02
パキ……ポキリ……
妙な音が聞こえる。何故だか体が全く動かない……と、いうか力が全く入らない。
ぼんやりとした視界に映るのは、倒れている数人の人影。
ペキペキ……ミチッ……ポキ……
どうやら俺も倒れているらしく、世界が横になって見える。首を動かせないから確認は出来ないが、俺の目に見える範囲の外にも同じように人が倒れているみたいだ。
視界の隅っこに見える、指先や爪先が時々ピクピクと動いている。いや、痙攣しているのか?
……まぁ、どうでもいい。どうせ夢だろう。まるで現実感が無い今の状況は、悪夢を見ている時のそれだ。
バリ……ペキッ……ポリポリ……
これは夢なんだ……。
だから、倒れている人の頭部を割って何かが這い出しているのも、俺の頭の中を何かが這い回っている感じがするのも……全部、夢なんだ。
ああ……意識が薄れていく。視界が急速に暗くなっていく。
早く……夢なら覚めてくれ……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
…………………………………ペチペチ。
誰かが俺の頬を叩いている。
止めてくれ、怖い夢を見たんだ……もう少し安らかに眠らせてくれ……。
ペチペチ。ペチペチ。ペチペチ。
……しつこい。わかった、起きる。起きますよ。
「ふあっ……ったく、変な夢を見たなっ……あぁ」
あまりにも気持ち悪い夢を見てしまった俺は、それをあくまでも夢だと確認したくて、起き上がりながらあくび混じりの独り言といった感じでぼやいてみた。
「へぇ、どんな夢だったんだい?」
「それが異世界に召喚さ、れて……」
あまりにも自然に声を掛けられたので、普通に答えかけたが、慌てて声のした方に振り向く!
そこにいたのは、椅子に腰かけた眼鏡の男だった。
年の頃は三十歳前後くらいだろうか?ツナギっぽい服装の上からでも判る程の盛り上がった筋肉の鍛えられた肉体。そのくせ、穏やかで知的な雰囲気を醸し出す微笑み。
頼りがいが有りすぎて、思わず「アニキ!」と呼びたくなるようなオーラに満ちている……そんな男だった。
「ああ、驚かせちゃったかな?すまないね」
自然に頭を下げる「アニキ!」に、俺の方が慌ててしまう。
「い、いやいや、気にしないでください。気がつかなかった俺も俺ですから……」
むぅ、明らかに年下の俺に気を使ってくれるなんて、なんと人間ができている人だろう。頭ごなしにギャアギャアと押さえつけてくる、俺の回りの大人達とは大違いだ。
……っていうか、なんだこの状況?
辺りを見回せば、今俺がいるのは少し広めなコテージ風の部屋。なんだか小学生の時に自然学習で泊まった山小屋を思い出させてくれる。
あれ……だけど俺はたしか、部屋で寝てて……あれ?。
ひょっとして……異世界に召喚されたのも、山中さんっぽい軟体生物に襲われたのも……夢じゃない?
バクバクと心臓が高鳴り、汗が滝のように流れ出す。嘘だろ……あれが現実だったって言うのか?
マンガやゲームの主人公とはまるで違う、主役どころか、ちょい役みたいに死にかけた体験……本気で死を身近に感じたあの感覚は二度と味わいたくはない!
だけど、このままでは遠くない未来に、またあの感覚は訪れるだろう。
行く宛もなく、頼れるような人も居ない世界で、なんの変撤もない一介の高校生がどうやって生きていけと言うんだ?
しかも、俺の持ってる常識や倫理観が通じるかも解らない、どんな生き物がいるかも解らないときたもんだ。チートじみた特別な能力でもなければ、数日の内に死ぬ自信がある。
ふへへへ……詰んだわ、人生。父さん、母さん、そして妹よ。先立つ俺を許してください……。
「お、おい君。大丈夫か?」
絶望に押し潰され、打ちひしがれていた俺に心配そうに声を掛けてくる眼鏡の男。
ア、アァァニィィキイィィィィィッ!!
今、この世界で唯一、頼れそうな目の前の人物に、思わずすがり付きそうになる!
だが、ちょっと待て!
不安に負けそうだった理性を総動員させて、なんとか俺は踏みとどまった。
俺は彼の事を何も知らない。彼も俺の事は何も知らないだろう。
右も左も解らないこの状況で、初対面の人間に主導権を握られていたら、良いように使い捨てにされてもおかしくはない。
さっきも言ったが、ここが異世界なら俺の常識や倫理観は通用しないだろう。ならば、生き残る為に、自分の身は自分で守らねば!
自分でも若干、違和感を覚えるくらい前向きな思考に切り替わった俺は、舌戦でも挑むような気持ちで眼鏡の男と対峙した。
「先ずは……助けてもらったみたいで礼を言います。本当にありがとうございました」
頭を下げると、どういたしましてと彼は軽く手を振った。
「森の中で倒れている君を見つけた時はどうなるかと思ったこど、回復したみたいでなによりだよ」
森の中……?俺は洞窟みたいな所に居たと思ったんだけど……。
ひょとして、あのままだと危険だと判断して、無意識に脱出したという事か?
「俺は双葉一成って言います。良かったら、そちらの名前も教えてもらっていいですか?」
「ああ、僕はイスコット。イスコット・ターコノイズという」
イスコットと名乗った彼は、そのまま右手を差し出して握手を求めてきた。
これ……握手してもいいんだよな?じつは宣戦布告のポーズだったらどうしようと、内心ドキドキしながら彼の手を握る。
……うん、普通に友好の証だったみたいだ。
ホッとしながら、俺はとにかく色々と情報を引き出すべく、質問を口にした。まずは、この世界の事を知らなければ……。
「ええっと、イスコットさん……お聞きしたい事がたくさんあるんですが……とりあえず、ここはどこですか?」
「ここは僕の住みかだよ。とりあえずは安全だから安心してくれ」
違う、そうじゃない。俺が知りたいのは、この世界その物の情報だったのだ。
……まぁ、確かに今の聞き方が悪かったかもしれない。
「えっと……それじゃあ、この世界の事を教えてもらえませんか?」
改めて問い質すと、イスコットは困ったように表情を曇らせた。
「すまない、僕もあまり知らないんだ」
ん?現地の人だろうに、知らないってことはないだろう……。
「じつは僕もこことは別の世界から召喚されてきたんだ……」
マジかよ……俺以外にも居たんだ……。