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「私はね、君があの時見せた力をなんとか自分で再現出来ないものかと思案していたんだよ」
あの時の力……前にコイツらと戦った時に覚醒した『限界突破』の事か。
俺と神獣と神器の力が一つになって地魔神を圧倒したあの力……そういえば、確かにバロストは眼を輝かせていた。
「人と蟲脳に神器……条件は同じはずなのに、なぜか私では発動させる事ができなかった……」
ふふん、それは当然だ。
三人の心が一つにならないと、あの力は発揮できないからな。
「だがね、出来ないならそれを越える別の手段を模索すればいい……という考えに至ったんだよ」
ぬ、そうきたか。
って待てよ? 天魔神やら地魔神やらが複数現れてるこの流れは……。
「いい勘をしているね。そう、私は天地の魔神を取り込んだんだよ」
待ちに待った発表の時を迎えたバロストは、上機嫌でローブと上着を脱ぎ捨てた!
そうして露になった奴の上半身を前に、俺達は息を飲む。
いや、別に野郎の上半身に興味があって見とれていた訳じゃない。
見つめる俺達の視線の先、バロストの上半身に浮かび上がっているのは、ヤーズイルとコルノヴァの顔だった!
しかも、微妙に目を開いて辺りを見回している。
うん、はっきり言ってかなりキモい!
「人、神器、神獣、天魔神、地魔神……そして星の杖に蓄積されていた太古の記録……それらを合わせた時、私の脳裏に浮かんだヴィジョンがあった……」
若干、引いている俺達を無視してバロストは話を続ける。
相当メンタルが強いのか、自分に酔ってるだけなのか……。
「異世界からこの世界に呼ばれた人間が、この世界の神話を再現する……なんというか、ロマンが溢れるねぇ!」
言いたいことはちょっと解るけど、そんなキモい姿になるなら俺は勘弁してもらいたい。
「アハハハハハ……さぁ! 神話に残る戦いを始めようじゃないか!」
何かキマッてしまたかのように、高笑いをしながらバロストが天を仰ぐ。
そして、それと同時に変化は現れた。
まるで人型の風船に空気を送り込んでるみたいに、バロストの全身が徐々に膨らんでいく!
引きつった笑い声と共に大きくなる体表は、タールを塗ったかのごとくテラテラと滑った黒い輝きを湛えていき、まるで地魔神を思わせる。
しかし、その背中からは天魔神もかくやという、魔力の粒子を輝かせた三対六枚の翼が伸び生えてきた。
今だ笑い声の絶えないバロストの顔には鋭い牙がズラリと並び、眼球の代わりにヤーズイルとコルノヴァの顔が目蓋の奥から盛り上がってきて周囲を見回す。
まさに取り込んだ者達の特徴を表した醜悪なその巨体は、おぞましい外見に、はち切れんばかりの力を感じさせる。
変身を遂げた元・バロストは、俺達を見下ろしながら恍惚とした表情で深く息を吐いた。
『……素晴らしい』
バロストとヤーズイルとコルノヴァ……三人の声が重なった耳障りな声で、バロストだったものは感嘆の声を漏らす。
『これが……魔神をも越える超越者の見る景色か……』
どんな風景が見えているのかは想像もつかないが、ろくなもんじゃないだろう。
それより、完全に見た目は化け物になりながらも、冷静な口調で呟く奴に静かな不気味さを感じる。
『ゴアァァァォオォォォァァ!!』
前言撤回。
ビリビリと空気を震わせ雄叫びを上げた奴の姿は、荒ぶる野性そのものだ。
さらに、竦み上がるようなその声は、離れた場所で戦っていた英雄と魔神の動きも止めて、その目を釘付けにする!
「……なんだ、あれは……」
魔神以上に存在感を放つバロストを目の当たりにした英雄達に僅かな隙が出来た。
その機を逃さず、押されぎみだった魔神達が包囲網を抜けてバロストの元に集まってくる!
