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森から姿を現した兵士らしき奴等の数は二十人程。弓を持っている奴がいないから、おそらく数人は弓兵がまだ森の中に潜伏しているんだろう。
「君達は一体、何者だ?」
イスコットさんが尋ねると、兵士の一団から隊長らしき一人が前に出てきた。
「我々はアンチェロン国境警備兵である。そう言う貴様らこそ何者か!」
アンチェロン?怪訝そうな顔を浮かべる俺に、マーシリーケさんがこの国の名前だと耳打ちしてくれた。
へぇ、この国、アンチェロンって言うのか。こっちの世界に来てから、特訓に次ぐ特訓ばかりでこの異世界における名称とかは全然気にしてなかった。
「僕らはこの村の生き残りを保護していた者だ」
「生き残り……だと?」
一団の隊長が、俺達の後ろに隠れて様子を伺うハルメルトをジロリと睨む。
「ふむ……そこの小娘が本当にこの村の生き残りならば、王都まで連行せねばならんな」
なんとも忌々しげに隊長が呟く。なんだってそんなにも嫌そうなんだ?
生き残りの自国民が居たなら喜ぶべき所だろうに。それに、「保護」ではなく「連行」というのも少し気になる。
「まずはいきなり矢を放ったことを謝りなさいよ。あの娘に当たったらどうするつもりだったのよ」
隊長から滲み出る横柄な態度にイラつきながらも、マーシリーケさんが努めて冷静に謝罪を求める。
「ふん、元より只の威嚇だ。当たったら所で、死にはしない」
謝罪どころか開き直る隊長に、マーシリーケさんの目の色が変わる。ヤバイ、結構キレかけてる!
おい、隊長!さっさと謝れ!
「それよりも貴様らは先程、そこの神獣の遺骸を調べていたな……。それは国が徴収するべき物だ!おかしな真似は許さんぞ!」
さらに余計な事を言いよったよ、このバカ隊長!
恐る恐るイスコットさんの様子を伺えば、眼前の連中が獲物を横取りする気であると知った彼もかなりキレかけていた。
"ビキィ!"って感じの擬音が聞こえて来そうな二人の威圧感に、隊長をはじめとした兵たちにも動揺が走る。
「な、なんだ貴様ら、やる気か!抵抗するなら力ずくで取り押さえるぞ!」
やれる物ならやってみろと言いたい所だが、こいつらは国境警備なんて任されてるくらいだし、それなりに権限も持っているんだろう。ならば、これからの事も考えてなるべく穏便に済ませたいところだが……。
「どちらにしろ、貴様らは全員、王都に連行して知っている事を洗いざらい吐く事になるんだ。これからどんな目に会うか、予行練習としては調度いいかもしれないなぁ!」
抜刀しながら隊長が言い放つ!それと同時に、部下の連中も一斉に刀剣を抜いて構える。
こうもやる気を出されてしまっては、もはや戦闘行為は避けられそうもない。やれやれ、仕方ないなぁ……。
あー、それにしても、さっきの隊長の一言は余計だったよなぁ。
おそらく、俺達への脅しと味方への鼓舞だったのだろうが、はじめから俺達を捕らえて拷問も辞さないなんて言われたら、こちらとしても手荒く反抗したくなっちゃうじゃないか。
「俺とラービであいつらの相手をしても良いですか?」
俺の申し出に、二人は少し不満そうな表情をしつつも、了承してくれた。
まぁ、あの隊長の面を殴りたいって気持ちは解るけど、怒りでブレーキが緩んでる今の彼らでは奴等を鎮圧する前に死人が出かねない。二人の方もそれを自覚しているから、あっさりと俺達に出番を譲ってくれたのだろう。
前に出てきた俺とラービを見て、兵士達の緊張が少し増す。そんな彼等に、俺達は素直に感心した。
対峙している相手の中で、俺やラービみたいな明らかに年若く力量も少なそうに見える連中が出てきたのに、全く油断していない。見た目に惑わされない警戒心の高さは大した物だと思う。
さすがに国境を預かるだけあって、練度は高いみたいだ。
「ワレが前に出る。サポートを頼むぞ」
「わかった」
作戦が決まると、ラービは地を蹴り、ふわりと宙を駆けた。
現実から切り取られたように舞ったラービは、一足飛びに警備兵の先頭を飛び越え、その姿に見とれて呆然とする集団のまん中辺りに着地する。
「あ……」
我に返り、行動しようとした兵士にラービが手を伸ばす。その手が触れた瞬間、兵士の体は空中に放り出された。
「え?え?」
「へい、らっしゃい」
何が起こったのか、訳がわからないといった表情で俺の方に飛んでくる兵士を蹴りで迎撃して叩き落とす!
手加減したし、鎧の上からだったので死にはしないだろうが、それでもその兵士は吐瀉物を撒き散らして白目を向いて気を失った。
一瞬だけ呆気に取られた兵士達だったが、二人目が放り投げられると流石にラービから間合いを取り、体勢を立て直してきた。うん、この立ち直りの早さはすごいな。
一斉にラービに襲いかかるかと思いきや、剣を彼女に向けたまま、兵たちは動かない。と、なるとそろそろ来るかな……。
突如、ヒュンと風を切る音が響き、森の中から飛来した矢が三本、ラービの頭と体にドスドスと突き刺さった!
ぐらりとラービの体が揺れ、それと同時に動いた兵士の二人の剣がラービの胸を貫く!
「ラービさん!」
後方で見ていたハルメルトが悲痛な叫び声をあげた!
俺はラービが貫かれた瞬間、足元の小石をいくつか拾って矢の発射地点とおぼしき場所に投げつけた!
「ぎゃっ!」
「ぐえっ!」
見事にヒットしたようで、悲鳴を上げながら樹上から弓兵達が落ちていく。
「チッ!」
敵の隊長が舌打ちして、俺の方に向き直る。
「ふん、女を犠牲にして弓兵を倒したか。まあ、妥当だろう。悪くない判断をくだすじゃないか小僧」
うーん、そんな誉められ方は嬉しくないかな。大体、誰も犠牲になってないし。
「うわぁ、な、なんだコイツは!」
突然上がった兵士の悲鳴に、皆の目がそちらに向けられる。そこには、矢と剣を突き立てられながら、平然としているラービの姿。
「悪いがワレはちと特殊でな、この程度では死なんよ」
悪戯っ子のような笑みを浮かべたラービに刺さった矢と剣が内側から弾かれ、音を立てて地面に落ちた。
矢が突き刺さった瞬間、悲鳴を上げたハルメルトがハッとした表情をする。
そう、ラービの体は彼女が召喚したスライムがベースなのだ。それゆえ、斬撃や刺突攻撃に高い耐性を持っている事に気がついたんだろう。
そんな事を知らない兵士達は浮き足だっていたが。
「おいおい、よそ見してると危ないぞ」
驚愕してラービに注意を向けていた兵士達に接近して声をかける。
親切にも不意打ち無しでわざわざ声をかけてやったのに、まるで化け物でも見たような叫び声を上げて、その兵士は斬りかかってきた!
失礼な。
カウンターで拳を振るう俺。混乱する兵士に手を伸ばすラービ。
兵士達は次々と宙を舞い、ものの数分後には全員が白目を向いて地に伏せていた。




