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いやまぁ、そんな感じになるよな。
カルマッタが油断山盛りだったとはいえ、あれほど威圧感を振り撒いていた存在があっさり倒されれば呆れもするだろう。
だが俺達だって蟲脳完全覚醒、神器収得、あとは訓練の日々と、以前にやられた時とはもう違う。
パワーアップはしても、空気を読む気も一切無いし、容赦もしない。
むしろ、驕って油断していた向こう悪い。
あんぐり口を開けているナルビークに向かって、俺はへっと鼻で笑ってやった。
それにしても、『神の力云々……』とか黒歴史っぽい事を言っていると、後で大層恥ずかしい事になると予想はしていたんだけど、やっぱり酷いことになったな。
ナルビークも内心では顔を赤くしているかもしれん。
さて、そんな今だショックから立ち直らぬ英雄と魔神を前に、一人の女が立ち上がる。
首を失った魔神の胴体に登って、演説のお立ち台代わりにした彼女……キャロリアは高らかに言い放った!
「この六国間の戦闘……すでにディドゥス側の連合の王達は亡く、残った私達の勝利を宣言いたします!」
その言葉に、英雄達の間にざわりとした戸惑いが溢れる。
だが、確かにルール上では『相手側の王族の捕縛or死』が勝利条件だったから、横槍が入ったとはいえ現状は残ったキャロリア達の勝利と言えなくもない。
いや、やり直しが効かない以上は、勝利だとはっきり言ったほうがいいな!
言った者勝ちって気もするが!
さらにキャロリアは言葉を続けた。
「ここに、約定通り六国統一女王として私はあなた方の上にたちます」
再びざわつく英雄達。
まぁ、確かに統一女王とか言い出したらそりゃね。
しかし、族長さんやヴィトレは特に異議申し立てもしてこないので、キャロリアがそう宣言するのも折り込み済みなんだろう。
で、いちおう統一女王(仮)となったキャロリアが英雄達に下した最初の命令。
それは……。
「今こそ団結なさい、全英雄達! 国という『枠』と『枷』はなくなりました。なれば英雄という存在は全てが同胞です!」
静かな……それでいて熱い何かが英雄達の中から沸き上がる。
「すでにご存知の者もいるでしょうが、私が女王となった暁には英雄達にこの島を出て、未知なる世界の探求をしていただく事になるでしょう。そうして新たな歴史の先駆けとなってもらう事を願います。ただ、そこには今皆さんの前に立つ魔神達のような危険も存在すると予想されます……」
そこで少し溜めつつ、キャロリアはお立ち台代わりにしている足元の地魔神をバン! と踏み鳴らした。
「ですが、この通り魔神といえど倒せぬ相手ではありません。現に神獣殺し達はやってみせました! 次は英雄達の力を見せる番です!」
オオーッ! と、英雄達から歓声が上がる!
さすが王族、良くも悪くも煽るのが上手い。
しかし、熱くなりすぎるのを調整するように、キャロリアはおどけた感じで言葉を続けた。
「あ、この魔神戦はただの前哨戦にすぎませんからね。大怪我をなさらぬよう、気を付けてください」
ドッと笑いが起こり、英雄達の中にも余裕のような物が生まれる。
緊張を解し、最高のパフォーマンスを発揮できるようにリラックスさせる辺り、キャロリアの人心掌握の手管は見事だと感心してしまった。
しかし、逆に心中穏やかで無いのは魔神達の方である。
上から目線で調子にのっていたら、いつの間にか噛ませ犬扱いだ。
これは頭にきているだろう。
『キャアァロォリィアァァァ!』
ビキビキと血管が浮かび上がる音が聞こえてくるような怒りを込めてナルビークが雄叫びを上げる!
『お前は、どこまで俺を馬鹿にするつもりだぁぁ!』
地響きを立てるほどの地団駄を踏んで、元王子は叫ぶ!
「馬鹿になどしておりませんわ。哀れには思いますけれど」
『俺を見下すなぁ! 馬鹿の振りをして王位を簒奪した卑怯者め!』
「見破れなかったお兄様の見る目が無かったのでしょう」
荒ぶるナルビークに対して、あくまで優雅に冷静に答えるキャロリア。
うむむ……なんて煽りスキルだ……。
『お前は楽には殺さんぞ! あらゆる手段でなぶった後に、髪の毛一本も残さず食ってやる!』
「下品な脅しですわね。ただ、お兄様はここで英雄達に撃ち取られますから、その野望は果たせませんわよ?」
吠えながら眼光だけで呪い殺さんばかりに睨み付ける魔神!
そして、その視線を平然と受け止めるばかりか煽り返す女王!
戦闘力に関しては赤子と魔獣ほどに差があるというのに、魔神相手に一歩も引かず火花を散らす彼女の姿は、英雄達はさらに奮起させる。
「ハッハッハッ! アンチェロンの……いや、統一女王殿はなんとも豪気な御人だな!」
七槍の筆頭、『黄金の槍』の英雄ゴルトニングがラブゼルに笑いかける。
「それでいて聡明な方で人使いも荒い。仕えていて退屈はしませんよ」
ラブゼルの言葉にゴルトニングはそれは楽しみだと答えて、自身が率いる七槍に向かって声をかけた!
「今、聞いた通りだ!英雄同士の争いは終わった! 目の前の魔神に全力を注げ!」
彼の呼び掛けに、槍の英雄達が呼応する。
我々の名に相応しく一番槍はいただくとだけ声を残し、『七槍』の英雄が魔神に向かって走り出す!
「……キャロリア様に仕えていた時間は私達が、一番長い。遅れはとれませんよ」
本気か冗談かよくわからない叱咤をしながら、『五剣』達も駆け出した!
そうして、それに続くように『四弓』が、『六斧』が、『五爪』が、『六杖』が!
猛る魔神達を撃滅せんと全ての英雄達が一丸となって立ち向かう!
おお……!
端から見ていてもかなり熱い!
やっぱりあれだな、敵味方だった奴等が強敵を前に共闘する展開はグッと来るな!
よーし、俺達もいっちょ参加して……。
「おっと、君達まであの馬鹿騒ぎに参加しないでくれよ?」
俺達の背後から不意にかけられた、この声……。
ああ、そうか。やっぱりいるよな、魔神達を産み出した元凶が。
ゆっくりと振り返ると、そこには片手に杖をぶら下げた魔術師然とした男が一人佇んでいる。
「この世界の事はこの世界の人間同士で、『蟲脳』は『蟲脳』同士で決着をつけようじゃないか……」
天と地の魔神を復活させた、英雄にして異世界からの異邦人。
自分の欲望に忠実過ぎる、超が付くほどの危険人物。
『星の杖』のバロスト。
友好的とも思える穏やかな笑みで語りかけてくるこの外道……確かに、こいつだけは決着をつけなくちゃな。
すっきりした気持ちで帰還する為にも、最後のご奉仕と行きますか。