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「初手はワレが貰うぞ!」
俺達が走り出したのと同時に動き始めた魔人達の一団。その中でも最も早く会敵しそうな一体に狙いを付けてラービが叫ぶ!
「派手にやってやれ!」
言われなくても派手にやるんだろうが、あえて景気付けの為に煽るように答える!
「ヒュッ!」
短く息を吐き出す音と共に、ラービの一撃が放たれた!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
腰の辺りを軸とし、まるで剣を降り下ろすかのような軌道を描いて放たれたラービの一撃は、狙いたがわずゴブリンの頭部に着弾した。のみならず、頭を叩き割り、粗末な鎧を砕いて、あわれなゴブリンの胴体を引き裂く!
断末魔の悲鳴すら上げれずに一瞬で絶命したゴブリンの体は、己の命を奪った一撃の威力に巻き込まれ、地に伏せる前に一回転して、後ろにいたゴブリンやオーガに血飛沫と臓物をぶちまけた。
突然の強烈過ぎるラービの攻撃に、血に餓えた魔人達も思わず足が止まる。
ラービが放ったのは「放長撃遠」、遠間からの打撃を得意とする『劈掛拳』の一撃だ。
間合いを詰める事にも有効なこの拳法は、相手の懐に飛び込んで投げる戦法を好むラービの初撃にはぴったりだった。
さらに浮き足だったゴブリンの一匹を捕まえ、頭から地面に投げ落とす!
頭蓋はおろか頸椎までが砕け、ビクビクと痙攣するゴブリンに振り向きもせずに、ラービは次の獲物を求めて腕を伸ばす。
そんな死神の手に慌てふためくゴブリン達を蹴散らすようにして、一匹のオーガが前に進み出てきた!投げれるものなら投げてみろという意思を秘めた視線がラービに向けられる。
「さすがにこれを投げるのは、キツいの……」
自分の丸々二倍に近い巨体を目の前にして、ラービが苦笑いを浮かべた。それを自分が有利な状況にあると判断したオーガは、下卑た笑みを浮かべながら、手にした棍棒を降り上げた!
「こっちだ、デカブツ!」
足元から声を掛けられ、オーガは視線をラービから足元に移す。そこに立っていたのはもう一人の獲物。
一成の姿を捉えたオーガの脳裏に、すっかりラービの事は無くなっていた。複雑に物を考えられないオーガは、とりあえず手近にいる一成に狙いを変える!
しかし、オーガが棍棒を降り下ろすよりも先に、一成の『震脚』がオーガの足を踏み砕いた!
大きく悲鳴を上げて仰け反ったオーガの体目掛けて、一成は肩口から背中までを利用した体当たり、『八極拳』の『鉄山靠』で追撃する!
まるで空気が爆発したような衝撃と破裂音が響き渡り、鉄山靠を食らったオーガの胴体が爆散して崩れ落ちた。
その現実離れした光景に、ゴブリン達はおろか残るオーガも恐慌をきたし、ほんの僅かな統率性も完全に失われて、バタバタと暴れるのだけの群れと化す。ただ近づく者を遠ざけようとでたらめに武器を振り回し、同士討ちを始めたゴブリン達から一成達は離れ、左右に別れてさらなる包囲網の突き崩しを始めた。
「……信じられん」
驚愕に彩られた表情でダリツが呟く。自分達を手玉に取った一成やラービの強さを少しは理解しているつもりだった。しかし、目の前で繰り広げられる光景は、対峙している魔人ならずとも信じがたい物だった。
魔人達を相手に素手で引き裂き、投げ潰し、爆散させ、追い詰める!人知を越えた戦いは、すでに戦いとは言えず、一方的な虐殺に近い。
数の有利はすでに無く、恐怖に捕らわれ狂ったように武器を振り回すだけのゴブリン達の姿は、見ていて敵ながら同情してしまう。
だが、今の状況を眺めて、胸の中の疑惑だった物が確信に変わっていく。
やはり、魔人達を操る者がいる。
不利になれば即座に逃げ出すゴブリンやオーガが、恐怖に犯され、混乱に悶えてながらも逃走に移ろうとしない事がそれを証明していた。
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なんなのだ、あいつらは……。
〈浮遊魔法〉により、空中から地表の戦いを見つめる観察者は信じられない気持ちで一杯だった。確かに狙いは今、暴れている連中だ。
その腕前を見せて貰おうかとゴブリンやオーガを操り、魔法による〈気配遮断〉と〈隠密行動強化〉を施す事で国境警備兵達にも気取られずに包囲する事が出来た。
しかし、ここまで連中がでたらめな存在だとは予想外だ。
このままでは魔人達が全滅するのは時間の問題だろう。
潮時か……。
観察者が引き上げを頭に浮かべた時、背筋に氷を突っ込まれたような悪寒が走る!
「見~つけた!」
背後から声を掛けられ、慌て振り替えれば、そこには監視対象の一人だった眼鏡の女が笑みを浮かべていた。
ここは空中だぞ!
なぜ、自分の居場所が?
まだ戦っていたはずなのに!
様々な考えが渦巻き、観察者の行動が一手おくれる。それと同時に激しい衝撃が観察者を襲い、地に向かって真っ直ぐに落ちていった!
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「十年早いんだよぉ!」
なんちゃって八極拳が猛威をふるい、ゴブリンやオーガを蹴散らした俺は、テンションが上がりすぎてとあるゲームキャラのような勝ち名乗りを上げる。
「ヌシらには功夫が足りないわ!」
同じくテンションが上がりすぎたラービが、やはり某ゲームキャラのような台詞を叫んでポーズを決めていた。
俺達は、顔を見合わせてようやく緊張から解き放たれる。
文字通り、死屍累々の惨状ではあり、野性動物との食うか食われるかといった、自然界の法則から離れたただの殺し合い……元の世界では忌避すべきその戦いの後だが、後悔や嫌悪感はほとんど感じていなかった。
蟲脳による精神安定効果もあったのだろうが、魔人と呼ばれる連中との、決して相容れない拒否感というか、互いを滅ぼさずにはいられないというの沸き上がる感情のような物が起因している気がする。
殺し合いに慣れたいとは思わないが、殺らなければ殺られるような状況はこれからも来るだろう。
決意と覚悟を再び胸に刻み、空を仰ぐ。
そんな俺の視界に飛び込んできたのは、黒いローブに包まれた人影が流星のように落ちてくる所だった。
つい、目で追って行くと人影は派手な音と共に大地に激突し、もうもうと土煙を巻き上げてピクリとも動かなくなっていた。