26
全ての国から攻め込む事が可能という、四面楚歌に背水の陣を掛け合わせた全く新しい、素敵な立地の国アンチェロン。
なにこの無理ゲー。戦略シミュレーションとかなら、真っ先に落とされて分割統治されそうな位置だ。
ダリツの話では、他国同士が牽制しあっているのと、外交の手管が優れている事、そして神獣の存在が今まで生き残ってきた理由だそうだ。
条件だけで言えば中上段の国も同じだが、左右に山脈がそびえ、正面のアンチェロンだけに気を配れば大体オーケーという仕様。やってられませんな、こりゃ。
「まず、他の国について、簡単ではあるが説明しておく」
そう言って、ダリツはひとつずつ指差していく。
アンチェロンを中心として、
12時の方向に『騎兵帝国』、「ディドゥス」
1時の方向に『耳尾族の国』、「スノスチ」
3時の方向に『女兵国家』、「メアルダッハ」
9時の方向に『耳長族の国』、「グラシオ」
10時の方向に『魔法立国』、「ブラガロート」
の六国が、この大陸で覇を競っていた。
ちなみに、耳尾族は獣人って感じで、耳長族はエルフみたいな種族らしい。
うーん、まさにファンタジーな世界っぽい。機会があればお目にかかりたいもんだ。
「各国との国境に関所となる出城があり、普段は我が国の英雄である『五剣』の方々が守りを固めている。我々、国境警備兵は他国のスパイや関所に害をもたらすような魔獣や魔人を討伐するのが仕事だ」
魔獣や五剣なる連中に聞き覚えはあったが、「魔人」というのは初耳だ。よく聞いてみれば、いわゆるゴブリンやオーガといった「人に似ているが魔獣に近い性質を持つもの」の総称だそうだ。
今まで、熊や鹿といった魔獣の類いしか見たことがなかったから、亜人系モンスターはいないのかと思っていたが、単に住み分けの問題で遭遇する事がなかっただけらしい。
「次に各国の戦力……というか、英雄についてザックリと行こう」
「うん?この国以外にも英雄がいるのかい?」
イスコットさんが思わず尋ねる。ダリツは当然だと言うように頷いた。
「そもそも英雄とは、人の限界を超えた能力を持ち、加えて神器と呼ばれる武具を持つことを許された者達の事だ。その戦力は神獣に匹敵すると言っても過言ではない」
神獣……俺達が知る限りでは女帝母蜂だけだが、あんなもんに匹敵する奴等が複数いる上に制御できる戦力として存在するなら、それは恐ろしい話だ……。
「さて、我が国の五剣をはじめ……」
ディドゥスには「七槍」
スノスチには「五爪」
メアルダッハには「六斧」
グラシオには「四弓」
ブラガロートには「六杖」
この三十三人が各国が誇る、人知を超えた存在。英雄と呼ばれる化け物らしい。
聞くだけで嫌になってくるが、まぁ俺達が係わる事はないだろう。俺達は帰還が目的なのだから、わざわざ国家間の揉め事に首を突っ込むつもりも無いしな。
「……なぜ、そんなにリラックスしているんだ?」
興味深く聞いてはいたが、全く緊張感の無い俺達に肩透かしを食らったかのような表情で、ダリツは俺達を眺める。
多分、ダリツの思惑では、他国の英雄の脅威を話す事で俺達に危機感を与えたかったのだろう。しかし、俺達にとっては完全に他人事である。
興味本意と情報収集のためにダリツの話を聞いていただけだし、そうそう話しに乗せられてたまるかよってなもんだ。
首を傾げて「アプローチ間違ったかな……」と呟くダリツと俺達の元に、何やら美味そうな香りが漂ってきた。
いつの間にか話し込んでいる間に結構時間が経っていたようで、馬車の外はすでに夜の気配が満ちてきている。
幌の出入口に目を向けていると、食事の準備を手伝っていたハルメルトがひょっこり顔を覗かせた。
「あ、あの、食事の準備が出来ましたよ」
ハルメルトが呼びに来たので、一旦話を打ち切って飯にすることにした。
しかし、この漂ってくる望郷の念を掻き立てる香りは……まさか……。
「ハ、ハルメルト……ラービは一体、何を作ったんだ……」
「え?たしか……カレーとかなんとか……」
ハルメルトの答えを聞いて、思わずガッツポーズ!突然の奇っ怪な俺の行動に、皆がビクリと一瞬引くが、構うものか!
カレー!
日本人でこのメニューが嫌いな奴がいるだろうか?まぁ、たまにはいるらしいけど、俺は今まで会ったことがない。
もはや俺はカレーに思考を支配された俺は急ぎラービの元へと走る。
……この時、俺はまだ気づいていなかった。俺達に近づく無数の影が宵闇の中、蠢いて居たことに……。