188
…………………………ぬ。
なんだ、ここは?
気がつけば、俺は暗い空間に一人立っていた。
えっと……確かバロストを倒してから、すごく眠くなって、それから……んん?
ひょっとして、力を使い果たして……俺死んでる?
いやいやいや! 待て待て待て!
死んでない、死んでないよ!
死んでたらこんな風に物事を考えたりできないだろうしな!
だけど……だとすれば、ここはどこだ?
雰囲気で言えば脳内組手とかやってる精神世界に近い感じなんだが、いつもいるはずのラービやレイも居ないようだしなぁ。
『すまんね、君と一対一で話したかったのでここに招待した』
何者かに話しかけられ、俺はそちらに振り返る。
そこに居たのは……
「バロスト!」
人間の姿に戻ったバロストが肩をすくめて立っていた。
な、なんでこの野郎が!
しかも、招待したってどういうことだ?
あれか、某木星帰りの男みたいに「私は死んでもお前の魂も連れていく」的なことか?
やめてよ、俺ニュータイプじゃないんだから!
『やれやれ、何を言っているのか解らんが騒がしい事だな……』
つーか、なんでお前はそんなに冷静なんだよ!
あの時、確かに倒した筈なのに……。
もしかして、仕留め損なったのか?
『いいや、今の私はまぁ、なんと言うか残り香みたいな物だ。本体はキッチリと君に殺されたから安心してほしい』
ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべるバロスト。
ふん、良心の呵責を誘ってるならお生憎様だ。
こっちを殺そうとしていた奴を殺した所で、罪悪感なんぞほとんど感じちゃいねーよ。
この世界に来たばかりの時は、野性動物と食うか食われるかの戦いばかりだったんだ、その手の覚悟はとっくに完了してるっつーの。
『なんだ、つまらんな。若いくせに達観しよって』
思ったより俺の反応が悪かったからか、バロストがまたも肩をすくめる。
そんなことより、そのバロストの最後っ屁がわざわざ俺に何の用なんだ?
『そうそう、それだよ。君に聞きたいことがあるんだ』
俺には話したい事はない。とっとと成仏しろ。
『そう邪険にするな。最後の力を振り絞ったんだから話くらいいいだろう?』
好き放題やっといて今更何を言って……最後の?
『ああ。肉体が死んで、私の中にあった神器、魔神、蟲脳……それらの力を全てかき集めて私は今ここにいる。まぁ、もうすぐ消滅するだろうがね』
……こう言うのもなんだが、それだけの力が残ってたんならギリギリ命は保てたんじゃないのか?
『しかし、君らはこの後元の世界に帰るのだろう? だったら話を聞けるのは今しかない。死んでも疑問の答えは知っておきたいのさ、私は』
なんて野郎だ……。
こいつがやってきた事を肯定するつもりは微塵も無いけど、延命より知識欲を優先する態度や我の強さには、正直感心せざるをえない。
……はぁ、解ったよ。冥土の土産だ。
俺は最後の一撃について、その術理をバロストに教えてやった。
『……はぁ、なるほどね。君の世界では、そんな無茶苦茶な技法がまかり通るのか』
いや、フィクションの産物ですけどね。
まぁ成功はしたし、ハッタリも大事だから敢えて否定はしないが。
『ふむ……それで、その技に名前などは有るのかい?』
名前……名前か……。
あの技のヒントになった、某格闘マンガのキャラクター。
「二番目の繋がれない男」に敬意を表して……。
『惑星拳・エイサ砲』
出来れば『エイサ砲』の部分を、大海原に出港する海賊紛いの連中をイメージして読んでやってほしい。
『変わった技の名前だな……』
若干、呆れたというか「なに言ってんだ、お前は」みたいな顔をしながらバロストは顎に手を当てた。
『面白い話を聞かせてくれてありがとう。では、そろそろ逝くとしよう』
そう言うとバロストの体が足元から崩れていく。
満足そうな顔の奴に、少しだけしてやられた気持ちになる。
好き放題やりきったって意味では、奴が確かに一番かもしれないしな。
『せめて君達が無事、元の世界に帰れるよう祈らせてもらうよ……』
そう最後に言い残して、完全に灰になったバロストは暗闇に溶けて消えていった。
一人、この暗闇に取り残された俺は、途端に心細くなってくる。
え、帰れるんだよね、これ……。
不安に駆られて辺りを見回していたその時、不意に光が広がって俺の意識を引き上げていくのを感じた。
「一成っ!」
眠りから覚め、ぼんやりとしていた俺の目に、涙ぐんだラービの顔が飛び込んでくる。
「心配させおって! 一週間近くも目覚めなかったんじゃぞ!」
そんなに。
抱きついてくるラービに一声掛けようとしたが、ミシミシと体に痛みが走る。
くっ……一週間か。通りであちこちが痛い訳だ。
すっかり体が固まっちまってるよ。
「御主人様!」
バンと派手にドアが開き、ラービの声を聞き付けたレイが部屋に飛び込んで来た!
