21
荷物をしまい込み、召喚していたプロテクト・スライムを帰らせて、さて出発といった時、ふと気がつくとハルメルトの姿が見えなかった。つい先程まで、ラービとなにやら話していたと思ったんだが……。
「ラービ、ハルメルトはどうしたんだ?」
「おお、ハルメルトならば……」
言いながら制服をぺろりと捲ると……
「ど、どうも……」
ラービの腹に浮かび上がったハルメルトの顔が戸惑いながら挨拶してきた!
「う、うわあぁぁぁ!」
こ、怖えぇぇぇぇぇっ!!
突然のショッキングな絵面に、俺達は思いっきり後方に飛び退いた!
「な、何をしたんだ、ラービ!?まさか、ハルメルトをく、食ったんじゃ……」
「ち、違います、違います!」
恐る恐る尋ねる俺達に、ラービの腹からハルメルトが慌てて否定する。見た目は完全に人間なのに、ラービの表面がぶるんと振るえたかと思うと、ゼリー状に変化した体内からハルメルトが飛び出してきた。
「ヌシらも知っての通り、ワレの体はスライムをベースにしておるため自在に変化が可能だ。故に、その肉体でハルメルトを包んで保護してやれば高速移動時の負荷から守れるのではないかと、試しておったのよ」
な、なるほど、そういうことか……だけど、試す前に言ってくれ。滅茶苦茶ビックリしたじゃなねーか……。
「じゃ、ラービさん、もう一度お願いします」
何故か楽しそうにハルメルトがラービに向かって手を伸ばす。「うむ」と短く答えると、制服に触れていたハルメルトの手がズブズブとラービの体内に呑み込まれていった。
ああ、そうか。この制服部分もスライム体が擬態してるだけだった。
しかし、わざわざ皮膚部分からでなくても捕食(?)できるのは理解できるが、何て言うか制服が波打って少女を呑み込む光景は、はっきり言ってひどい。
奇妙なCGを見ているような気分を味わっている間に、ハルメルトの体はラービの体内にすっぽり納められてしまう。
そして再び、腹から顔だけ出したハルメルトは、何故かリラックスしきった表情を晒していた。
「……気持ちいいの?」
興味津々でマーシリーケさんがハルメルトに尋ねる。
「……かなり」
蕩けたような答えを聞いて、次に呑まれる順番を争いつつ、俺達はようやく出発した。
走りだしてから一時間程過ぎたころ、地を駆け木々を渡る俺達に、ラービはスイスイとついてきている。その腹に収まっているハルメルトも、嘔吐しながらダウンした初日と違って今は鼻歌を歌うぐらいに余裕を見せていた。
この調子ならば、もう少し飛ばしても大丈夫だろう。少し速度を上げて進む。
このペースなら、昼過ぎくらいには召喚士の村にたどり着く事ができそうだ。
しばらく進んだ所で、前方に森の木々よりも大きい物体が見えてきた。間違いない、あの夜に俺達が仕止めた女帝母蜂の亡骸だ。
頭を破壊し一撃で倒した相手ではあるが、明るい太陽の下で見ると、その巨体や異形の姿は現実離れした悪夢のようだ。
いやー、ほんと勝てて良かった。もう一度戦えと言われたら、絶対にNO!と言わざるを得ない。
ともかく、アレが見えたからにはもう少しだ。
村に到着した時、ほんの少しの違和感を感じた。
破壊しつくされた村の住居。横たわる女帝母蜂の遺骸。
そこには時間経過だけではない、まるで大勢の人間が調べたような痕跡が残されている。
「……何者かが女帝母蜂の亡骸を解体しようとした痕跡があるな。ムダなキズが増えてる……」
自ら獲物を狩り、その素材で武具を作るイスコットさんが厳しい目付きで細かいキズを眺めている。
まるで獲物を横取りされそうになった事に怒るヒグマのような執着……。改めて温和なイスコットさんの別の一面を見た気がした。
「……とにかく、私の家があった場所に向かいましょう。何か、皆さんが帰還できるような手がかりがあるかもしれませんし……」
いつの間にかラービから離れたハルメルトが、俺達を先導するように歩きだそうとしたその時、マーシリーケさんがハルメルトの肩を掴み、自分の方に引き寄せる!
「なっ」
驚きの声を上げそうになったハルメルト。が、先程踏み出そうとした場所に森の中から飛来した矢が突き刺さった!
「下がって隠れてなさい……」
マーシリーケさんの言葉にしたがい、少女は慌てて後方の物陰に隠れる。
矢が飛来した森の方へ俺達は対峙した。
やがて一人、二人と、鎧に身を包んだ兵士たちが次々と姿を表し、俺達の何倍もの人数でジリジリと間合いを詰めてきた。