気圧されるキャロリア達を飛び越え、退治する俺達の間をすり抜けて、バロストの前に立ったナルビークは奴を見上げてその名を呼んだ。
『バロストォォ!』
鬼気迫るその声に、バロストもナルビークを見下ろす。
三メートル程の巨体となった魔神達だが、変化したバロストはその倍はある。
見上げているナルビークに僅かながらに緊張が見られるのは、自分の呼び掛けに答えなかった場合、勝てない事を本能的に悟っているからだろう。
俺達も少し緊張しながらどういう反応を注意深く見守る。
『……これは、ナルビーク様』
ナルビーク『様』!
敬称を付けて呼ばれた事で、バロストに冷静な判断力が有ることを確認した魔神がニヤリと笑った。
『見事な姿だ、バロスト! さぁ、その力を持って我らに逆らう虫けらどもに鉄槌を下せ!』
俺達に向かって振り返りながら、王族らしく命令をするナルビーク。
圧倒的に力を背後に従えた今、その姿は高圧的な態度を取り戻して堂々としている。
んん……別にお前が偉い訳じゃ無いからな!
だが……。
『神に楯突く罪深さを思いし……』
ナルビークの台詞が途中で止まる。
背後から伸びてきたバロストの両手にガッチリと掴まれた為に。
『な、何をする!』
『ナルビーク様……』
慌てる魔神に、魔神を越えた怪物が、静かに語りかけた。
『失敗作が調子に乗っていると目障りなのですよ』
一瞬、何を言われたのか解らないないと言った表情を浮かべたナルビークだったが、言葉の意味を理解すると同時に烈火のごとく怒気を放つ!
『貴様、誰に向かって……』
叫ぶナルビークに構わず、バロストは無造作に顔を近付ける。
そして……パックリと開けた口が閉じると同時に、ナルビークの頭の半分がその口中に消えていた。
本来なら即死ものの一撃だったが、なまじ生命力の高い魔神はまだ息があった。
しかし、その顔は恐怖に歪み、自分を補食している化け物を凝視している。
『おま……なぜ……』
突然、自身に降りかかった出来事に、ナルビークは上手く言葉を出せないでいるようだ。
そんな魔神に、心底ガッカリしたようにバロストはため息をを吐く。
『ヤーズイルとコルノヴァを魔神にした時、あなた方よりも低い再現度にも関わらず、高い出力を出すことが出来ていました』
その言葉に、ブラガロートで初めて魔神に遭遇した、あの時の事を思い出す。
確かにあの時の俺は今より弱かったとは言え、魔神を前に死を覚悟していた。
だが、王公貴族が変化した『魔神』にはそれほどの威圧感を感じてはいなかった。
『与えられた力ではしゃぐあなた方は滑稽で楽しめましたが、データも取れたしそろそろ退場して貰いましょう』
そう言うと、再びナルビークを口の辺りに持っていく。
さらに、バロストの体表には無数の口が生まれ、生け贄を早く食いたいと言わんばかりにガチガチと歯を鳴らす!
『ひっ! や、やめろ! やめべっ』
懇願する魔神の声を無視して、バロストはそれに噛みつく。
さらに無数の口がその体に食らいつき、悲鳴は貪るような咀嚼音に掻き消されて消えていった……。
惨劇を前に、ハッと我に帰った他の魔神達が一斉にバロストに背を向けて逃走に入る!
しかし、怪物の体からは大蛇のように唸る触手が飛び出して、瞬く間にそれらを捕縛してしまった。
泣き叫び、懇願して命乞いをするも、バロストは意に介さず、俺達が呆気に取られるなかで次々と魔神達を食らっていく。
そうして、全ての魔神を食い散らかした後、奴は俺達に視線を向けた。
口元は魔神の体液にぬらついた光を見せ、体のあちこちについている口のいくつかは、いまだに魔神の肉をクチャクチャと咀嚼している。
『待たせたね』
頭上からバロストが声をかけてくる。
空気が物理的に重くなったような気がする程の存在感。
はっきり言って、貧乏くじ引いた感がハンパではない。
『さあ、あの時の形態になりたまえ……』
ナルビーク達をあっさり食い殺したかと思ったら、何を言い出すんだこいつは。
いや、申し出はありがたいよ?しかし、わざわざ不利になろうとする奴の言動が怪しすぎる。
『なぁに、これも研究のためだよ。最大級の力でかかってくるがいい』
なるほど、その意図は理解した。
しかし、あんまり舐めすぎると痛い目見るぞ、この野郎!