03
か、勝てる気がしない……。
外見もそうだし、内面から滲み出す出来る大人オーラにガキの俺では太刀打ちできそうにない。
小説の登場人物に例えるなら、彼は主役かその仲間。俺は精々、後をちょろちょろ着いていくトラブルメーカーのクソガキって所か……。
俺も……早く大人になりたい……。
「……えっと、大丈夫かい?フタバカズナリ……」
勝手に敗北感に打ちのめされている俺を心配して、イスコットさんが気遣うように声を掛けてくる。
そうだ、今は情報収集が最優先だ……。自分がモブっぽい現実には目をつむり、とにかく判断材料を増やさなければ。
「あ、一成でいいです……。話の腰を折ってすいません」
心配させた事を詫びて、再度話を聞きにかかる。
「所で、イスコットさん。あなたが知っている限りでいいんで、色々と教えてもらえませんか?」
「ああ、いいとも。それじゃ、テーブルの方に行かないか?お茶でも入れるよ」
そういえば喉も少し乾いていた。お言葉に甘えることにしよう。
お茶を用意してくれたイスコットさんと向かい合うように座わると、再び彼は語り始めた。
「それじゃあ、僕の身の上から話そうか。まだ警戒されてるみたいだしね」
うわ、ばれてる。洞察力もスゴいな、この人。いや、俺がわかりやすいだけなのか……。
「僕は元の世界ではイヨハーケって国で『魔工技師』を営んでいたんだ。魔工技師っていうのは、魔力を込めた武器や防具を製作する職業でね、僕はそれなりに名の売れた技師だったよ。それが、ある日突然この世界に呼び出されてしまった」
イヨハーケ……魔工技師……。おお、なんか異世界っぽい響きだ。不謹慎ながら、ちょっとワクワクする。
「僕がこの世界に喚ばれた時、召喚されたその場で粘液体に襲われて意識をうしなった。襲ってきた粘液体を操っていたのは、黒髪の姉妹っぽい二人組だった」
あ……多分、俺を襲ったあの粘液体を呼び出した二人だ。そうか、他にもあいつらにやられた人が……。
同じような目に会ったイスコットさんに、急に親近感が湧いてくる。
「つぎに目を覚ました時、僕は生け贄として捧げられた後だった……。そこである意味、僕は一度死んだんだ」
んん……?
いきなり話が物騒になってきた。生け贄?死んだ?
「まぁ、ある意味……ね。とにかく、なんとか生き延びた僕達はこうしてひっそりと暮らしている訳さ。幸い、この世界でも魔力は使えるから、生活には困らなかったしね」
むう、「魔力」ときたか。
なんともファンタジーな単語に、またも気持ちが動いたが、それより気になる事が一つ。
「イスコットさん、今『僕達』って言いましたよね?」
「ああ。実はもう一人、生け贄にされたけど生き延びた人が……」
「たっだいまー!」
イスコットさんの台詞をぶった切るようなタイミングで、小屋の出入り口の方から元気のいい、女性の声が聞こえてきた。
そちらに目をやれば、白衣っぽい上掛けを羽織ったショートカットに眼鏡の女性が、何かの草がパンパンに入った篭を背負って立っている。
「あれぇ、少年、目が覚めたんだ」
彼女は俺を見ると驚いた様子で近付いて来た。そのまま目の前まで来た彼女は、俺が何か答える前に手を伸ばしてペタペタと俺の頭を撫でる。
おおっ、突然なんなんだ。柔らかい女性の手で頭を撫でれていると、気恥ずかしさと気持ち良さで動きが取れなくなる。
というか、もっと撫でてほしい。
よく見れば、彼女はかなりの美人で、椅子に腰かける俺の前に立っているものだから、彼女の豊かな胸の双丘が俺の眼前に迫る形になっている。
このありがたいシチュエーションに感謝しつつ、綺麗なお姉さんにされるがままになっていると、不意に後頭部に軽い痛みが走った。
倒れた時にぶつけでもしたのか、瘤が出来ていた箇所に彼女の手が触れたみたいだ。少し顔をしかめると、彼女は手を引っ込めて、ごめんねと言いながら俺から離れた。ああ……ボーナスタイム終了か。ちえっ。
「あー、紹介するよ。彼女はマーシリーケ。で、こちらはカズナリ」
間に入ったイスコットさんがお互いの名前を紹介してくれる。
「マーシリーケ・ケイセンよ。よろしくねカズナリ」
「双葉一成です。よろしく」
自己紹介をして握手を交わす。むう、柔らかい手だ。
「彼女も異世界から召喚された口でね。カズナリより、百日くらい先にこの世界に連れてこられたをんだ」
また異世界から召喚された人が増えた……。なんだかもう、最初に感じたプレミア感的な物がさっぱり無くなったなぁ……。
「彼女は『医療闘士団』という組織で副団長を勤めていたらしい」
「医療闘士団……?」
「主に回復や治療に特化した格闘集団って感じかな。戦場を駆け回る駿足の天使よ」
戦場という場所で生きていた彼女の笑みは、にこやかながらも凄みを感じさせた。
……なんかお二人に比べて、ただの高校生ですいません……。
「……っぱり、入って……」
「じゃ、彼も……」
内心、少ししょんぼりしていた俺を尻目に、イスコットさんとマーシリーケさんが、ヒソヒソと小声で話をする。
なんだなんだ?何か嫌な予感がするぞ……?
怪訝そうに二人を見ていると、やがて二人はまっすぐに俺と向き合って見つめてきた。
「カズナリ……ショックだとは思うが話しておかなければならない事がある」
神妙な面持ちでイスコットさんが口を開いた。なんだろう、ちょっと怖いぞ。
「僕もそうだったけど、マーシリーケもこの世界に連れてこられた際に粘液体を操る姉妹に襲われてある生き物への生け贄にされた……状況から考えるに、君もそうだろう」
確かに俺もクラスメートの姿を模した粘液体に襲われた。そして、ここで気がつくまでの記憶がない。
……多分、俺も彼等同様、生け贄の憂き目にあったんだろうなぁ。
「それで、僕がさっき言った、『ある意味、死んだ』って言葉を覚えているかい?」
ああ、確かにそんな事を言っていた。
「私達が生け贄として捧げられた対象……それは、神や悪魔じゃなくて、とある蟲なの。人間の体に寄生して成長するタイプの……ね」
自然と心拍数が上がって行く。さっき感じた嫌な予感が、さらに大きくなっていくのを感じる。
「その蟲が寄生する部位は……頭。成虫になると奴等は頭部を割って外界に出てきて、寄生していた人間の体を最初の餌にするの」
淡々と説明するマーシリーケさんがとても怖い。気がつけば、手足が小刻みに震えていた。
まさか……ただの夢だと思っていたあの光景は現実だったのか……?
それじゃあ、俺の頭の中を何かが蠢いていたあの感覚も……。
「私達はとある条件を満たせていたから、蟲が成虫にならなかっただけ……」
マーシリーケさんの言葉を受け、イスコットさんが自身の頭を指差す。
「つまり、僕らの頭の中には脳の代わりに蟲が入ってるって訳さ」
その言葉の意味を理解した時、世界が歪む感覚と共にバランスを崩した俺は、椅子から転げ落ちていた。