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カレー!カレー!カレー!
その、懐かしき故郷の味に想い、心踊らせラービの元に向かう。すると、俺の向かう先から全速力で走ってくる二人の兵士の姿があった。
たしか、ダリツの部下であるその二人は必死の表情を浮かべ、「隊長おぉぉ!」と叫びながら俺の後方にいたダリツに駆け寄っていく!
「どうしたお前ら!一体、何があった!」
ただならぬ様子にダリツも緊急のものを感じたのか、駆け寄った兵士達に問いただす!
二人は我先にと、口を開き、
「あの女、ヤバイですよ!我々の物資の中にあった貴重な香辛料を平気で何種類も使うんですよ!」
「それで出来てきた料理もヤバイんです!何て言うかこう……すげえ、美味いんです!」
と、ダリツに訴えかけた。
「……お前ら」
眉間に皺をよせ、必死でくだらない事を報告してきた部下二人に、夕飯前のダリツによるお説教タイムがスタートする。
この世界における香辛料の価値がどれ程の物かはよく判らないが、鍛えられた兵士がああも取り乱せば、そりゃ叱られて当たり前だろう。
直立不動で叱るダリツに、叱られる部下二人を放置して、俺は再びカレー……ラービの元に向かう。
香しい匂いが鼻をくすぐり、口の中に唾液が溢れてくる。やがて俺は、大鍋の前でぐるぐると中身をかき混ぜるラービの元にたどり着いた。
「おう、一成。もうすぐ出来上がるから食器の準備を手伝ってくれんかの」
ああ、もう喜んで!
俺は馬車に積んである荷物の中から、木製の皿とスプーンを人数分取り出す。
そうして準備を手伝いつつ、重要な案件である、とある疑問をラービに尋ねた。
「ラービ、ライスは用意できているのか!」
「無論、抜かりはない!まもなく蒸らしが終わる頃よ!」
よし、ナイスだ!
カレーの時にライスが無いなど、関羽のいない五虎大将みたいな物だからな。
まぁ、ナンでもいいじゃねーかと言う人もいるが、俺は断然、米派なのでその議論は避けておく。
しばらくして、皆が集まり夕食が始まる。
盛られるライスにたっぷりのカレー。あちらの世界ではかなり見慣れた、その姿に懐かしさが込み上げてくる。
こんなにも里心が付いていたのかと自分でも少し驚いたが、何はともあれ今は目の前のカレーを堪能しよう。
「いただきます……」
自然と手を合わせ、感謝の言葉を口にして、俺はカレーを一口含む。
……美味し!確かにヤバイくらい美味し!
久しぶりに食べる懐かしい味は、ただその一言しか言いようがなかった。
そりゃ、欲を言えば煮込みが足りないとか、付け合わせの福神漬け辺りが欲しかったなどと色々あるが、現状でそこまで贅沢は言えまい。
思ったよりもちゃんとカレーしていたラービの料理に感心し、夢中で食べた所に当の本人がやって来て俺の隣に腰を下ろした。
「良い食べっぷりではないか……どうかの、ワレの料理は?」
「いや、大したもんだよ。予想以上にカレーだった」
「そうではなくて、美味いかどうかである」
「ん、もちろん美味かった」
満足の行く答えだったのか、「そうか、そうか」と笑顔で頷いて、自身もカレーを口に進める。
「あれ?ラービ……お前、飲食って普通にするのか?」
その見た目に失念しそうになるが、彼女の体はスライム体であり、飲食の必要性があるのかやや疑問である。
「まあ、さほど必要はないがの。せっかく五感があるのだから、楽しみたいではないか」
楽しむか……。
俺に寄生し、自我を得たラービにとってそれは大事なことなんだろうな。
目の前の、「知識としては知っていたが初めて食べる異世界の料理」を自分で作り、味わう事を楽しんでいる少女の姿を見ている内に、俺は何となく手を伸ばし、その頭を撫でた。
「ふわっ!な、なんじゃ!」
不意に頭を撫でられて困惑したのか、頬を染めながらラービは変な声を上げる。
「あ、すまん。嫌だったか?」
予想以上の反応に手を離そうとすと、ラービから待てと声がかかる。
「べ、別に嫌という訳ではない……少し驚いただけだけじゃ……」
「うん?そうか……」
再び彼女の頭を撫ではじめると、気持ち良さそうな、うっとりとした表情になる。その表情が猫っぽくて自然と俺もにやけてしまう?、しかし、その緩んだ表情を晒す事を恥じたのか、突然キリッとした顔になって食事を再開する。
その間も俺はずっと頭を撫でていたのだが、時折「ふえっ」とか「ふわっ」とか言いながら反応するラービが楽しくなってきて、ひたすらその頭を撫で続けた。
やがて食事を終え、その満足感と撫でられの心地よさにとろんとした恍惚の表情を浮かべたラービは、俺にその体を預けてきた。
「良い……ものだの……。美味い食事も、頭を撫でられるというのも……」
下から見上げてくる潤んだ瞳の美少女。不覚にも俺は、鼓動が高鳴るのを意識した。
正体は知っていてもラービの外見はかなりの美少女であり、さらに高貴そうなオーラも備えている。
何となくゲームや読み物の冒険談に登場する「主人公と姫」みたいな……そんな思いが頭をよぎった。おそらく、ラービも似たような事を考えたのだろう、じっと俺を見つめてくる。
何となく……そう、何となくとしか言いようがないが、まるで引き合うように顔が近づき……ふと、自分達に集まっている視線に気がついた。
チラリと視線の方を見れば、イスコットさんやマーシリーケさんを始め、ハルメルトやダリツ達までニヤニヤしたり羨ましそうな顔をしながら俺達を見ていた。
急速に現実に引き戻され、気恥ずかしさに襲われた俺は、「ん~」とこちらに顔を突き出してくるラービの頭を押さえて引き剥がす。
突然、雰囲気をぶち壊す俺の行動に一瞬、困惑したが、ラービも皆の視線に気がつき頭から湯気が出そうな勢いで顔が赤く染まる!
「「な、なに見とんじゃ、コラー!!」」
キレイにハモった俺とラービの怒号を、皆の爆笑の声が塗りつぶしていった。
あー、しかし、危なかった。完全に雰囲気に飲まれてた。
ラービが悪い訳ではないが、初めてのキスがスライムで、次もスライム体なんてのは少し悲しい。
……なんとも弛緩した空気が流れていたその時、
「ブルルルッッ!」
突然、馬車を引いていた馬の魔獣達が警戒するような声を上げる!
その声にハッとして回りを見回す。そして、夜の闇に蠢く無数の気配を捉えた!
向こうも気付かれた事を察知したのか、十メートルほど離れた闇の中に、赤い瞳の光が次々と浮かび上がってくる。
気がつけば、俺達はすっかり包囲されてしまっていた。