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完全に防御を度外視した攻撃オンリーの形体になった俺は、体内で力を増幅させるように力を練っていく。
『もっと……もっとじゃ……』
ラービが蟲脳からさらに引き出して俺に循環させる。
空気が震え熱を帯びてゆき、俺の回りの大気が陽炎のように歪んでいった。
解る……解るぞ……。
今まで培ってきた全ての力が俺の中で渦巻いている。
この力であの技を成功させる事ができれば……いや、成功させてバロストを倒す!
『その意気です、御主人様!』
力の奔流が漏れ出さないよう、押さえにかかっているレイ達が声をかけてくる。
現状を例えるなら、密閉した容器の中に燃料をガンガン投入して爆発させながらエネルギーを増幅しているような物だ。
容器も辛いが、蓋にもかなりの負担がかかっているだろう。
『まもなく力の臨界点じゃ。もう少し耐えてくれ』
『フ、フフ……まだまだ余裕ですよ、お姉様』
励ますラービに強がって見せるレイ。
女衆がこんなに頑張っているんだ、これはもう絶対に決めて見せなきゃ格好が悪すぎるぜ。
『……何を企んでいるのかな?』
何か秘策を繰り出そうとしている俺達を眺めながら、バロストが楽しげに尋ねてくる。
今もイスコットさん達とバチバチやりあっている最中だというのに……まったく、不死身で超再生持ちは余裕だな!
しかし、そんな奴でも何か感じるものがあったのか、標的を俺達に変えて近づいてこようとした。
ちょっと待ってて! もうすぐだからっ!
「お前の相手は僕らがしてやる!」
「こんな良い女を無視するなんて野暮な男ね」
イスコットさんとマーシリーケさんが、バロストの足を止めるべく果敢に挑んでいく。
襲いかかる触手を迎撃し、食いつこうとする神出鬼没の大口を避けながらも本体であるバロストに傷を与える!
いかに奴が並外れたタフネスさと超再生の持ち主とはいえ、二人の猛攻を前にその場で釘付けにされていた。
まだか……。まだなのか……。
ジリジリと焦る気持ちが沸いてきそうになる。
そんな俺達の目の前で、ついに二人がバロストからの攻撃を避けきれず、大蛇のような触手に打たれて苦痛に顔を歪めた!
『よし! 行けるぞ、一成!』
それと同時にラービからの充填完了の声が掛かる!
「二人とも、お願いします!」
準備ができた俺の呼び掛けに、二人の目に光が宿った!
「「おおぉぉぉぉぉっ!」」
雄叫びと共にイスコットさん達から力が噴き上がる!
天に舞う赤い竜はさらに輝きを増し、彗星のように軌跡を描く!
地を駆ける虎は流星の如く白い尾を引いてバロストに迫った!
『ぬおぉぉぉっ!』
高速で接近する二人を叩き落とそうと、バロストは迎撃体勢を取って迎え撃つ。
しかし、嵐のように振るわれる触手や魔法を二人は弾き、あるいは打ち砕きながら奴に肉薄していった!
イスコットさん達が狙うのは、バロストの下半身!
左右から迫った二人の影が絶妙のタイミングで交差し、戸惑うバロストの足を爆散させる!
『ぐおっ!』
足を失い、バランスを崩しかけるバロスト。
そこへ方向転換したイスコットさん達が、返す刀で奴の背中に体当たりをかまして俺の方へとその巨体を吹き飛ばした!
っしゃ! 決めるぞ!
全身に蓄積した、はち切れんばかりの全ての力を込めて、大地を踏みつけ『震脚』を行う!
地表を穿ち、地殻を貫いて、惑星の核まで到達するイメージが実感として感じられる!
その最大級の『震脚』で発生したエネルギーが、荒れ狂う龍の如く俺の体を昇っていく!
足から腰へ、腰から背中へ、背中から肩へ、肩から肘へ、肘から拳へ!
