28
「魔人族!バカな!」
「ゴブリン、それにオーガもいる……」
「それにこの数は一体……」
ダリツ達が、次々に驚愕の声を上げる!
確かに不意の包囲網には少し驚いたが、そんなに大事なのだろうか……?
まぁ、俺の知るゲームやマンガの知識ではゴブリンは常人よりも強いくらい、オーガは序盤の強敵といったイメージだ。そして、先程ダリツから聞いた話から想像しても、大体イメージ通りといった所だろう。
ダリツ達は仕事の性質上、かなりの手練れであり精鋭と呼ばれる部隊の人間だ。そんな彼等からしたら、急襲とは言えこの程度の数はあしらえると思うのだけれど……。
「ゴブリンやオーガは基本的に気配を消したりはしない。にも拘らず、この距離まで、やつらの接近に気付かなかった……こんな事は有り得ない」
「それにこの数、五十……六十?こんな大人数で魔人が行動してるのなんか見たことがないですよ……」
敵の数もそうだが、こうもあっさり接近された事にもショックを受けているようだ。
俺は改めて闇の中に赤く揺らめく光の群れに目を凝らす。夜目が効く俺の目には、敵対者の姿がはっきりと見えてきた。
あれがゴブリン……なんだろうか?
自信が持てないのは、俺が知るゴブリンとは似ても似つかない、その外見の為だ。まぁ、本物のゴブリンなんて見たことはないが、思い浮かべるのは矮小な小人だろう。
しかし、目の前の奴等は平均身長が170㎝位だろうか、ラービよりも頭一つは大きい。ピンと起立したその姿はそれなりに立派に見えるものの、頭髪のない頭にギザギザの乱杭歯を剥き出しにし、獣じみたその表情には知性のようなものは感じられない。
ほっそりとした体躯に、強奪したためだろう、バラバラで統一感のない装備を身に付けて、俺達を威嚇するように睨み付けている。
そのゴブリンの群れの後ろに控えるオーガは想像通り、見上げるような巨体に弾けんばかりの筋肉を搭載し、額から突起物のような角を生やしたモンスターだ。
ゴブリンよりもさらに知性を感じさせないその姿は、もはや二足歩行する巨獣としか思えない。
しかし、そんな本能優先で動きそうな魔人達ではあったが、殺気を放ち包囲しつつも一定の距離を保って近付いてくる事はない。
俺達を警戒しているのか、それとも何か狙っているのか……。
「やはりおかしい……」
またもダリツが呟く。
「ゴブリンにしろ、オーガにしろ、獲物を前にして襲わないハズがない……なのになぜ動かない?」
魔人達の目には敵意が確実に宿っている。しかし、奴等は動かない。その普段とは違う行動にこちらも警戒心が高まり、下手に動けずにらみ合いの膠着状態になってしまっている。
「相手がいつもと違う行動をとるならさー、その指揮してる奴を見つけないとね」
気だるそうな声に振り向けば、マーシリーケさんが眼鏡の位置を直しながらゴブリン達を見回す。
「対人戦闘に近い集団戦ってなら、私が指揮を取るわ。とは言っても、大した作戦は必要ないけどね」
「大丈夫なのか、マーシリーケ……」
普段、面倒な事柄を投げられまくっているイスコットさんが少し不安げに問いかける。
「いやー、女帝母蜂の時は怪獣退治に慣れてるイスコットに任せたけど、私も部隊を率いる副隊長やってたからね」
そういえば初めて会った時の自己紹介でそんな事を言っていたな……。今までの印象で、めっちゃ強いけど普段はぐうたらなお姉さんといったイメージしかなくなってた。
「どういう作戦で行くつもりなんだ……?」
マーシリーケさんが軍属の人間と知って、やや警戒したような口調でダリツが尋ねる。
「……ふむ、暴れるのは私とカズナリ、ラービでいいわ。イスコットは周辺を警戒、ダリツ達はハルちゃんを守りつつ捕縛の準備を」
思い付きのような軽さでマーシリーケさんが指示を出す。さらに捕縛準備という指示にダリツ達だけでなく、俺達まで怪訝そうな顔をしてしまう。
捕縛って……ゴブリンかオーガのリーダーか何かを?
「まぁ、それは追々ね。さてと……」
そう言うと、まるで散歩にでも行くようにゴブリン達に向かって歩を進める。その無警戒な姿に誘発されて一匹のゴブリンが半歩進んだ瞬間、マーシリーケさんの姿が一瞬だけブレて見えた!
それと同時に、踏み出したゴブリンの首が宙に舞う!
ゴトリと重い音が響き、一瞬、その場にいた全員が呆気にとられる。
なんて事はない、高速で移動してゴブリンの首を刈り、また元の位置に戻っただけだ。しかし、俺達ならまだしも、ゴブリン達やダリツ達には何が起きたか理解できなかっただろうなぁ……。
静寂。そして沸き上がる咆哮!
何をされたのか解らなくても、ゴブリンの首を落したのがマーシリーケさんだとは理解したのだろう。それが戦いの合図だと言わんばかりに、ゴブリンやオーガが怒りと殺戮への歓喜が籠った声を上げる!
しかし、そんな奴等から向けられる殺意の嵐などどこ吹く風といった様子で、マーシリーケさんが俺達に顔を向ける。
「カズナリ、ラービ、思いっきり暴れていいよ。コイツらがドン引くくらいにさ。私はこいつらを影で指揮してる奴の肝を冷やさせてやるから」
俺達に指示を出し、高速移動を始めたマーシリーケさんの姿が消える。それと同時に、後方で上がるゴブリン達の悲鳴!
包囲網を崩すために後ろの敵に向かったマーシリーケさんとは逆に、俺達は前方の魔人達へ向かって駆け出した!