、魔人を手懐ける術を持っている以上、国家レベルでの追跡や確認作業が行われるからな」
特にお前と同族の国であるグラシオがな!と、ダリツは付け加える。
しかし、襲撃者の表情は変わらない。その無表情っぷりに、ダリツだけならず、マーシリーケさんやイスコットさんも眉をしかめた。
しかし、俺としては少し気になる事があり、尋問中のダリツに代わり、その部下Aにヒソヒソと声をかける。
「あのさ、耳長族の国ってそんなに魔人と対立してるの?」
「いやいや、対立なんてもんじゃないッス。なんせグラシオは魔人の殲滅を国是としてるくらいッスからね」
ははあ、なるほど。確かにそんな国の人間が、不倶戴天の敵である魔人と一緒に居ればおかしいわな。
ダリツの尋問は続く。しかし、襲撃者はどこ吹く風と言った態度を崩しそうにない。
らちが開かない……そんな思いが漂いはじめたころ、イスコットさんが口を挟んだ。
「そもそも、こいつは本当に耳長族とやらなかのか?」
イスコットさんの言葉の意味が解らず、ダリツがキョトンとした顔をする。
「確かにグラシオに属しているかは疑問だが……」
「いや、そうじゃなくて、こいつ自身も操られたりたり、もしくは擬態してるんじゃないのかな?」
そんな一言に、皆がハッとして襲撃者に再び視線が集まる。
確かに、ゴブリンやオーガは操つられていた。故に操っていたハズの襲撃者も操れていた可能性は確かにある。
「なるほど、耳長族は魔法に対して高い耐性かあるからその可能性は失念していた……」
うっかりしていたとダリツが漏らす。しかし、それはさらに強力な黒幕がいる事の証明だ。
『個人の魔法による魔人への干渉』って事なら国同士の協力も考えられるが、『組織、もしくは国の機関による実験』的な物だとすると、下手をすれば国家間で争いが起きるかもしれないレベルの話になる。
特に魔人と確執を持つグラシオの耳長族を操ってまで、アンチェロンの国境警備兵を襲撃させたあたり、国同士の対立を煽っているような行動は後者の可能性が高い。
「ふふふ……」
初めて、襲撃者の口から声が漏れた。ほんの僅かな笑い声ではあったが、俺達の注意を引くには十分だった。
「よく、気づきましたね……その推理、大体合っています」
声からすれば、女……だろうか?無表情に口だけ動く違和感がすごい。
ようやく話す気になったらしい黒幕に、改めてダリツが問いかける。
「お前は一体、何者だ……」
「私はある方の弟子……そして我が師の目的は、そちらの異世界からの客人達」
俺達は顔を見合わせる。うーん、やはりそうきたか。
神獣が活動した時点で他国にも情報が回ると聞いていたから、何か情報や能力を持っているだろう、俺達に接触してくる連中がダリツ達以外にも来るとは思っていた。
まぁ、こんな斜め上なアプローチをしてくるとは思わなかったが。
「あなた方の実力は見せてもらいました。素晴らしい戦闘能力です」
現状、敵対しているとは言え、美人に誉められるのは悪い気分ではない。自然、微妙な笑みが浮かんだが、次の襲撃者の言葉に俺達の表情は一気に強張った!
「我が師の言葉を伝えます。『君達の力は見せてもらった。会える日が楽しみだよ、蟲脳の仲間達』」