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「どうだい、向こうの魔神達は。自慢じゃないが、魔神としての再現度はヤーズイル殿やコルノヴァ君の時よりも高い数値を出せるようになったよ」
まるで玩具でも自慢するみたいに、バロストは嬉々として語る。
確か、ヤーズイル達の時は六割くらいの再現度とか言っていたから、今のナルビーク達はそれよりも強いということか……。
「あの魔神達を前にしては、いかに神器を持つ英雄といえど手も足も出ないだろうねぇ……」
いやいや、どれだけ自分の作品に自信があるのか知らないが、ちょっと英雄を舐めすぎじゃないか?
あいつらを甘く見ると痛い目見るぜ……。
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愚かにも自分達に群がってくる虫けらを前にして、魔神達も動きを見せた。
元はメアルダッハの貴族リトウェイだった天魔神が、金属の軋むような叫び声を上げると、突然なにも無かった空間に穴が開くようにして転移門が構築される。
そこから溢れ出てくるのは、ゴブリンやオーク、さらにはオーガといった魔人の大群。
遥かな上位種である魔神の命に従って、魔人達は英雄に襲いかかる!
『我々のような高貴な者が、直接相手をしてやることもない……』
この期に及んで、いまだに貴族意識が抜けない魔神達は、疲れ果て弱りきった英雄達に止めを刺す時が来るまで、高見の見物を決め込む事にしていた。
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目を血走らせ、迫り来る魔人の集団。
半分は本能のままに、もう半分は絶対的な強者に追いたてられるようにして突き進む!
そんな一団の前にも立ち塞がる一人の英雄。
「ゴオルアァァァァァッ!!」
狼のような耳と尾を持つ『五爪・狼爪』のヴェグが雄叫びを上げる!
実際に重力が増したかのような威圧の声に、恐れを知らぬはずの魔人が足を止め、恐怖にすくむ。
「おらぁぁぁぁっ!」
そんな魔人の集団に突っ込んで行ったのは、同じく『五爪・熊爪』の女英雄ジョール。
並の体格でしかないのに、彼女に横殴りにされたオーガは岩のような巨体をへし折られて吹っ飛んでいく!
装着者に人外の力を与える神器を身に付けたジョールが腕を振るう度に、魔人達は折られ、抉られ、吹き飛んでいった。
「あははははは!」
人波の中で暴れまわる灰色熊のごとき彼女が、大笑いしながら、獲物を求める。
だが、その背後!
倒したオーガの巨体に隠れていた小柄なゴブリン数体が、一斉にジョールに襲いかかった!
咄嗟に迎撃したジョールと助けに入ったヴェグだったが、討ち漏らした三匹ほどがギラつく牙を剥き出しにして彼女に迫る。
次の瞬間、飛来した何かがゴブリン達の首を飛ばす!
悲鳴すら無く地面に転がるゴブリンの亡骸。
二人が呆気に取られていると、魔人の首をはねた張本人が近付いてきた。
「一人で突っ込みすぎると危険ですよ。次は私がサポートしますから、もう少し近くで暴れて下さい」
その身の回りに、自在に飛び回る投擲斧を従えた『六斧・紅玉斧』のフォチェンが魔人の群れを注意深く見回しながら五爪達に語りかける。
だが、二人にはつい先程まで命懸けで戦っていた相手に救われた事に、ほんの少し釈然としないものを感じていた。
そんな彼等の心情を察したのか、無視したのか……。
フォチェンはテキパキと指示を出して、目の前の敵に集中するよう二人の尻を叩いた。
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一体のオーガが、目の前にいる英雄の頭めがけて丸太のようなこん棒を降り下ろす!
その一撃は、微動だにしなかった英雄はおろか、地面まで到達して爆音と土煙を巻き上げた!
しかし、オーガはその単純な思考に妙な違和感を感じる。
手応えがまるでない……。
いや、大地を打った感触はあるのたが、人の肉や骨が潰れる手応えが無かったのだ。
そんな、首をかしげるオーガの頭を、横合いから飛んできた炎の矢が打ち砕く!
「魔人は単純でいいねぇ……魔神を相手にするより楽で助かるよ」
殴られたように顔を腫らした幻の杖の英雄ファンテルが、敵を撹乱させる為に無数の分身を魔人の群れに突っ込ませながら、ポツリと呟いた。
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上空から飛来した矢が地面に突き刺さり、ワンテンポ置いて大地から爆発的に増幅され発射される!
耐久力の高いオーガやオークには致命傷とはならなかったが、もっとも弱いゴブリンには効果抜群で、死傷ないしは深手を与えていた。
重症を負って、叫びながら転がるゴブリンを邪魔そうに踏み蹴散らして、魔人達が矢を放った張本人に怒りの雄叫びを上げる。
「耳障りだな」
魔人に対して人一倍、敵愾心を持つ耳長族の英雄は、二度三度と続けて矢を放って目下の魔人達が動かなくなったのを確認する。
「よし……次は向こうだフィラーハ」
「はい、お兄様!」
英雄同士の戦いが終わりを告げた時、ファンテルはあっさりフィラーハの洗脳を解いて頭を下げてきた。
もちろん彼女の怒りは凄まじかったが、間に入ったユーグルの執り成しでファンテルの顔面に一発入れる事で恨みっこ無しと話を付けたのだ。
その後、ある意味罪人のお目付け役として彼女をユーグルの監視下に置くことになったのだが、それからのフィラーハの機嫌はすこぶる良いものとなっていた。
兄に異常なまでの愛情を抱く彼女にしてみれば、ユーグルに四六時中見張られる事はこの上ない幸せなのだろう……。
わざわざユーグルを背中から抱きかかえるように密着して神器を発動させる妹に、ユーグルは重い重いため息を吐きながら次なる獲物の群れに向かって飛んでいった。
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「ハァッ!」
連携する英雄達の間を縫って、『七槍・紫の槍』のロージャが天魔神に無数の突きをお見舞いする!
