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ダリツ達の用意した馬車、その幌付きの荷台には俺達とダリツ本人、そして彼の部下が二人の合計八人が乗車していた。
普段は部隊の人員交替や物資の運輸に使われているらしいその馬車は、六本足で体格もかなり大きい馬タイプの魔獣が四頭立てで牽引するかなり大きい馬車であった。もっともそのスピードはあまり速いものではない。
荷物や人員を運ぶ事を重視しているため、スピードよりパワーを取ったからだろう。
こういった乗り物は初めてなので、不覚にもワクワクしてしてしまう。
難を言えば、ケツが痛くなりそうなところだろうか……。
「このまま森を抜けて、街道に出れば王都までは五日程で到着する。まぁ、のんびり道中を楽しんでくれ」
ニコニコと笑みを湛えながら、上機嫌でダリツが説明する。その友好的な笑みの裏側には、なんとか俺達を自陣営に引き込みたいという思惑が含まれているのだろう。
俺達から少し離れた場所に座り、部下と話しているダリツは、俺達に聞こえている事は承知で差し障りの無い話をしている。が、時おり交えている身振り手振りで、何事か秘かにやり取りをしているようだ。
先程、ダリツが握手を求めてきた際、してやられた俺達は差し出されたその手を少しだけ力を入れて握り返すことで、ささやかな逆襲に成功した。
その時に彼の手の骨は砕け、用心の為に装着したままであったのだろう、彼の手甲もグシャグシャになってしまう。
改めて俺達の脅威を認識したようなダリツの様子に満足した俺達は、マーシリーケさんが砕けた手を癒し、イスコットさんが潰した手甲の代わりをプレゼントすることで手打ちとした。
しかし、この件でマーシリーケさんの回復魔法とイスコットさんの作った防具の有用性を知ったダリツは、俺達を逃がさぬように裏で画策しているようであった。
まぁ、彼等の口車に乗せられないように注意だけしていれば、待遇は良いし放っておいてもいいだろう。
馬車での移動というのは、初めは物珍しくて楽しかったが、割りとすぐに飽きてしまった。
幌の為に外の景色を眺める事もできず(仮に見えても森の中で木々しか見えないが)、舗装されているわけでもない道はガタガタと馬車を揺らすために、乗り物に弱いやつならあっという間に酔うこと請け合いである。
振動で尻が四つに割れてしまうんじゃなかろうかなんて軽口を叩いていると、ハルメルトが「クッション・スライム」なるものを召喚して荷台の床に敷き詰めてくれた。
これにより、尻に優しくなかった荷台の床は、そこそこのソファみたいな感触になり、快適さをアップさせた。
しかし、ハルメルトの召喚するスライムは便利ではあるが、召喚される前のスライムの世界(?)では、どういった日常を送っているのだろう?
好奇心からハルメルトに尋ねてみるが、そこは召喚したスライム達の秘事に関わるらしいので内緒とのことだった。謎は深まるばかりである。
馬車に揺られる初日は、森を抜けるまで何度か魔獣の襲撃があり、幸いにも退屈することはなかった。
お馴染みの「一角猪」や「鬼鹿」に加えて、大型犬のような体長に加えて、群れで襲撃してくる「軍隊兎」。
チームプレーで眩惑し、物資を盗もうとする「曲芸団猿猴」。
そして「四腕熊」に匹敵する巨体に戦闘力、獰猛性を持つ「狂乱穴熊」等々……。
それらを撃退し、一部は食料として解体して確保する。肉、ゲットだぜ!
そんなこんなで、ようやく森を抜けて、短い草が揺らいで形成した緑の絨毯が広がる草原に俺達は到着した。
ここから、この国をぐるりと一周するように舗装された大街道に合流し、スタートにしてゴールでもある王都に向かう事になる。
「思った以上に魔獣からの襲撃で時間を食ってしまった。もう少し進めば小川があるから、街道に合流する前に今夜はそこでキャンプして休むとしよう」
ダリツの提案に、俺達も賛同した。
いかに平地とは言え、明かりも少ない夜に進むのは危険が大きい。俺達だけなら夜目も効くし、どんどん進んでもいいのだけれど、現状ではそうも行くまい。
しばらく進むと、ダリツの言っていた小川が見えてきた。俺達はそこで停車し、馬を休ませながらキャンプの支度を始める。
とは言え、馬車の荷台がテント代わりになるから準備するのは食事の用意くらいな物だが。
「今夜の食事はワレが作ろう!」
自信満々でラービが名乗り出た。その姿に、回りはポカンとして彼女を見詰める。
え?お前、料理なんてできるの?
ダリツ達はともかく、ラービの正体を知っている俺達からすれば、その申し出は不安以外の何者でもない。
「ふふふ、心配するな。ワレには一成の世界の知識がある。ちゃんとした料理なぞ、材料さえあれば余裕である!」
いつの間にか馬車に積んであった荷物や食材をチェックしていたラービの頭の中では、すでにある料理がイメージされているらしい。
まぁ、そういうことなら、少なくとも人の食える物は出てくるであろう。ここはラービに任せてみる事にする。
「そうと決まれば、早速支度に取り掛かろうぞ!ワレの女子力に恐怖するがいい!」
女子力って恐怖するような物だっけ……?という、ツッコミは、ノリノリなラービには届かない。
「竈を作れ!火を起こせ!食材を切るのを手伝えい!」
ダリツの部下やハルメルトを伴い、あれこれ命令を出しながら準備をしていくラービ。
おいおい、なんだその配下に命令を下すような指揮は。
女王かなんかか?
女王かなんかだった!
バタバタと食事の準備をしているラービ達を尻目に、俺達は昼間の魔獣との戦闘で使った武器や防具の手入れをしていた。
イスコットさんに色々と教わりながら、手甲や脚甲の細かい傷やへこみを見てもらう。
マーシリーケさんも同様に、自身の医療道具や薬品等のチェックを行っていた。
「ちょっといいか?」
ダリツが俺達に声をかけてきた。その手には、一枚の丸めた紙を持っている。
「今のうちに、この大陸に存在する国々について少し説明しておきたいんだが……」
そう言われれば、俺達に断る理由はない。しかし、また言葉巧みに何かの確約を取ろうとする可能性もある以上、隙は見せられまい。
「いやいや、別に君達を嵌めようって訳じゃないさ。ただ、王と交渉をするなら、この世界や国家間の関係性を知っておいて損はないだろう?」
警戒心や不信感が見てとれたのだろう、ダリツは苦笑いしながら、手を振って見せる。
まぁ、確かにダリツの言うことも一利あるので、ここは大人しく教わるとするか……。
彼に促され、幌付きの荷台に俺、イスコットさん、マーシリーケさん、ダリツの四人が乗り込んだ。
夕方近くではあるが、夜に近づいているこの時間帯では幌の中はだいぶ薄暗くなっている。
幌の天井付近に設置され、吊るされているランプに灯をともし、俺達と向き合うような位置に座ったダリツは、手にしていた地図を広げた。
その地図には、ドンと大きく描かれた大陸と、それを六等分するようにして分けられた六つの国が記されていた。
板チョコの列のように、上下二列、左右三列に区切られた各国は、ほぼ同等の面積を有しているように見える。
「君達が今居る、我が国アンチェロンはここだ」
そう言ってダリツが指で示したのは大陸の中下段、背後の海を除けば全方位を他国に囲まれた、なんとも微妙な場所に位置する所だった。