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意気揚々と出発した俺達ではあったが、今現在、道中の森の中で小休止していた。
理由は簡単で、背負っていたハルメルトが俺達の高速移動に耐えきれずにダウンしたためである。蟲脳で超人的な能力を得てからあまり自覚は無かったが、考えてみれば数日かけて移動する距離を二、三時間程度で駆け抜けるのだから、普通の人からすれば無茶な負荷がかかっていて当たり前だった。
まして彼女はまだ子供だ。うっかりしていたとはいえ、嘔吐して今は寝かされているハルメルトの姿を見ると、自分達の配慮の足りなさに申し訳ない気持ちになる。
「すいません……初っぱなからご迷惑おかけして……」
「いやいや、気にするな。こっちこそ悪かったな」
青い顔色で謝るハルメルトに、彼女が気落ちしないよう俺は笑顔で返す。まぁ、急ぐ旅ではないし、もう少しゆったり行ってもいいだろう。
はぁ……、それにしてもハルメルトを見ていると元の世界の妹を思い出す。自分でも思っていた以上に里心がついているみたいだ。
突然、居なくなった俺の事を心配してるんだろうなぁ……。そう考えると、早く帰還したい衝動に駆られる。
でも、焦りは禁物だ。確実かつ無事に帰還できてこそ、ハッピーエンドと言えるのだからな。
小一時間ほど経過して、ハルメルトが大分回復したので、俺達は再び移動を開始した。とは言え、ハルメルトに配慮してかなりペースを落としたため、目的地である彼女の村までの道程、約三分の一付近で今日はキャンプを張ることにした。
幸い近くに小川が流れており、開けた場所といった絶好のキャンプポイントを発見できたため、少し早いが今日はここで一泊する。
イスコットさんが簡易式の竈を作り、俺とマーシリーケさんが食材の調達に向かう。ハルメルトはスライムを召喚し、その体内を通す事で川の水を濾過したりして飲み水を確保したりしていた。
便利だなスライムってやつは。
うん、それにしても、野外でキャンプするのは初めてだからちょっとワクワクする。是非とも旨い食材を入手したいものだ。
狩りに出ていた俺達は、夕方近くに見事に獲物を仕留めてキャンプ地に戻ってきた。
本日の獲物は、「一角猪」と「鬼鹿」。
どちらも気性が荒く、四腕熊ほどではないがかなり危険な魔獣である。だが、その気性の荒さが幸いして、対峙した際に向かってきたから楽に狩ることができた。これが逃げ回られていたら、かなり面倒な事になっていただろう。
さっそく解体作業にかかり、食べやすいように肉を切り分けていく。ちなみに、解体作業中にばらした角や毛皮、一部の骨などは、素材にしたいとの事だったのでイスコットさんの工房に放り込んでおいた。
さて、切り分けた肉をイスコットさんが用意した鉄串に刺して、バーベキューの始まりである。
まぁ、基本は焼いた肉に岩塩か、マーシリーケさんが調合したスパイスで食べる。
まだ年若かったらしい一角猪は、臭みも無く柔らかい肉質で塩のシンプルな味付けだけでも十分美味い。
逆に少し年を取っていた鬼鹿はやや堅めではあったが油がのっており、スパイスで臭みを消してやれば、これまたかなり美味い。
できれば野菜も欲しい所だったが、そこは狩りの時に一緒に集めてきた果実なんかで我慢する。
パッと見、ライムに似た果実を一口かじれば、爽やかな酸味と仄かな甘みが口内に広がり、こってりした肉の油を流してくれる。
それで口の中はさっぱりとリセットされ、再び肉にかぶり付く。
うーん、美味い!やっぱり肉は最高だな。
それにしても環境のせいなのか、この世界の魔獣の肉って、元の世界の家畜の肉より美味いような気がするなぁ。
食事を終え、後片付けをしながら夜の見張り等について話していた時、不意にラービが話しかけてきた。
『のう、一成。少し試してみたい事があるのだが、ハルメルトに頼んでもらえぬか?』
試したい事?なんだそりゃ?
「頼みって……一体なんだよ?」
『それは見てのお楽しみということでな』
ふむ……まぁ、いいか。とりあえず俺は、ラービの頼みをハルメルトに伝える。彼女は快く了承し、何事かと興味深く見つめるイスコットさんにマーシリーケさんを前にして、一匹のスライムを召喚した。
……それは、俺がこの世界に来て初めて出会ったスライム。少し憧れていたクラスメイトの姿に化けて、俺の純情を弄んだアイツだった。今はバランスボール位の大きさでぷるぷるしているが、はっきり言って、コイツにいい感情は持てない。しかし、ラービがコイツをどうするのかには興味があるな。
で、何をするのかと思っていたら、
『よし、一成。このスライムにヌシの血を少しかけてやってくれ』
等と言い出した。
ええ……いきなり、何を言うんだこいつは。
『よいから、ほれ、早く』
ラービにせかされ、仕方なく俺は自分の指にナイフの刃を当てる。だが、そこで動きが止まってしまった。
……なんか、自分で自分の指を切ったりするのって、かなり怖い。
今まで散々、マーシリーケさんとの組手でボコられてきたし、狩りの際には命のやり取りもしてきた。血が出る場面なんて何度もあったが、この自傷行為にはかなりの抵抗感がある。
『ほれ、頑張れ一成!』
急かすように、ラービが檄を飛ばす。しかし、そうは言われてもなぁ……。
『……傷口をマーシリーケがペロペロしてくれるかも知れぬぞ?』
男は度胸じゃーい!
意を決し、ナイフの刃を引く!
パクりと小さく指先が裂け、赤い血がみるみる溢れ出す。俺はその血をスライムに数滴たらし、マーシリーケさんにペロペロしてもらうべく、彼女の元に駆け寄る!
「その程度の傷、自分でなめてなさい」
終了。現実は非情である。まぁ、普通に考えたらそりゃそうだが。
ガッカリと項垂れていると、不意にハルメルトが驚きの声を上げる。何事かとそちらに目を向ければ、ラービに頼まれて血を垂らしたスライムが、ボコボコと泡立ち、表面を波立たせて形を変えていた。




