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とりあえず倒した兵士達をハルメルトが召喚した紐状のスライム、「バインド・スライム」で縛り上げてマーシリーケさんの回復魔法で治療してもらうことにする。
第一印象が最悪ではあったが、冷静に考えてみれば彼等も職務上、明らかに不審者な俺達に友好的な態度も取れまい。まぁ、一方的に叩きのめしつつ、回復までしてやれば多少はこちらの話に耳を傾けてもらえるだろう。
「はい、終わり」
ダメージの大きい奴から回復させていったため、順番が一番最後になった兵士達の隊長を治療して、マーシリーケさんが後は任せたとばかりに休憩に入る。これから色々と聞き出さねばならないのだが、本来なら尋問的な事は職業軍人の彼女が一番適任だと思う。
しかし、
「その手のは苦手だからパス」
とあっさり断られた。
仕方なくある意味自営業で、営業経験のあるイスコットさんが交渉することになった。おれも後学のために彼と一緒にその場に立ち合う事にする。
「さて、隊長さん……僕らの力は理解してもらったと思う。その上で君達と敵対するつもりもないということもね」
念のため拘束こそしているが、明らかに俺達が本気で戦っていなかった事や、回復させた事でイスコットさんの言葉が偽りではないと知れるだろう。
彼等も未だに警戒はしつつ、緊張感はほとんど感じていないようだった。
「理解してもらえた所で、色々と聞かせてもらいたい。場合によっては僕たちの知っている情報も提供しよう」
「……先程も名乗ったが、我々はアンチェロン国境警備部隊だ。私はその部隊長でダリツという」
実力で遥かに勝る相手が情報交換を持ちかけてきたのだから、乗ってみる価値はある……そう判断したのだろう、先程の高圧的な態度は鳴りを潜め、対等な相手と話すような口調で隊長は自己紹介をした。
俺達も自己紹介をして、軽く会釈する。
はじめからそうした態度を取ってくれればなと思いつつ、彼の話に耳を傾ける事にした。
「我々は、つい二日程前の夜に神獣である女帝母蜂が出現した事を確認し、その動向を観察するために派遣された」
なにその神獣って……。女帝母蜂ってそんなカテゴリに入るような化け物だったの?
そして、なんでラービがドヤ顔して俺を覗き込んで来るの?
「しかし、我々が到着した時、女帝母蜂はご覧の通り既に死んでいた。手懸かりになりそうな村も壊滅していたため、仕方なく我々はこの場所で調査を行っていたのだ」
なるほど、そこに俺達がやって来た……と。しかも、村の生き残りを連れてきたのだから、何がなんでも捕まえて情報を引き出さねばと思ったのだろう。
「まぁ、焦りすぎて君達に軽くあしらわれた挙げ句に、こうして無様な姿を晒しているがね……」
自嘲気味にダリツが笑う。
まぁ、確かにそれなりに腕は立つであろう彼等が、子供といってもいい俺達みたいなのに手も足も出なければ自虐もしたくなるだろう。
ラービなんか途中で完全に飽きて、えらく雑な動きであしらっていたからなぁ。
なにかのルーティーンの様に右手と右足を突きだし、その後胸の前で手を打つと、今度は左手と左足を突きだす。
こんな適当な動きをしていたにも拘わらず、彼等はまともにラービを捉える事が出来なかった。
なお、その際にラービは歌うように「……んなお~じさん、……なお~じさん」と口ずさんでいたが、それは聞かなかった事にする。
「君達がこの村の生き残りの娘を保護したというのなら、何が起こったのか知っている事をぜひ教えて欲しい」
そう言ってダリツとその部下達は頭を下げた。
ん、んん~……。これは、どうしたもんだろう。
女帝母蜂を倒したのは俺達ですっ!って言ってしまっていいのだろうか?
もちろん、信じてもらえるとは思えないが、かといって村の生き残りであるハルメルトを連れている以上は、何も知りませんと言った所で、それも信じてはもらえないだろう。
適当な事を言って誤魔化すにしても、変に信用を失えば再び一悶着あることは想像に難くない。
いや、国や神獣なんて名前が絡んでくる以上、お訊ね者として指名手配される可能性だってある。
「女帝母蜂を倒したのは僕達だよ」
頭を捻り、無い知恵を絞り出そうとしていた俺とは裏腹に、イスコットさんがあっさりとそれを告げる。
「……は?」
あまりにも簡単に、まるで当たり前の様に語ったイスコットさんに、ダリツが呆けたように問い返す。だが、すぐに頭を振って気を取り直すと、
「すまんがもう一度頼む……。君達が……何だって?」
「だから、僕達が女帝母がを倒したと言った」
再び同じ事を繰り返すイスコットさんに、ダリツは今度こそ呆然としてしまった。
まぁ、そんな反応にもなるよね。いきなり怒られなかっただけでも良しとしよう。
それにしても、随分あっさりとばらしちゃったなイスコットさん。
「……りえん、やはり、そんな事はあり得ん!」
我に返ったダリツが大きく吠える!
「相手は神獣なんだぞ!?下手をすれば国が傾くくらいの被害をもたらす化け物だ!我が国の英雄である『五剣』を持ってしても、全勢力を傾けなければならないハズなのに……」
興奮して捲し立てるダリツ。まぁ、これが普通の反応だろう。
ていうか、英雄?五剣?
聞きなれないキーワードが出てきたな……。
「ふむ……これが証拠になるかはわからないが……」
そう呟くとイスコットさんは立ち上がり、女帝母蜂の死骸に向かっていく。
「何を……」
イスコットさんが行動に、ダリツが怪訝そうに眉を潜める。
そんな奇異の視線を意にも返さず、イスコットさんは横たわる女帝母蜂の近くで立ち止まった。その目の前には、大木のような女帝母蜂の足が投げ出されている。
それをぺたぺたと触り、彼は一つ頷くと、彼の持つ魔法空間、通称『工房』の出入り口を発生させて手を突っ込む。
空間の歪みにも似たその出入り口から手を引き抜いた時、その手には彼の愛用している戦斧が握られていた。
「ふむ……よいしょっと!」
まるで薪でも割るかのような軽い掛け声と共に戦斧が一閃した次の瞬間、大木のような女帝母蜂の足は両断され、音を立てて大地に倒れた!
俺達が女帝母蜂を倒したと聞いた時よりも驚愕の表情をダリツはおろか、兵士達全員がしていた。
まぁ、無理もない。自分達ではかすり傷をつけるのがやっとだった鋼よりも堅い女帝母蜂の甲殻を、バターでも切るようにあっさりと両断して見せたのだから、そりゃ驚くだろう。
そんな兵士達の方にイスコットさんは向き直り、にこやかな笑顔で
「まぁ、このくらいは出来るよ」
と語りかけた。
目の前で見たこと、俺達の証言。それらを考慮し、ダリツは意を決して口を開いた。
「どうか……我らと王都まで動向して欲しい。そして王の前で、君達の事について、君達の口から話をしてもらいたい」
そう言うと、ダリツと部下達は再び深々と頭を下げた。