ラービと同じようにしがみついて来るが、痛いのでもう少し手加減してほしい。
「一体、何があったんじゃ。精神世界でも眠りっぱなしじゃったんじゃぞ」
そうなのか……。
ずいぶんと深い所に連れていかれていたみたいだな。
ともかく、心配してくれていた二人に、夢というかバロストと対面していた状況を語って聞かせる。
バロストの名前が出た時は二人ともたいそう驚いていたが、結末を聞くと呆れた顔になった。
「はぁ……もう、何も言うまい」
「ですね……」
あそこまで己の欲望に従える人間に、ラービとレイは言葉を失い話を打ち切った。
うん、まぁ解る気はするわ。
「で、俺が寝てる間に、現実世界の方はどうなったんだ?」
今度はこちらがラービ達に質問する。
「うむ。それがな……」
ラービ達から聞いた話をかい摘まんでみると、事は上手く進んでいるらしい。
あの戦いの後、キャロリアは無事に六国の統一女王として即位したそうだ。
もちろん、ナルビーク達の時みたいな反乱やら治安の悪化等もあるようだが、そこはかつての王達と力を会わせて頑張っているらしい。
英雄達もそれぞれの国に戻って、新体制を支えるべく尽力しているそうだ。
ただ、キャロリアの政策の目玉であった島外探索についてはまだまだ時間がかかりそうとの事。
外海へと乗り出すために英雄達を乗せる大型船の建設や、それに伴う物資の調達など、一朝一夕にはいかない事も多いみたいだ。
もっとも、その辺もキャロリアの計算通りらしいので、近い内になんとかするんだろう。
そして、肝心の俺達の帰還について。
こちらは今の所、キャロリアから受け取った古代の魔導書を相手にハルメルトが頑張ってくれているらしい。
なんでも、六杖の連中も協力してくれているそうだから、もうすぐ形になるだろうとの事だった。
「順調だな。もうすぐ一件落着か」
「少しさみしい気もするがの」
ラービの言葉に、俺も同意する。
ハチャメチャでキッツい事もあったけど、今となってはいい思い出に成りそうだ。
「とは言え、それまで寝て過ごす訳にもいくまい。今、この世界は猫の手も借りたい状況じゃ、ワレらも力を貸してやろうではないか」
ああ、そりゃいいアイデアだ。
聞けば、『魔人撲滅』やら『神獣説得』やら、英雄達が島を出た後の事を見越したやるべき事が多々あるみたいだしな。
若干、手荒すぎねぇかと思うような計画も立ち上がってるみたいだが、それはこの世界の人間とっては必要なんだろうから、異世界人どうこう言うもんじゃないだろうし。
……さぁて、最後のご奉仕といきますか。
──それから三ヶ月がたった。
ようやく完成した帰還魔法をもって、俺達は今日、元の世界に帰る事となった。
魔法を使って俺達を帰す役目のハルメルトとの他にも、数人の英雄が見送りに来てくれている。
しんみりした雰囲気は苦手なので、それぞれとあっさりした別れの言葉を交わす。
そうして最後にハルメルトが魔法発動の前に挨拶をしてきた。
「み、みなざん……ご迷惑どお世話をおがげしまじた……」
涙で顔をグシャグシャに歪めながら、彼女は声を絞り出す。
「うむ。まぁ色々あったが、蟲脳本体がこうして人の形を取れたのもヌシのお陰じゃ。感謝しておるよ」
ラービを初め、ノアやジーナ、さらにはユイリィにもお礼を言われ、益々ハルメルトの顔が酷いことになる。
ああ、もう。
……でも、まぁ確かに日本じゃ絶対に体験出来ない事ばかりだったし、終わり良ければ全て良しだ。
俺達も彼女に礼と別れを済ませて、いよいよ帰還の途に付く。
「それでは、いきます!」
涙を拭ったハルメルトが魔力を集め始め、帰還魔法を発動させていく。
お経にも似た呪文の詠唱と共に、足元から光が広がってきた。
その光はどんどんと強まっていきながら俺を飲み込んで、やがて視界が全て光に染まる。
手を繋いでいるラービやレイ以外には、他の面々の姿も見えないし気配も感じられない。
やがてふわりとした浮遊感を感じるようになり、それに伴ってハルメルトの声が遠ざかって行く。
心の中でさよならを告げながら、浮遊感に身を任せていると、やがて少しずつ体に重さが戻って来るのを実感する。
ゆっくりと足元が地面を踏みしめる。
眩さに閉じていた目を開く。
白一色だった世界に徐々に色が戻って来て……やがて視界がハッキリと戻りきった時。
俺達の目の前には見慣れた風景が広がっていた。