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「な、なんだ?また俺を騙すつもりか?」
急に変化し始めたスライムを目にして、トラウマが頭をもたげる。おのれ、今度は誰に化けようってんだ、このスライムは!
身構えてスライムの変化に注視する。やがて四肢が伸び、胴体がまとまって、頭が形造られ……
変化が収まった時、そこには見たこともない美少女が全裸の姿でたたずんでいた。
ふわふわでサラサラな軽くウェーブのかかった蜂蜜色の髪、パッチリした瞳に桜色の唇。身長は150㎝半ばといったところだろうか?たが、すらりと伸びた引き締まった健康的な足に、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、メリハリのついた体つきは芸術的ですらある。
見たところ俺と歳も近そうな彼女は、戸惑う俺達の方に顔を向けると、輝くような微笑みを浮かべた。
「ありが……とう……」
我知らず口から溢れたのは感謝の言葉。
この美少女との出会いに。そして、そんな美少女の真っ裸を拝めた幸運に。
とはいえ、目の前の美少女も元は変幻自在のスライム。一体、誰の姿に擬態したのやら。
「ハルメルト、スライムが変化したあの人物は誰なんだ?」
「え?わ、解りません。皆さんのうちの誰かの知り合いじゃないんですか?」
ん?どういう事だ?まぁ、少なくとも俺の知り合いではないが。
チラリとイスコットさん達の方へ目を向けるも、二人とも知らぬとばかりに首を横に振る。
「私が喚び出したあれは『ホスピタル・スライム』というタイプです。このスライムは目標にした生物の病気や失陥を調べたり、体内に取り込んだ色々な植物から薬を生成したりと、とても便利なスライムなんです」
へぇ、確かに便利なスライムだ。
「ただ、擬態能力は目標を緊張させないような知り合いに変化することで、スムーズにチェックするための物なんですが……」
なるほど、つまり誰も知らない美少女に変化したこというのは異常と言うことか。
想定外の変化をしたそのスライムが俺達の方に歩み寄ってくる。そして綺麗な声で一言。
「オッス!ワレ、ラービ!いっちょやってみっか!」
とてもフランクに自己紹介をした。って、ラービかよっ!
「ラービ?お前、本当にラービなのか!?」
驚愕のあまり、スライム美少女に詰め寄って問いかける。
「左様、ワレはヌシの頭の中に同居しておるラービである」
美少女は胸を張って尊大に、かつイタズラが成功した事に満足するような笑顔で答えた。
確かにこの口調に声、そして雰囲気は俺と脳内で会話していたラービそのものだ。しかし、媒体がスライムとは言え、目の前に美少女の姿(しかも全裸)で現れるとは俄には信じがたい。
それよりなにより、ラービは今、俺の脳として機能しているはずではないか!
ひょとして、今の俺は頭からっぽで夢詰め込める状態?
「まぁ、そう急ぐな。ちゃんと説明するからの」
そう言って蠱惑的な笑みを浮かべながら、困惑する俺の鼻先を細い指でつついた。
なんだよ、やめろよ、ときめくだろ!
「あー、ところで君がラービかそうでないかは置いといて、とりあえず服を着なさい。サービスし過ぎは、男性陣には目の毒よ」
マーシリーケさんが、呆れたように声をかける。
「おお、確かに。失念しておった」
うっかりしていたといった感じで、ラービが胸を隠す。正直……残念な気持ちが溢れて仕方がなかった……。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ラービは俺にウインクを一つすると、首から下の体を波立たせる。すると次の瞬間、皮膚の表面が変化して、あっという間に服の形を形成した。
……その見慣れた服装、って言うかそれ、俺の学校の制服じゃねーか?
元の世界を思い出させるその服装と、異世界感が溢れる美少女と現状は軽い混乱をもたらす。うーん、何だろう、このモヤモヤする感じ。
強いて言うなら、アニメやゲームキャラのコスプレしてる会場で自分の学校の制服姿のコスプレイヤーを見つけたような?
なんとも落ち着かない俺とは裏腹に、他の皆はラービの服装をマジマジと眺める。
「ほう、珍しい格好だな」
「んー、何て言うか、『制服』って感じの服装ね」
「そうなんですか?私にはよくわかりませんけど……」
三人の中で軍属で『制服』を着る機会があったであろうマーシリーケさんだけが、制服であることを見抜く。流石だな。
「この格好は一成の世界の学生が着用する制服を再現してみた」
「あー、やっぱり制服だったのね。それにしても、もっと実用的な服をチョイスしても良かったでしょうに」
「だって……一成がこの服装が好きだって記憶があったから……」
ラービの一言に、全員が俺に視線を集める。
やめて、恥ずかしい!これじゃまるで俺が制服プレイを楽しむ趣味嗜好の持ち主みたいじゃないか!
いや、趣味嗜好なんて人それぞれだから、それが悪い訳じゃないけど、暴露するような事でもないだろう!?
「ちなみに、この外見も一成の趣味を反映させました」
……お前、絶対わざとやってるな。
「さて、一成をからかうのはこれくらいにして解説といくかの」
やっぱりか、コイツ。まぁ、言いたいことは多々あるが、このラービの解説を聞いてからでいいか。
「まぁ、察している者もおるだろうが、早い話が一成の血を媒介にして、ホスピタル・スライムを乗っ取った」
「俺の血で……?」
「うむ。すでにワレとヌシは二心同体。一成の血液から魔力を流してスライムの体を乗っ取り、あとはスライムが持つ擬態能力を使って現状に至るといったところかの」
何だか簡単に言ってはいるが、それってかなりの高度なまねしてんじゃないか?さらに俺は魔力が使えないのに、ラービは使えるのか……。
「イスコットとマーシリーケが魔力を使った時をひたすら観察して習得したのだ。それに、ワレは元からこの世界の住人であることも習得する可能性を高めたと思う」
なるほど、『魔法が当たり前の世界なら魔力の扱いに長けた住人』になるか。ようは環境だな。
「それで、今のラービと、カズナリの脳内のラービはどちらが本体なんだ?」
「それは無論、一成の頭の中よ。この体は、本体から魔力供給されて成り立っているだけだからの」
うーん、つまりなんだ、現代社会の授業で習った図に例えると、俺の頭の中が本社で、スライム体のラービは支社。支社は独自に動ける事は動けるが、本社からの紐付きで資金投入されて成り立ってますみたいな感じか?
「とりあえず、本体が一成だから『限界突破』なんかはそのまま使える。ついでにこの体で手に入れた情報や経験は、本体にフィードバックされるから、つねに外部から情報収集しているような物と言っても良いの」
ほほぅ、そりゃ便利だな。
「あとはなにより、皆と言葉を交わせる状況になれたのが一番だの」
そういって天使のような美少女の笑顔に、俺達は不覚にも見とれてしまうのだった。