沸き上がる力を余すこと無く流動させながら、こちらに飛ばされてくるバロストに狙いを定める!
『ぐおおぉぉぉ!』
直感的に危険を感じたらしいバロストが、がむしゃらに魔法を放ってきた!
炎と雷と冷気がでたらめに俺を打つ!
だがっ……今更こんなもんに怯むかぁっ!
様々な痛みが俺を襲うがそれらを意に反さず、ただただ奴に拳を打ち込む事だけに集中する!
まるでスローモーションのように動きが感じられ、全てがゆっくりと流れていく中、叫ぶバロストの体に俺の拳が寸分の狂いも無く狙い通りに打ち込まれた!
運動エネルギーを百パーセント相手に流し込みダメージを与える『発剄』を応用した技法で、惑星の質量も味方に付けた重い重い塊とも言えるエネルギーを奴の肉体に打ち込んでいく!
まるでバットがボールの芯を捉えた時のような……手応えが感じられない、しかし確信もって捉えたと言える感覚が伝わってきた。
ああ、決まったな……。
『あ……』
小さく、そして少し間の抜けた声をバロストが漏らした。
次の瞬間、肉体が風船のように一気に膨れ上がり、奴の苦しげな声が溢れ出す!
『あががぁががっあが……』
耐える事など不可能な力の奔流が、奴の体内で暴れまわる。
言葉にならない悲鳴を上げて、膨らむ体を抑えようとするが、その身に叩き込まれた膨大なエネルギーは、奴の体表を破って体を崩壊させていく。
『あごっ……がぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
断末魔の絶叫と同時にバロストの体は千々に切れ、耐えきれぬ力に消滅していった!
『ぁぁぉぉぁぁぁぁ…………』
細く小さく、それでも声は響き続ける。
──そうして、長い長い絶叫が途絶えた時……魔神を越える怪物と化していたバロストの姿は、跡形もなく消えていた。
ただ、奴の怪物化に一役買っていたらしい『神器・星の杖』だけが乾いた音を立てながら地面に落ち、その生涯を終えるように砕け散る。
そんな一連の様子を、誰もが無言で見つめていた。
無音と言っていい程、静寂に包まれた戦場。
風すらも動きを止めたこの空間に、俺の大きく息を吐く音だけが響く。
「……勝った」
ポツリと漏らした言葉に、周りが僅かにざわめいた。
「……勝った。勝った! 勝ったぞ、こんちくしょうー!」
突き出していた拳を振るい上げ、俺は大きく勝利を宣言する!
それと同時に、英雄達からも勝鬨きの声が上がった!
一気に音を取り戻した現場に、興奮冷めやらぬ勝利の声が響く!
『やったな、一成!』
精神世界で、涙ぐんだラービとレイが俺に抱きついてきた。
ああ、やったぜ……。
『流石じゃ、流石は一成じゃ! あの大一番でよくぞ決めた!』
『お見事です、御主人様!』
よせやい、お前達が尻を叩いて立ち上がらせてくれたからだよ……。
はしゃぐラービ達の姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす。
『やはり、ワレが選んだ男よ! んん~、惚れ直したぞ!』
『私達も御主人様に仕えた甲斐がありました!』
そう言ってもらえりゃ重畳だ。
だけど……さすがに……疲れた……。
精神世界でへたり込むのと同時に、現実世界の俺の肉体も力を使い果たして倒れ込む。
はぁ……。
『一成? おい、どうしたのじゃ』
『御主人様……?』
ラービ達の声が遠く感じる。
悪いけど、疲れすぎた……少し休ませてくれ……。
『いや、ちょっと待て! この流れはちとマズイやつではないか?』
『御主人様、しっかり!』
なんだか焦ってるっぽいラービとレイの声が聞こえるが、なんだかどうでもいい。
とにかく眠いんだ……。
今だ何かを言っている二人の声をBGMに、勝利の達成感と期待を裏切らずにすんだ満足感を抱えて……俺の意識は、深い眠りの闇へと落ちていった……。