与えた傷はそう深い物ではなかったが、猛毒を生成する彼女の神器からすれば充分な手応えだ。
しかし、必殺の突きを受けた天魔神はニヤリと小馬鹿にしたように端整な口元を歪める。
『無駄です……その程度の毒など足止めにもなりませんわ』
人間だった頃はディドゥスの大貴族であり、ロージャの従姉妹でもあったこの天魔神は、彼女が王族でありながら英雄として認められた時から少なからず嫉妬の感情を抱いていた。
故に、ロージャのプライドを全てへし折りたい衝動に駆られ、敢えて毒の攻撃が無駄であることを知らしめる。
だが、彼女は平然とした顔でその歪んだ笑みを受け止めていた。
「私の神器で作られる毒は、私の感情の強さに比例して強くなります……」
突然、能力の説明をするロージャに天魔神が眉を潜める。
しかし、そんな敵の心情などお構いなしに、彼女は神器に頬擦りをし始めた。
「私の毒の強さはゴルトニグ様への想いの強さ……ならば、この世のあらゆる者を殺す毒が作れないはずがありません……」
赤面し、ゴルトニグの名を呟きながら全身をモジモジと槍に擦り付けて熱い吐息を漏らす。
そんな彼女に感応してか、紫の槍からは禍々しい色の煙が立ち上ぼり始めた。
「……英雄達はお下がり下さい。触れれば……死にますよ」
触れた空気ですら腐らせるような猛毒のオーラに包まれながら、ロージャはたじろぐ天魔神に向かって歩を進めた。
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『死ねぇぇぇ!』
ラブゼルを狙って咆哮と共に、鉄槌のごとく降り下ろされる地魔神の拳!
しかし、『五剣・炎陣剣』のイーサフが操る炎が魔神の眼を焼き、ティーウォンドの氷壁が拳の軌道をずらす。
そこに生まれた一瞬の隙を見逃さず、ラブゼルの剣閃が走る!
『ぐおっ!』
苦痛の声を上げて地魔神が後ずさった。
痛みの元となった右腕は、バラバラに切り刻まれて地に撒かれている。
人間形体だった時は皮膚も傷つけられなかったくせに……手加減されていたという事実と、本気になった英雄の実力に魔神は苦渋の表情を見せた。
「ハハハ、さすがは『天然自然、万物に斬れぬ物無し』と言わしめる『斬然剣』とその使い手、見事な物だ!」
五剣筆頭の実力を目の当たりにしたゴルトニグが、その神器と技量を褒め称える。
これはこちらもいい所を見せねばなと、サポートに入る七槍達と共に別の地魔神に向かう。
「おおおおおっ!」
気合いの声を上げながら神器『黄金の槍』を発動させると、その穂先が白く発光した。
そして迎撃の拳を避けながら、無造作とも言える動作で魔神の腹部に槍を突き立てる!
それと同時に、激しい熱波とエネルギーの渦が巻き起こり、爆音を上げながら地魔神の脇腹を抉り、消滅させていた!
ドス黒い血を撒き散らしながら後ずさる地魔神。
かなりのダメージは与えたものの、ゴルトニグは油断無く魔神の動向を観察していた。
「『黄金の槍は太陽の化身』と聞いていたが……なるほど、頷ける」
魔神の胴体を半分以上抉りとった一撃に、ラブゼルも感嘆の息を漏らす。
『ぐうぅぅ……』
そんな軽口を交わし合う英雄達に侮られたと感じたのか、地魔神達は憎々しげな唸り声をあげる。
確かに英雄達に与えられたダメージは少なくない。だが……。
『ごあぁぁっ!』
気合いを入れる雄叫びと同時に、失われた地魔神の肉体はみるみる再生を遂げていく!
ほどなくして、すっかり元通りになった体を見せつけるように、地魔神達は英雄を見下ろす。
「なるほど、非常識な再生能力ですね……」
俯いて淡々と語るラブゼルの言葉に諦めを見たのか、地魔神はニヤリと笑う。
だが、顔を上げた彼女もまた笑っていた!
「素晴らしい……それでは、どれだけ刻めば再生しなくなるのか試させて貰いましょう!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「オイオイオイ……」
戦場で繰り広げられる、魔神と英雄の攻防を眺めていたバロストは、なんとも意外そうに首をかしげた。
スペックとしては圧倒的に魔神有利にも関わらず、英雄達は互角ないし優位に戦いを進めている。
計算した通りに進まない戦闘に、若干戸惑うような雰囲気さえ感じさせていた。
でもまぁ、何でも計算通りに行くわけがないよな。
個人で見れば地魔神の方が圧倒的に優性でも、英雄達はコンビネーションなんかを駆使してる訳だし。
さらに言えば、坊っちゃん暮らしの長かったナルビーク達と、常に前線に立っていた英雄達とでは、覚悟も決意も差がありすぎたからな。
どうしても動きや緊張感に差がつくだろう。
「……そういう事なんだろうねぇ……」
俺の考えを読んだかのように、バロストがため息を吐いた。
「まぁ、仕方がない。次はその辺も考慮しよう」
ん? いやいや、次なんて無いぞ。
お前はここで倒されるんだからな!
「さて、できるかな……?」
またしても俺の考えを読んだかのように呟いて、バロストは俺達に向き直った。




